前振りは運命のように

 ルガンマの森の、町からやや離れた位置。

 安全圏に退避した俺は、ポーションを片手に攻略組を見守ることにした。

 ポーション(酒)を利用した華麗なる作戦を、発表すら許されず却下された所為だ。


 信仰を知らぬ異端者め……

 いずれ思い知るだろう、己が軽んじたポーション(酒)の恐ろしさを。

 

「あの人、またポーション飲んでる」

「ストレスかな。攻略組の人に散々罵られれてたし」

薬中ヤクチュウ……」


 放っておいて欲しい。

 ノンアルだから決してやけ酒ではないし、ストレスなどなくとも俺は普段からこのペースでポーションを摂取している。平常運転だ。


「俺のライフワークはいいんだよ。No Portion, No Lifeだ。それより三人は町に戻った方がいいんじゃないか?」


 俺は「攻略組の様子を見て来い」という幼女陛下の指示があるから残っているが、イベントはもう終わったようなものだし、ここにいても仕方ないだろう。

 イベントアイテムの交換は後で行えるはずだ。


 攻略組がミスったらここも戦場になりかねない以上、残っていても損しかない。


「えーと、ん-、あの」


 歯切れ悪く、ネココが視線をさまよわせた。

 明らかに言い訳を考えている挙動だ。


「オレたちみたいな初心者だと、攻略組の様子を機会って少ないだろ。折角だし見学したい。駄目かな?」

「そう! それ!」


 それって。

 ユーリの言葉に乗っかるチビッ子だが、明らかに嘘だった。


「まあいいが……残りたいならいいさ。俺は別にお前らの保護者じゃないしな。ただ、そこの線から外には出るなよ。モンスター除けの結界だ。大型以外にもそこそこ強い個体が発生してるみたいだからな。出るなよ? 絶対に出るなよ?」

「……フリ?」


 フリではない。

 若干、ネココの反応が不安だったが、まあ、ユーリとマリエルがいるし大丈夫か。


 森の方に視線を移す。

 それなりに距離があり、木々で大部分が隠れている為、プレイヤーの姿はほとんど見えない状況だ。

 巨大なツチノコと、その周辺で発生するエフェクトから状況を推測するしかない。


 上手いこと誘導したらしく、ツチノコ同士は一定の距離で引き離されている。

 同時に相手をするのではなく、部隊を分けてそれぞれで対応することにしたのだろう。

 

「流石に手慣れてるな。見ろよ、あの戦いっぷりを。この調子なら余裕だな。へへ、デカくなっても所詮は爬虫類だ。人間様の敵じゃあないな。ポーションを片手に見守るとしようぜ」

「それフラグ!」

「まー、冗談はさておき、思ったより優勢だな。なんだよ、ドロシーのヤツ。脅かしやがって。アイツ、そういうところあるんだよな。悲観的というかさー。このままいけば普通に勝つだろ」

「そうなの? ここからじゃ全然見えないけど」

「そろそろ押し始めるぞ」


 先程までツチノコの足元で上がっていた光は、バフとデバフのものだ。

 直接的な攻撃力を持たない、前準備の為のスキル。となれば、次は攻勢に出るのが自然な流れだろう。


 案の定、目に見える形で攻撃が放たれた。


 発生したのは巨大な竜巻だ。

 膨れ上がるように勢いを増す風が、ツチノコを呑み込もうと迫る。


「ドロシーだな」


 ツチノコを呑み込むように巻き上がった風の渦を指差す。

 ただ見ているだけってのも退屈だしな。


「ア、アレはテンペスト……! 風系統の上級魔法だ!」

「なにそのわざとらしいモブみたいな反応」

「盛り上げようかと」


 しかし観客の反応はいまひとつだった。

 へー、すごいねー、と雑な感想を漏らしながら大規模魔法を眺めるだけだ。


「攻略組だとアレくらいの魔法って普通なの?」

「流石に希少だな。デカい魔法は発動に時間がかかるし、制御もめんどい。ドロシーだって周りの助けがなければあの規模は無理だろ。〈APRON〉の連中は魔法職が多めなのも、互いにサポートし合う為だ」

「へ~」


 感心したような反応からして、教導隊から教わってはいないのか。

 まあ、特に必要な知識ってわけでもないしな。幼女陛下の無茶ぶりで前線に放り出されるようなことがなければ、俺だって攻略組に関わることは滅多にない。


「攻略組と一口に言っても、クランごとに特色があるんだよ。さっきの魔女っ娘が率いてるのは〈APRON〉、攻略組の第二位だ。比較的、魔法職が多い。バフを盛りまくって魔法でごり押しする脳筋戦術が得意だ。蛮族だな」

「蛮族……」

「もう一つが〈十歩戦団〉。こっちは第三位だ。〈APRON〉と違って戦士職が多い。たぶん右手側のツチノコを担当してる。魔法のエフェクトがほとんど出てないだろ? 連中は戦士職の連携とステータスでごり押しする脳筋戦術が得意だ。蛮族だな」

「蛮族しかいないの?」


 散発的に光のエフェクトが弾ける〈APRON〉側と異なり、〈十歩戦団〉の周辺は静かなものだ。

 そのクセ、ツチノコが嫌がるように身をくねらせている当たり、ひたすら近付いてぶん殴っているのだろう。


「最後の一匹は分からないな。各クランから余剰メンバーを出してる感じか? 指揮官がいないって言ってたし」


 俺なら足止めに専念させて、他のツチノコが倒されるまで時間を稼ぐが、どうだろうか。

 ドロシーなら似たような発想をすると思っていたが、どうやら予想は外れたようだ。


 ツチノコの足元で光が弾け、巨大な氷柱がそびえ立ったのだ。

 下から殴りつけられ、怪物が嫌そうに鳴き声を漏らした。


 派手なスキルだ。氷結魔法? あまり見たことのない魔法だな。

 威力では炎や雷に勝てず、汎用性では土系統に敵わない。そして暗殺性能では風に劣る為、氷系の魔法の使い手はそれほどいなかったはずだ。


「あ、ねえ、アレって……!」


 さかさまの氷柱を指差し、ネココが声を上げた。


 かき氷でも食いたいのだろうか。

 そんなことを考えた時、俺はハッと思いついた。


 ポーション(かき氷)……!

 これは、売れるのでは? すぐに帰って工場長と相談しないと!

 いや、生産職に頼る必要はないか? 氷系のスキルがあれば、何とかなるはずだ。


 はやる気持ちを押さえつけ、俺はチビッ子に告げた。


「待ってろ、ネココ。俺が美味しいポーション(かき氷)を作ってやるから」

「何が!? なんで!?」

「いや、氷を見て興奮してる感じだったから」

「アタシってそんなイメージ!?」


 違うのか。

 ユーリとネココも目を逸らしているし、共通認識だと思っていたのだが。


 そんな雑談を遮るように、ガッシャーンと甲高い音が響き渡った。

 ツチノコが巨体を叩きつけ、氷の柱を押し潰したのだ。


「あ……」


 小さく声を漏らし、ネココがギュッと拳を握り締めた――

 と思ったら、次の瞬間、ダッと駆け出した。


「ごめん、アタシ行く!」

「え?」

「あ、ネココ!」


 チビッ子が結界を飛び出し、残りの二人もそれを追いかけて走り始める。


 おいおい、大丈夫かよ、とドロシーにメッセージを送ろうとしていた俺は、その所為で反応が遅れてしまった。


「え? ちょ、待て!」


 もつれそうになる足を必死に動かして、俺も駆け出す。


 何を考えてるんだ。

 結界の外側に出たら、モンスターに……!


「襲われるぁっ!」


 言わんこっちゃない。

 俺はモンスターに襲われた。

 真横から突進してきたクソ猪に撥ねられ、アイテムと共に宙を舞う。


 コイツら、なんで俺ばっかり狙いやがる!?

 なんか恨みでもあるの!?


 そうこうしている間に、三人組が視界から消えていた。


「フリじゃないって言ったのに……っ!」


 俺も大概駄目人間の自覚はあるが、ふざけていい場面とふざけてはいけない場面は分かっている。

 これは後者だ。

 攻略組が暴れてる戦場に、初心者が突っ込んでいいはずがない。


 散らばったアイテムに未練を残しながら、俺は三人の後を追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルコール・オンライン 兎の人 @usaginohito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ