第3話 心葉と喑縁の両片想い。
一緒に暮らし始めて1週間。やっと、引っ越し先が決まった。夏休みを利用して、心葉以外の家族で荷造りが盛んにおこなわれていた。
「ねぇ、喑縁、この本、捨てて良いわよね?」
「お母さんの馬鹿!!その漫画は気に入ってるの!!絶対持ってく!!」
「じゃあ、このファッション雑誌の山は?これ取って置くって言ったら、お母さん、怒るよ?」
「…」
取って置きたかったが、母は、怒ると、本当に怖い。私が切れた時、なんてもんじゃない。もう大人げないにも程がある。
「はいはい。処分してください」
「ただいまー。遅くなってごめん」
「あ、心葉くん。お帰り」
「なんで喑縁が一番先にお帰り言うのよ」
「お母さん、言いたかった?」
「もう、親をからかわないの!!」
「心葉、お前も疲れてるだろうが、引っ越しは明後日だ。出来るだけでいいから、手伝ってくれ」
「うん」
「はい。心葉くん」
「ん?」
喑縁は、タッパーを取り出して、心葉に手渡した。
「何?」
「お腹、空いてたら、どうぞ」
パカ…とふたを開けると、フレンチトーストが入っていた。
「えー!喑縁作って置いてくれたの?サンキュ!!」
「だって、雑誌に書いてあったよ?ご飯満腹でも、フレンチトーストだけは幾らでも入る、って」
「うん!よく知ってるなー。さすが、俺のファン!!」
「心葉!手伝え!そのフレンチトーストは、片づけた後頂きなさい」
「はい」
4人がかりで、ほぼ、部屋は片付いた。
時刻は、20時36分。
「俺、フレンチトースト食べて寝る。明日も朝早いし」
「あぁ。すまんな。疲れてるのに」
「本当にありがとうね。大荷物は女手だけじゃ、手に負えなくて…」
「良いですよ。そのくらい、手伝います」
「ありがとう」
「喑縁、これ食べたら、部屋、行くから」
「うん」
「喑縁、入るよー?」
時刻は22時47分。フレンチトーストを、すぐ食べるのがもったいなくて、お風呂に入ったり、テレビを見たり、スケジュールを確認したり…何だか落ち着かなくて、出来ることは、すべてやって、フレンチトーストに辿り着いた。
なので、この時間になった。
「喑縁?」
返事はない。
ガチャリ…。
静に、ドアを空けると、喑縁は、床の布団でぐっすり眠っていた。
(なんで、喑縁が床に?)
不思議にお思って、近づくと、ベッドの枕元に、メモがあった。
『たまには、心葉くんがベッド使って。…ってもう今日と明日しかないけど…。疲れ、とってね。おやすみなさい』
「………」
そのメモを見て、心葉は、最初の夜のように、そっと、喑縁の布団に入り込んで、喑縁を抱き締めた。すると、最初の夜には起こらなかったことが起きた。寝ぼけて、くるんと喑縁が心葉の方へ体の向きを変え、今度は、心葉を抱き枕にして寝息を立てている。
何とも、無防備だ。
「喑縁は…こんな暑いけど、あったかいね…」
そう言って、心葉は、喑縁を抱き締め返した。すると、喑縁は、安心しきったような顔をして、にっこり、微笑んだ。
「………」
その寝顔を見て、心葉は、涙が流れた。
心葉は、喑縁に一目惚れしていたのだ。顔は童顔で、背なんか小さくて、緊張して呆然としてるところも、可愛かった。最初は、ちょっとからかうつもりが、どんどん惹かれて行って、今やもう、抱き締めたくて、自分のものにしたくて、妹なんかじゃなくて…。そう、思っているのが、自分だけだなんて、知らないで…。
「!!!???」
寝覚めた喑縁は、心臓が飛び出るかと思った。目覚めたら、10㎝前に心葉の顔があった。しかも、抱き合っている。
(な!何事!?)
「…あ、おはよ。喑縁…」
完全に寝ぼけている。でも、寝ぼけていなくても、心葉は、きっとその態度に大した変化などないだろう。
「し!心葉くん!なんで、私の布団に!!」
飛び起きて、腰砕けになった。
「あぁ…なんか…喑縁が、可愛かったから…」
まだ、寝ぼけている。
「でも!抱き!抱き!」
もう頭、パニック状態の喑縁。
「だって、抱き締めたかったんだもん」
そこに、
「ごはんよー?2人とも、早く顔洗ってー?」
と、母の声。喑縁は、慌てて部屋を飛び出した。
心臓がドキドキして、もうどうしようもない。顔も、ガシガシ洗って、ガシガシ拭いて。すると、心葉も洗面台に現れた。
「ど、どうぞ」
右にずれて、心葉に洗面台を譲る喑縁。パシャパシャ顔を洗うと、スッと、喑縁の持っていたタオルを受け取ると、それで顔を拭いた。そして、固まっている喑縁にそれを返すと、
「ご飯だよ?喑縁」
「…はい…」
ポンポンと、また、喑縁の頭を撫でると、洗面所から出て行った。
その後、数秒も経たないうちに、喑縁の瞳からは、涙が零れた。
すきに、なってしまった―――…。それを、自覚して、しまった―――…。
引っ越したマンションは、広くて、部屋数も問題なかった。でも、喑縁は、何となく…いや、かなり、寂しかった。恥ずかしくても、ドキドキして眠れなくても、変な妄想だらけになっちゃっても、散々パニックってた頭に、どんなに悩まされていたとしても、心葉と、同じ部屋が良かった。
…同じ、布団が…良かった。
「心葉くん、今日、お仕事お休みだったわよね?」
「あ、うん」
私は、まだ、心葉くんのお父さんに敬語を使ってしまうけど、心葉くんは、もうすっかり、母と仲良しになって、全然ため口だ。それでも、嫌味も、反抗心があるようにも、全く見えない。きっと、心葉くんは、心が本当に綺麗なんだろうな…と、喑縁は、思っていた。
「でね、心葉くんのベッド、今日買いに行かない?ずーっと床だったでしょ?もう部屋もあるんだし、時間あるうちに…」
「あ、そうだね。うん。行く」
「喑縁も行く?どうせ暇でしょ?心葉くんの傍にいたいだろうし」
母まで、私をからかうようになった。
「私は良いよ。家にいる」
「…?」
心葉が、何だか寂しそうな顔をしている。その顔に、キュンとする喑縁。
だって、一緒の部屋が…布団が…良かったんだもん…。
なんて、口が裂けても、言えない、喑縁だった―――…。
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