チートアイテム、ポーション(酒)

 ツチノコさんが、こちらを見ている。

 仲間を虐殺したプレイヤーに、どう復讐してやろうかと考えているのかもしれない。


 彼らの心境を通訳するならこうだろうか。

 おうおう、人間ども。ウチの若ぇモンが世話になったな。お礼してやるからちょっと面貸せや。


 まだ距離はあるが、あれだけの巨体なら接近は一瞬だろう。

 俺たちの未来は、攻略組の奮闘次第で決まるわけだが……


「こ、今回来てる攻略組は?」

「クランは二つ。ウチとパトラッシュのところだ。ただし全員じゃない。半分もいないし、何よりウチはマスターが来ていない」


 パトラッシュ。

 俺とドロシーと一緒に、地下水道のボスに殴り込んだ前科持ちの一人だ。


 俺が言うのも何だが、つまりアレか?

 酔っぱらってボスに殴り込みにいくようなアホ二人が率いているわけか?


 何考えてんだ、攻略組……。


 今から助けを呼ぶのも難しいだろう。

 攻略組の大多数は、最前線でキャンプをしている。マップ開放のクエストをクリアするまで、町に入れないからだ。


 当然、各町に設置された〈ゲート〉も使えない。だから仕方なく、町の周辺に拠点を設置し、そこで野営を行っている。

 そして、転移魔法のような例外を除いて、基本的にプレイヤーの移動手段は徒歩だから、最前線からここに今すぐ増援を呼ぶことは不可能に等しい。


 俺が転移魔法で助けを呼ぶにしても、MPがとても足りない。ただでさえステータスが低い上に、旅人のジョブは魔法関係の補正が入らないから、他のプレイヤーを連れてここに戻って来るにはどうしたって時間がかかる。


 突然訪れた窮地に、初心者三人組も不安そうな顔だった。


「も、もしかして大変な状況?」

「そんなわけないだろう。俺のこの落ち着きようを見ろ」

「手が震えてるけど」

「違ぇよ。ビビってるんじゃない、ポーションが切れかけてるだけだ」

「それはそれでまずいよ!?」


 俺は動揺を鎮めるために、ポーションを飲んだ。

 通常版ノンアルだが、いつもの薬品臭さが心を落ち着かせてくれる。


 ふう……。

 やっぱり困った時はポーションだな。


「で、どうすんだ、ドロシー? あのツチノコ、たぶん町に逃げても追いかけてくるよな? ルガンマって、モンスターウェルカムだし」

「ウェルカムではないと思うが。……二体までなら何とかなる。が、三体は無理だ。場所が悪い。あのデカブツに火気厳禁は厳しい」

「神樹様でキャンプファイヤー!事件か……」


 かつて起きた忌々しい事件の名に、俺とドロシーは虚空を見上げた。


 どういうわけか、一部のゲームの開発者はリアリティこそがゲームの質を高めると勘違いしている節がある。

 面白さにつながらないリアリティは、クソ要素にしかならないというのに。


 アルカンの運営もそうだった。


 木々は燃える。

 そんな当たり前の物理法則を、このゲームは容赦なく実現してくれた。


 その結果が『神樹様でキャンプファイヤー!事件』である。

 クソ田舎にキレたプレイヤーが森に火を放ち、マップ開放に必要なキーアイテムまで焼き滅ぼして、ゲームが詰んだ一件だ。


 神樹と謳われる大木は、三日三晩燃え続けたという。


 俺は話に聞いただけだが、なかなかに盛り上がったらしい。

 山火事の真っ只中で、ヤケクソになったプレイヤーたちがキャンプファイヤーを催す動画を見たことがある。

 普通に火傷のダメージを負いながら踊る彼らの姿は、狂気に満ちていた。


 ゲームだから大丈夫だろう。

 それが通じないのが、アルカンクオリティである。


「とにかく、森で炎や雷は駄目だ。となるとそれ以外の属性魔法と戦士職でチマチマ削るしかない。時間をかければ倒せるが」

「デカいからな。足止めだけでも大変だろ」


 それに、おそらくあのツチノコは特殊能力を持つ。

 劣化個体である通常ツチノコですら、普通に地面に潜って行動していたのだ。


 考えをまとめながら、俺はドロシーに確認した。


「二体までは何とかなるんだな?」

「ああ。どちらかというと、足りないのは指揮官だ。私とパトラッシュでそれぞれのクランを率いれば、一体ずつならいけるだろう」


 ドロシーは〈APRON〉のサブマスター、パトラッシュはそことは別のクランのマスターだ。いずれも攻略組で名を轟かせる、トップクランの一角であることは疑いようがない。

 指揮官が足りないということは、つまり三つに戦力を分けた時、集団をまとめられる人材がいないのだろう。


 頭の中で算盤を弾く。

 剣と魔法で華麗にツチノコを討伐する自分をシミュレートし、無理だと判断して思考を切り替えた。


 まあ、やりようはあるな。


「貸し一つだ、ドロシー。残りの一体は俺が受け持ってやる」

「……何か策があるのか?」

「ああ。秘密兵器がな」


 俺はコンソールを操作し、インベントリから秘密兵器を取り出した。


 ドスンと地面に落ちたアイテムは、木製の樽だ。

 だぷんと中に詰まった液体が動く音がした。


 いつだってどこでだって、困った時に頼るモノは一つしかない。


「お、お前、まさかそれは――」

「決まってるだろ」


 それは遍く世界を照らす、唯一の光。

 究極のチートアイテム。


「――ポーション(酒)だ」


 俺は強制的に避難させられた。

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