8 エルザリオ1
翌日、マキとテッサはセラに連れられ集落の西の端に向かった。そこには作物の貯蔵庫や肥料の倉庫と、古いベンチを並べた小さな集会場があり、その傍に人が乗れるほどの荷車を付けた大きなトラックが止まっていた。
「少し待っていな」
そう言ってセラは荷車に荷物を積む作業をしている黒い肌の老人に近づいて何やら話しかけ、しばらくして戻って来た。
「話は付けてきた。ただで乗せてくれるってさ」
「ありがとう。セラ」
「いいさ。マキ、テッサ、エルザリオには悪い奴もたくさんいる。騙されないように気を付けるんだよ」
セラはそう言ってにっこり笑い、力強くマキの肩を叩いた。
「セラ、……これ」
急にテッサが口を開き、細い腕をセラの前に突き出した。白い手のひらの上には、銀色の小さな百合の花とハートと十字架の細工がつけられたブローチがあった。
「なんだい?高そうだね。くれるのかい?」
「セラ、これをあなたに」
そう言ってテッサはセラに銀色のブローチを渡した。セラは断ったが、テッサが何度も渡そうとするので、やがてしぶしぶ受け取った。
「セラ、それはテッサが作ったものだよ。ほんの少しだけ悪いものを追い払ってくれる」
「ああ、そうかい。それじゃ有難く貰っておくよ。テッサ、ありがとう。あんたも気を付けて。探し物が見つかるといいね」
そう言ってセラはテッサと握手をした。テッサは「うん」と小さく言って、少しだけ笑顔を見せた。
灰色の空の下、大きなトラックは黄土色の土の上を走った。周囲には僅かに草の生えただけの荒野が広がり、遠くにはうっすらと山並みが見えていた。二人と一匹は硬い荷車の荷台の上で揺られながら、無言で流れる景色を眺めた。荷車の荷台には集落で収穫した作物が詰め込まれた樹脂製の籠が並んでおり、それらは時折土の道の凹凸に合わせて跳ね上がった。その度に、マキは籠から零れ落ちた根菜や葉野菜の束をもとの籠に戻した。
やがて荒野は終わり、周囲の景色は次第に草原になっていった。広葉樹の木々が集まった雑木林がちらほらと見え始め、何度目かの十字路を通過した後、乾いた土の道の路傍に木でできた柵が現れ始めた。同じような荷物を積んだトラックとすれ違った後、視界にはポツポツと木でできた小さな小屋や茶色の土の畑が映り始め、やがて畑を挟んで均等に配置された民家が現れた。
次第にすれ違う車や道を歩く人は増えていった。次第に道の幅は広がり、その脇では黒い肌をした子供が路上で作物を売っているのが見えた。トタンでできた家の連なった集落をいくつか通り越すと、トラックの前方に巨大な鉄塔がうっすらと姿を現した。大きな荷物を背負った黄色い肌の人たちの集団を追い越してしばらく進むと、土の道は灰色の砂利で舗装されたものとなった。
頭上から鳥の声が聞こえ、顔を上げると、小さな白い鳥の群れがあった。群れはトラックと同じ方向に向かって飛んでいった。
やがて、木でできた電柱が並び、白く塗装されたコンクリートでできた家が現れ始めた。大きな看板のついた病院、緑の木が植えられた庭の付いた家、沢山の自転車が並んだ店、ネオン管のついた大きな看板の店。エルザリオの中心街に近づくほどに町並みは移り変わり、歩道を歩く人から農民の割合は減っていった。カラフルな赤い衣装を着た人。沢山の入れ墨をした人。深緑色の軍服を着た人。青いシャツを着た東洋人。機関銃を担ぎ黒い帽子を被った役人。真っ黒な服に白いケープを被った女性。黒い板のような義足を付けた人。
道の左右にはコンクリートの建物が立ち並び、沢山の電線がその間を繋いでいた。街の住人達が車道を横切る度、トラックは止まっては走り出してを繰り返しながら、ゆっくりと街の中心に向かって進んだ。
エルザリオの中心街のバザールの前で、二人と一匹はトラックに荷車を降りた。マキはトラックの運転手に礼を言い、チップの代わりにコインを数枚渡した。
「……ずいぶん大きな街だな」辺りを見回してマキは呟いた。
大きなバザールは沢山の人で賑わっていた。石畳の巨大な広場には、大きなパラソルやテントがたくさん立ち並び、その下で様々なものが売られていた。区画によって売られているものが分かれているようで、一番近い区画には沢山の海産物の店が並んでいた。
「テッサ、少し見て回ろうか」
マキはテッサの手を取り、バザールを見て回った。
たくさんの果物や野菜、重ねられ並べられた陶器の器や壺、複雑なモザイク柄の布や絨毯、山のように積まれた古い電化製品、透明なビニール袋に包まれたライフルと銃弾、吊るされた様々な形の衣服。
二階建てのコンクリートの建物が広場を取り囲むように立ち並び、その一階には少しだけ高級そうな飲食店や衣服の店が並んでいた。
戦場が近いせいか、道を歩く人の中には深緑色の軍服を着た人が多く見られた。黒い肌をしたネグロイドが多かったが、中にはアジア系の顔つきをした者や、浅黒い肌をしたアラブ系の者、地中海系の黒髪の白人など、様々な人種が入り混じっていた。
「水を売ってくれないか?」
マキはバザールの外縁で水を立ち売りしていた子供に話しかけた。マキと同じくらいの背丈のアジア系の少年で、背中には大きなクーラーボックスを背負っていた。
「ボトル一本で三フランだよ」
「ブルは使えるかい?」
「ブルはダメ。フランはないの?」
「すまない。持ってないんだ」
「それなら二十ブルだけどいい?」
「ちょっと高いが……まあ仕方ないな」
マキは皮のバッグから銀色のコインを取り出して支払った。金を受取ると、子供は背中に担いでいたクーラーボックスから、ぬるい水の入ったボトル取り出した。
「聞きたいんだが、役所はどこにあるか知ってるか?」
ボトルを受取りながらマキが聞くと、彼は人懐っこい笑顔を見せて言った。
「役所は北町の東にあるよ。あっちの道をまっすぐ。でももうすぐ日が暮れるから、今から向かっても間に合わないよ」
「それじゃあ、この辺にホテルはないか?できればブルが使えるホテルがいい」
「それなら近くにあるよ」
水売りの少年は、ホテルまでの道筋を丁寧に教えてくれた。
マキはボトルの蓋を開けてテッサに渡した後、ホテルに向かって歩き出した。
マキの旅 名渕 透 @decode77
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