ツチノコ狩り

 ツチノコ狩り。

 それが今回のイベントである。


 ルガンマの森に出没するツチノコを討伐し、その尻尾の収穫数を競うという内容だ。

 NPCのおじさんから説明があった。


 何故そんなことをするのか。ツチノコの尻尾を集めて誰が得をするのか。

 それは誰にも分からない。


 ただ、報酬があるから、俺たちは戦う。



 ぴょぱん!

 と、土の中からツチノコが飛び出す。


 伝説通り、胴体の太い特徴的な形の生き物だ。


「ツチノコ! いた! そっち!」

「オッケー!」


 一応はエネミーだが、ルガンマの他の獣系モンスターと同じく、ツチノコの戦闘力はかなり低い。すばしっこく、地面に潜るという厄介な特性を持つが、それ以外の部分は典型的な雑魚キャラだ。

 一発でも攻撃を当てれば倒せる程度のHPと防御力しか持たない。


 イケメン君に追い立てられたツチノコを、素早いチビッ子が仕留める。


 なかなかのコンビネーションだ。

 ゲームが上手いというよりも、互いの息が合っているからこその連携だろう。


 剣で斬られたツチノコが消滅し、ドロップアイテムである尻尾だけが残る。


「よーし! 四個目!」

「順調だな。たぶん」


 成果に喜び、ハイタッチを交わした後、チビッ子が無邪気で無慈悲な一言を放った。


「お兄さん、働かないの?」

「ニートを見る目はやめなさい」


 サポーターって言ったでしょうが。

 俺は前に出てドンパチやるタイプじゃないんだよ。


「じゃあさ、なんかアドバイスとかない? オレたち、イベントとか参加したことなくって」

「ふむ」


 イケメン君に問われ、俺は思いついたことを指摘した。


「動きにちょっと無駄が多いな。連携は悪くないが、戦士職のステータスなら一人でも何とかなるはずだ。二人とも、敵の動きを見てから反応してるだろ? それだと遅い。敵の次のモーションを予想しながら動けば、もっと楽に倒せる」


 双剣士は元から敏捷性が高く、傭兵は防御寄りだが鈍重というわけではない。サイズが小さいから厄介なだけで、反撃の心配がないツチノコくらいなら単独でも余裕で仕留められるはずだ。


「お~、なんかそれっぽい! お手本見せて!」

「いいだろう」


 ニート呼ばわりされるのも癪だし、先輩の意地を見せるとしよう。


「モンスターの行動ロジックは単純だ。コイツらは同じ条件なら、同じ行動しかしない。上手いことやれば動きを誘導できる」


 言いながら、俺はポーション(爆弾)を地面に叩きつけた。


 爆音が響き、驚いたツチノコが地面から跳び出す。

 跳んだ先はポーション(爆弾)の炸裂した反対側、つまり俺のいる方向だ。


 自ら近付いてきたツチノコに、俺は短剣を振るった。

 死神直伝の一撃だぜ!

 見事な空振りをかました俺は、ぴょこぴょこと逃げるツチノコの背中を見送り、話を締める。


「とまあ、こんな感じだ」

「外してるけど!?」


 旅人はね……。

 攻撃モーションにシステムのサポートが入らないんだ。


 だからああいう小さい的には、まともに攻撃が当たらないんだよ。初心者がバッティングセンターに行っていきなり打てるわけないだろう? かといって魔法職のように魔法攻撃に補正があるわけでもないから、完全に外れジョブだ。

 俺がそこそこベテランのわりに雑魚認定されている要因の一つである。


 まあ、スキルを使えばツチノコの一匹や二匹はどうとでもなるが、それだとコスパが釣り合わない。

 ここは戦士職の二人に任せるのが一番だろう。


「いいか? 知識があっても、役に立てられるかは別問題だ」

「反面教師!」

「コイツらは音に敏感だ。分かりやすくポーション(爆弾)を使ったが、足音でも何でも、音で追い立てるのがおススメだな。奇声を上げるのもありだ」

「やだよ、上げないよ」

「っていうかポーション(爆弾)ってなに?」


 俺の役割は終わった。

 後は任せるぜ、若者たち……。




 やることがねぇ。

 どうやら先程のやり取りで俺が役立たずだと気付いたようで、前衛二人は俺に働けとは言わなくなった。


 俺のスペックはツチノコさん以下か……。

 悲しいことだが、現実は受け入れなければなるまい。

 

 同じくヒーラーでやることのない僧侶の子と共に、ネココとユーリの奮闘を見守る。


「あの、旅がらす、さん」

「うん?」


 僧侶っ子のマリエルに名前を呼ばれた。

 どうやら引っ込み思案な性格らしく、彼女の方から話しかけられたのは初めてだ。


「これ……デスゲーム、なんですよね」

「まあ、そう言われてるな。ログアウトできないし」

「わたしたち、十日くらい前にこっち側に来たばかりで……まだ、全然状況が分かってないんです。ずっと引きこもってると良くないからって、今日はネココちゃんの提案でイベントに参加しましたけど」

「教導隊に説明は受けたんだろ? 分かってることは大体それで全部だよ」


 こちら側に来たプレイヤーは、まず運営組傘下の教導隊から最低限の教育を受ける。

 幼女陛下が決めたことだ。

 といっても、現在の状況や注意点を説明されるだけだが。


 謎の妖精に遭遇し、プレイヤーはこちら側に連れ込まれる。条件は不明。下手人からの要求は特になし、仕方ないので一部のプレイヤーは攻略を進め、それ以外の連中は、趣味を見つけて何かしら活動するか、暇を持て余してニートになっている。

 これから何をするのも基本は自由だが、命は大事に。

 幼女陛下には逆らうな。

 教わることといえば、それくらいか。


「俺も半年くらいこっちにいるが、未だにティンカーベルから何の接触もないしな。プレイヤーはどんどん増えてるが」

「不安じゃないんですか?」

「え?」

「今、現実のわたしたちがどうなってるかも分からないんですよね……? それなのに、どうすればここから出られるかも分かってない。わたし、怖いんです。このままじゃ大変なことになりそうで……」

「お、おう」


 ま、まともだ。

 この子、凄いまともな感性をしている。


 そうだよな。デスゲームだもんな。

 普通はこういう反応するよな。


「ツチノコー!」

「あ、バカ、ネココ! 考えなしに突っ込むなって!」


 何も考えていないアホの子もいるし、日々を怠惰に過ごすニートも多いが、まともな人間なら不安を覚えて当然の状況だ。


 どうやら俺たちは記憶に干渉を受けているらしく、リアルの状況はまるで分からない。半年間もこちら側にいるプレイヤーがいる以上、現実でも何かしらの騒ぎになっていそうなものだが、後から来たプレイヤーに聞いても何も分からないのが現状だ。


「わたしたち、同級生で、一緒にゲームをしてたはずなんです。けど、こっち側に来る前のことは良く思い出せなくて……何でこうなったかもわからなくて。ヌイさんは一人でどこかに行っちゃうし……」

「ヌイ?」

「あ、その、友達っていうか……一緒に遊んでた人です。こっちに来た時は、一緒だったんですけど……教導隊の人に教わったら、すぐ先の町に行っちゃいました」

「追いかけなかったのか」

「わたしたち、まだ〈ゲート〉で町を移動できないので……」


 〈ゲート〉による町の移動は、四番目の町で交通許可証を手に入れることが条件だ。

 となると、彼女たちの現時点のセーブポイントはここルガンマか。


 唐突にログアウト不可能なゲームに取り込まれ、仲間の一人も音信不通。

 ツチノコを追いかけてクルクル回っているチビッ子が特殊なだけで、不安に駆られるのも無理はない。

 

 こういう真っ当なプレイヤーのケアも教導隊の役割なのだが……

 最近はプレイヤーの増加が激しく、忙しすぎて手が回っていないのだろう。


 仕方ない。

 俺もかつては教導隊の隊長に世話になった身だ、少しくらい協力するとしよう。


「俺にも連絡のつかない知り合いが一人いる」

「え?」

「ウチのクランマスターだ。こっち側に来た時点でクランは強制的に解散させられるから、元クランマスターか。酷いんだぞ、アイツ。こっち側に来るなり、いきなりドロンだ。おかげで取り残された俺たちがどれだけ苦労したか……」


 別れの挨拶もろくになく、行方をくらました黒衣の少女を思い出す。


 それなりに探したが、未だに見つかっていない。

 目立つ姿にもかかわらず、目撃証言すらなく、本人が意図的に姿を隠しているとしか思えないほどに。


 何しろ、クランメンバーが総出で捜索しても手がかり一つないのだ。


 ……勝手な想像だが、人間嫌いの幼女陛下が今の地位に就いているのも、彼女を探す為だと俺は思っている。

 俺も幼女陛下と呼ばれる前の彼女も、同じクランのメンバーだった。


「まあ、化け物みたいに強いから心配してないけどな。どこにいるか分からないし、何してるか知らないが、どっかで生きてるだろ」

「そんな……軽い感じで、いいんですか?」

「心配したってしょうがないとは言わないけどな、分からないことでいつまでも悩んだって結論は出ないぞ。俺は弱いし、特別な才能もない。逆に言えば、周りの連中は俺より強いし、賢いヤツだってたくさんいる。俺が駄目でもそいつらが何とかしてくれるかもしれないだろ」


 俺の目下の目標は元クランマスターを探すことだが、別にその為だけに他の何もかもを投げ出すつもりはない。

 そもそも、そんな生き方は健全ではないし、普通の人間には無理だ。


 ゲームなのに遊び心を忘れたら、それこそ救いようのないデスゲームだろう。

 喫茶店の経営も、幼女陛下の下僕も、俺が好きでやっていることだ。


「マリエル嬢がこれからどうしたいのかは知らないが、レベル上げでもイベント参加でも、好きにやればいい。自分にやれることを、やれる範囲でな」

「……自分に、やれること」


 ギュッと杖を握り締め、俯いたマリエル嬢に、俺は出来るだけ明るい声で言った。


「それにな、あんまりシリアスになっても仕方ないぞ。リアルがどうなってるかなんて誰にも分からないんだ。攻略組や検証組が頑張っちゃいるけど、どうすりゃログアウトできるかなんて分からないし。だったらいっそ楽しんだ方がお得だろ」

「楽しむ……」

「ゲームだからな。死ねば終わりなんて言われてるが、今のところ死んだヤツは一人もいない。幼女陛下や上の連中が頑張ってる。俺たち一般プレイヤーは、せいぜい悔いのないように楽しめばいいのさ」


 人間は弱い。

 だからこそ、心の拠り所が必要なのだ。

 それは神様であったり、大切な人であったり、人によって違う。


 ポーション、医者いらず。

 薬物中毒者の間で広がる信仰だ。


 話の締めくくりとして、俺は笑顔で夢のアイテムを宣伝した。


「――ポーション(酒)って知ってる?」

「お酒は二十歳になってからー!」


 後ろから蹴り飛ばされた。

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