第8話 おやつ

 鼻に管を通して注入食を胃に流し込む。これも理屈は理解できる人が多いのではないか。ただ実際に体験してみると、イロイロと問題が出てくる。虫けらが一番大変だったのは、水への渇きを抑えることだった。


 すべて鼻の管から胃に送られるため、喉の食道を冷たい水が流れることがない。一日二日ならともかく、三日経っても四日経ってもこれが続くと、気が狂わんばかりに喉が渇いてくる。だが喉は切開され気管にパイプが挿管されているのだ、水は飲めない。


 しかし人間とは面白いモノである。水をゴクゴク飲むあの感覚が得られないのであれば、それに近い別のモノを代替手段としてしまえばいい、そんなことを考えるようになる。


 すなわち注入食が、あるいは水に溶かされた鎮痛解熱剤が鼻を通過する際、鼻の中がひんやりする。もしくは抗生剤を点滴すると、体内の水分量が増え、喉の渇きが収まる。これらを虫けらは頭の中で「おやつ」と呼び、やってくるのを心待ちにしていた。


 術後四日目くらいだったろうか、それまでの治療方針を転換したのか抗生剤と鎮痛解熱剤の逐次投入を実施するようになって虫けらの体調は大いに改善する。この時期の「おやつ」なくして、虫けらが入院生活を乗り切ることはできなかったろう。


 とは言え、このおやつ待望論はじきにしぼむことになる。入院十日目の四月二十日には首の気管挿管用パイプは抜き去られ、鼻の管もすぐに抜け、ここで晴れて虫けらは飯を食える状態に復帰、ガバガバ水が飲めるようになったからだ。


 過ぎ去った後から見れば「十日でパイプ抜けたんだなあ」と暢気な感想を抱けもするのだが、まあこの十日はキツかった。本当に拷問のような日々だった。気管挿管が簡単で安全な施術だと思うのなら、医療関係者はみな一度くらい、一週間ほど体験してみるといい。患者にどれほどの苦痛を与えるか理解もせずに「痰がからんだくらいで大げさな」みたいな感覚で対処された場合、患者は地獄を見る。


 今後大きな病気で入院しなくてはならない人がもしこれを読んでいるなら、自分への施術に気管挿管が含まれているのか、含まれる場合それが何日目くらいで外れるのかを医師に確認しておこう。ゴールが見えていれば少しは耐えやすくなるだろうから。

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