第4話 やっぱ、すきなもんはすきでしょ。

引っ越して、3ヶ月が経った。


そして、心葉と喑縁が一緒に寝るようになって、2ヶ月が経った。


そう。引っ越しても、夜、0時を回ると、心葉が、喑縁の部屋に入ってきて、喑縁の布団に潜り込む。それが、習慣化された。


喑縁が、それに慣れるまで、どんな困難があったか、想像も容易いだろう。




最初の夜、喑縁は、衝撃的な言葉を耳にする。




コンコン…。21時。宿題を片付けて、そろそろテレビでも観ようかな?と机の上を片付けていた時、扉がノックされた。


「はい」


「喑縁、入っていい?」


「心葉くん?いいよ」


「一緒にねようよ」


「はい!?」


「いいから、いいから」


そう言うと、心葉は、自分の枕だけ持って、喑縁の部屋に入って来た。そして、まだ寝そうにないな…、と感じたのだろう。


「俺、明日朝早いから、先寝るね。喑縁も、あんま夜更かししないでね」


(そーゆー問題じゃなくて、眠れるはずないじゃん!!)


それでも、喑縁は、ドラマを見るのを辞めた。だって、うるさいと思ったから。だから、スマホのサブスクで、音楽を聴きながら、やらなくてもいい英語の予習を始めた。23時。いつの間にか、喑縁は机に突っ伏して、眠り込んでした。


それを、待ってました!とばかりに、心葉がそっと喑縁を抱きあげて、ベッドへ運んで、隣をゲットした。


⦅おやすみ⦆


静に耳打ちすると、また、喑縁を抱き枕にして、心葉は眠るのだった。





どうして、こんなに、心葉が喑縁をすきになったかと言うと、勿論、一目惚れもあった。でも、それだけじゃない。本当にすきになった瞬間は、あの、だった。


『ただいま』ってなんの躊躇もなく、誰もいない部屋に向かって言った、喑縁に、はっきり言って、心葉は、驚いた。


だから、喑縁が待っている部屋に、わざと帰ってきて、『ただいま』って言ってみたくて、コンビニなんかに足を運んだ。そして、帰って来たのだ。


心葉は、言ったことがなかった。誰もいなかったから。帰ってきても、母親も、父親も、兄も姉も弟も妹も、誰も、いなかったから。普通に、ただいま、って言って、お帰りが返ってくることの嬉しさを、あの日知った。


何にも代えがたい、存在価値を、喑縁に抱いたのだ。





「…」


その夜、心葉は、仕事が夜中3時まで終わらず、静かに玄関を開け、誰も起こさないように、家のドアを開けた。『ただいま』を言うか、迷った。やっぱり、寂しくなった。…なのに…。


⦅心葉くん、お帰り⦆


⦅!喑縁?こんな遅くまで何してたの?⦆


⦅しー!もうお母さんたち寝てるから⦆


⦅心葉くん、待ってたの。どうせ、明日土曜だし。休みだし。良いでしょ?⦆


そう言って、喑縁は、微笑んだ。


⦅………⦆


⦅心葉くん?⦆


⦅ただいま。喑縁⦆


そう言うと、心葉は、喑縁を強く抱きしめた。もう慣れた。喑縁も、もう慣れた。これは、妹としてのハグ。それが、心葉のハグの意味。他に何もない。分かってる。でも、少しでも、心葉に元気でいてもらいたい。笑った顔が見たい。


毎晩、一緒に寝るようになって、喑縁は、分かりつつあった。心葉が、いつも寂しかったこと。いつも苦しかったこと。いつも悲しかったこと。


誰かの温もりが、欲しかったんだ…ってこと…。


それが、例え、報われない恋だったとしても、一生懸命、妹として、心葉を支えよう。それが、喑縁の出した答え。


⦅ねよっか、心葉くん。また、明日、心葉くんは朝、早いんでしょ?⦆


⦅…うん。でも、もう少し、こうしてて…⦆


⦅…うん。いいよ⦆



その夜。2人は、いつもより、くっついて、眠った―――…。





「行ってきまーす…」


朝5時半。ほとんど寝ず、心葉は仕事に行こうと玄関を出ようとした。誰も見送ってなどはしてくれないが…。さすがに、3時まで起きててくれた喑縁に、行く時も起きてて、なんて我儘、すきな子だからこそ、言えなかった。


のに…。


「心葉くん、行ってらっしゃい」


「!」


「ごめんね。お仕事、これだけは、手伝えないから…。お見送りだけでも…」


「喑縁…。ちょい、こっち来て」


「ん?」


「いいから」


「うん」


玄関に喑縁を呼び寄せると、背の低い喑縁の額に、そっと、キスをした。


「!?」


「いってきまーす!」


そう言って、元気いっぱいになって、心葉は心置きなく、仕事に行った。


「……心葉くん…抑えるの…大変なんだよ?」


喑縁は、柄にもなく、泣いた。悲しかったし、切なかったし、苦しかったし、寂しかったし、辛かったけど、…嬉しかった。すんごく、すんごく、嬉しかった。でも、妹でいることに、限界がある。





「遠くに…いたかったなぁ………」




ぽろっと、涙と一緒に、そんな言葉が、喑縁の口から零れた。




「お疲れ、心葉。最近、機嫌良いな、お前」


「そうですか?でも、心で一番、大切なもの、見つけたんで」


「なんだそれ。スキャンダルは困るぞ?」


「大丈夫っす。(外から見たら、妹なんで)」




その夜、20時、ルンルン気分で、心葉は家に帰る。共働きの両親は、まだ、帰ってきていないだろうけど、また、『ただいま』を言ったら、喑縁の『おかえり』が待ってる。それだけで、疲れなんて、吹き飛ぶ。そして、抱き締める。匂い嗅ぐ。一緒に…眠る。何もかもの嫌なこと、疲れ、総て吹っ飛ぶ。


「ただいまー」


「おかえりー」


言葉には、表し難いが、心葉の顔は、本当に幸せそうである。


「心葉くん、今、フレンチトースト、出来たとこ」


「マジ!?喑縁、サンキュ!!」


「ひゃっ!」


また、心葉は、喑縁を抱き締める。キツクキツク抱き締める。喑縁の心臓は、もう爆発寸前だけど、それにも慣れた。少し、この時間を過ぎれば、心葉は、頭ポンポンで、部屋に戻る。それで、また、夜、一緒に寝る。最近は、心葉がいないと、逆に眠れない。


すきで、すきで、すきで…。でも、心葉くんは?って、喑縁は思う。想うが故、思う。


「どした?喑縁」


思ってたら、フレンチトースト食べつつ、心葉に顔を覗き込まれた。


「…すきな人に…すきになってもらうには…どうしたら、良いんだろう…?」


「…喑縁…すきな人…いるの?」


急に、神妙な顔になる心葉。


「誰?どんな奴?格好いい?性格は?」


「…とってもいい人。格好いい。性格も最高。…でも、遠くに…いたかった…ひと」


「そ…か…。俺、どうやって、応援…したらいい?」


「…『ただいま』って言わないで。『お帰り』って言わせないで。キツク抱き締めないで。ベッドに入って来ないで。一緒に…寝ないで…」


「…邪魔…だったか…。ごめんね。喑縁…」


「そんなこと、分からないんだ。あんなに人気なアイドルのくせに…」


「え?」


「……心葉くんだよ?私が…すきな人…。だいすきで、だいすきで、仕方ない人……。でも、振ってくれていいからね。妹に、徹するか…」


そう言いかけた喑縁に、心葉は、キスをした。


永い、永い、永い、永ーい………キス。




「私、アイドルの…恋人になっちゃった…」

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