魔女と異端と信仰と

 誰もが知る真実だが、ポーション(酒)は奇跡のアイテムだ。

 夢破れて打ちひしがれる者。まだ見ぬ明日を恐れ、怯える者。戦いに疲れ、逃げ出した者。やることがなく暇な者。

 

 どんな過去を持つ者であろうと、ポーション(酒)は見捨てない。

 救いの手を差し伸べてくれる。


 それが信仰の始まりなのだろう。

 鰯の頭が信心を生むように、救済を望む者たちが願った時、自らを救ってくれると信じたモノが神となるのだ。


 ポーション(酒)。それはいずれ神に至る奇跡の象徴……。


 だが、いつの世にも天邪鬼はいる。

 こんなにも素晴らしいポーション(酒)を目の敵にする、酷い人間もいるのだ。


 例えば、酔っぱらってボスに挑み、無様に敗走した、そんな自業自得の責任をポーション(酒)に押しつけるような魔女だ。


 異端者め。

 突然の不意打ちで、綺麗に顔面ダイブを決めた俺は、内心で呻いた。


 目で不満を訴える俺に、魔女装束のプレイヤーが呆れ顔で溜息をつく。


「お前は本当に懲りない鳥頭だな……。どう見ても未成年だろう。ポーション(酒)を勧めるのはやめろ」

「アバターを見た目で判断するな! 大事なのは中身だ!」

「中身が腐ってるヤツが言うと説得力があるな」

「第一、ポーション(酒)が悪いモノみたいな言い方はやめろ。何故分からないんだ? ポーション(酒)は世界を救う。ポーション(酒)こそが、俺たちプレイヤーに残された最後の希望なんだ。ポーション(酒)っ!」

「幼女に言いつけるぞ」

「やめてください」


 俺は素直に謝った。

 最近、幼女陛下の俺を見る視線が冷たいのだ。元からみすぼらしい野犬に対するような態度だったが、最近はムシケラ程度にまで格下げされている気がする。

 これ以上失態を重ねると、流石に縁を切られかねない。


「というか……」


 コイツ、なんでここにいる?

 この魔女のコスプレをした女は攻略組クランのサブマスターだ。こんな場所で遊んでいていい身分ではない。


 俺の疑問を察したらしく、魔女が舌打ちして答えた。


「お前と同じだ。地下水道爆破事件の罰だよ」

「ふーん。なら残念だったな。俺はもうあの件については許されてる。ここにいるのは別件の罰だ」

「余罪が多すぎる」


 償った罪を責め立てて、何になるというのだろうか。

 大事なのは未来だ。


 そもそも俺は悪意を以って地下水道の爆破や幼女陛下への反乱を企てたわけではない。ただ流れに身を任せ、よりよい未来を願って行動した結果だ。

 あるいは、それもポーション(酒)のお導きなのかもしれない。


 俺はまた一つ、真理を見つけたようだ。


「なになに? どうしたの?」

「どちらさま?」


 こちらの様子に気付き、ネココとユーリが戻ってくる。

 そんな二人を値踏みするように一瞥してから、魔女が名乗った。


「初心者か。私は攻略組クラン〈APRON〉のサブマスター、ドロシーだ」

「攻略組? え、ホント?」

「なんでここに?」

「……エプロン?」


 三者三様の反応をする初心者に、ドロシーが淡々と命じる。

 たぶんクラン名に突っ込まれたくなかったのだろう。


「攻略組からの要請だ。イベントはここまで。一般のプレイヤーは今すぐ避難しなさい」

「ひ、避難?」

「危険だからな。報酬はちゃんと出るはずだ。イベント開始時にいたNPCに聞けば分かる」


 どういうことだ。

 ツチノコ狩りなどというお気軽イベントのどこに危険がある?


 何だろう、猛烈に嫌な予感がする。

 そんな俺の直感を肯定するように、ずしんと地面が揺れた。


「え? ねえ、あれ――」


 ネココが大きな目を真ん丸に見開き、何かを指差した。


 最初は地響きだ。

 徐々に揺れは大きくなり、まるで山が起き上がるかのように、そいつは姿を現した。


「でっかい――ツチノコ!?」


 ツチノコーっ!



 何が起きているか分からない。

 しかしプレイヤーの心境など関係なく、イベントは進行するものだ。


 巨大なツチノコの出現と同時に、アナウンスが走った。


『Counterattack!』

『特定種族のヘイトが閾値を超えました!』

『モンスターの逆襲が始まります!』


 逆襲イベント!? このタイミングで!?


「え? なに!? なにこれ!?」

「ぎゃ、逆襲イベントだ。特定のモンスターを短期間に大量に討伐すると発生する」


 狩る側から、狩られる側へ。

 文字通り、同族を殺されて怒り心頭のモンスターが、プレイヤーを殺しに来る。

 パターンとしては、同一モンスターが大量に現れる場合と、馬鹿強い進化種が登場する場合の二つ。

 今回のように戦闘力の低い種族の場合、ほぼ確実に後者だ。


「普通、この手のイベントじゃ起きないはずなのに……」


 こうなった原因は考えるまでもない。

 俺は元凶と思しきプレイヤーを糾弾した。


「お、お前らどんだけツチノコ狩ったんだ!?」

「思ったよりも出現が早いな。予測が間違っていたのか、誰かがミスったのか……ちっ、まだ避難が済んでないというのに」


 ドロシーの口ぶりからして、攻略組が意図的にツチノコを虐殺して、イベントを引き起こしたのだろう。

 こんな序盤の町のイベントに攻略組が参加するという時点で、何かしら企んでいるとは思っていたが、なんてことをしてくれるんだ。


 ツチノコさんがお怒りじゃねーか!


「何が目的だ」

「知らん。罰だと言っただろう。今回の私は一兵卒だ」


 本当だろうか。

 俺の疑いの目に気付いているのかいないのか、ドロシーが鼻を鳴らす。


「とにかく、お前たちは避難しろ。アレの相手は我々の仕事だ」

「……大丈夫か?」

「侮るな。私たちは攻略組だぞ」


 バサッとローブを翻し、魔女が不敵に笑う。


 それは最前線で戦い続けてきたが故の、自信の表れだ。

 巨人を、ドラゴンを、得体の知れない怪物を、これまでに幾体も倒してきたからこそ、攻略組は特別視されている。


 が、しかし攻略組が絶対ではないことは、予想よりも早くビッグツチノコが現れた時点で証明されている。


 ドロシーが颯爽と歩き出そうとした矢先、ぴょこんと大きな影がそり立った。


「え?」


 さらに、追加でぴょこん。


「ええ?」

 

 山のようなおっきなツチノコが、仲良さげに三匹並んでいた。


 わあ。

 ビッグツチノコ三兄弟だ。


「増えた!?」

「なんで!?」


 驚きの顔からして、どうやら彼女にとっても予想外だったらしい。


 攻略組が張り切って狩り過ぎたんじゃねぇかな。コイツら、一部の連中を除いてわりと脳筋だし。

 きっとマンモスもこうやって絶滅したのだろう。


 何故人は歴史から学ぼうとしないのだろうか。

 ここで動物愛護の精神をアピールしたら、ツチノコさん、俺のこと見逃してくれないだろうか……。


 ともかく、山のような巨躯のツチノコが三体だ。

 はっきり言って、一体でも並みのプレイヤーでは歯が立たないだろうに、これはまずい状況なのではないだろうか。


 俺は恐る恐る問いかけた。


「……大丈夫なの?」

「侮るな。私たちは攻略組だぞ」


 お?


「だから分かる。これは駄目だな。どうしよう……」

「駄目じゃねぇか!」


 普通にピンチだった。

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