第2話 ただいま
「…り。…より。喑縁、起きなって」
「…ん…あ、お母さん、おは…お…は…!?キャ―――――――――!!!」
「喑縁、俺。心葉。そんな化け物見たみたいな悲鳴、上げないでよ。ショック受ける」
「あ…す…ご、ごめ…ごめん」
「朝ごはん、出来たって。早く、顔洗いな」
「う、うん」
(夢じゃ…無かったんだ…。…………でも、昨日の夜、ベッドに入って来たのは…あれは…夢…か…)
「朝ごはんも美味しいです」
「あら、本当?嬉しいわ」
「心葉、昨日、喑縁ちゃんに迷惑かけなかったか?」
ドキッとする喑縁。
「迷惑って?」
「いびきとか、寝言とか。お前、色々うるさいからな」
「ははは。それは保証しかねるな。自分では分からないもん。どうだった?喑縁」
「え?…な…何にも言ってなかったし、いびきもしてなかった。だいじょうぶ」
何だか、カタコトになってしまう喑縁。
「だって」
「良いんだよ?うるさかったら、蹴っ飛ばしてやんなさい」
「え…さすがにそれは…。アイドルの顔に傷つけたら…ファンに殺されます…」
「あはは!誰が、顔蹴れって言ったの!ふつう、胴体とかじゃない?喑縁」
「あ、あはは!そっか!ごめん。心葉くん」
その喑縁の笑顔に、心葉は、何だか初めて嬉しそうに笑った。その笑顔に、また、ドキッとしてしまう喑縁。
心葉くんは、喑縁の前に現れてから、喑縁の心をドキドキさせることばかり言うし、する。
『昨日の』
あれは、なんだったんだろう?本当に、夢、だったのかな?中学校に向かう途中、喑縁の頭の中は、昨日のベッドのに入って来た心葉の行動だった。そして、『傍にいて』この言葉。やっぱり、早くに母親を亡くしたからなのだろうか?幼くして、芸能界に入って、寂しい想いばかりしてきたからなのだろうか?
でも、どれも、単なる一般人の喑縁には、知ることのできない、苦労と、重圧、若いのに、芸能人であるが為の守らなければならないルール。13歳から、どれほど、頑張って、我慢して、トップに立ってきたのか…。
なのに、全然、ひねてなくて、素直で、優しくて、よく笑って、でも…、自分を、『ヤな奴』と呼ぶ。
涙を流しながら眠った、昨日の心葉。
何かあったの?何があったの?何があるの?
これは、本当に、報われない恋。でも、本気になってしまった恋。
「おはよー。喑縁」
「あ、おはよう。
「なんか、寝不足?目、充血してる」
「あ、夜中3時くらいまで眠れなかった…」
「なんで?」
「…ちょっと、頭と、目が、冴えて…」
煮え切らない、喑縁の返事。勿論、心葉のことは、内密にしろと言われている。それに、佳枝も、『NEW WORLD』の大ファンだ。言ったら、ズルいとか、酷いとか、むかつくとか、逢わせろとか、もう踏んだり蹴ったり殴ったり…してきそうだ。眠れなかった理由が、心葉と一緒のベッドで寝たから、なんて言ったら、それこそ失神するだろう。
あ、違うか…。一緒のベッドに入ったら、眠れたんだっけ。それまで、眠れなかったんだっけ。なんで、一緒のベッドで眠れたんだろう?安心してた。心葉の抱き枕になって、気付いたら、すっかり、心葉に起こされるまでぐっすり、眠ってた。
放課後。私は、本当に驚いた。校門に、地味なジャージを着た、サングラスでキャップを被った男の人が立っていた。
⦅誰?あの人⦆
⦅えー…誰かのストーカーとか?⦆
「ねぇ、あそこ。変な人が立ってる」
そう佳枝に言われて、その指先を伝って行ったら、確かに怪しそうな人が立っていた。
でも、喑縁には分かった。
(心葉くん!!)
さすが、妹。
「あ、あの人、例の、お母さんの再婚相手の息子。お兄ちゃん。私待ち合わせしてたんだ。忘れてた!ごめん!行くね!佳枝」
「あ、あぁ。じゃあねー…」
ほけーっとして、佳枝は、しどろもどろな喑縁を見送った。
⦅心葉くん、どうしたの?バレたら、大変だよ?⦆
⦅大丈夫。絶対変態かストーカーって思われてるでしょ?⦆
⦅ふふ。そうかもね⦆
⦅喑縁は、笑うと本当に可愛いね⦆
「!」
⦅だ、だから、そう言う冗談は、良いものと、悪いものが…⦆
⦅今のは、完全、冗談じゃないから、良いものだよ?⦆
「…」
さすがは、モテて来た人のいうことは違う。喑縁はそう思った。
「でも、どうして、ここに来たの?何か用事?」
「喑縁に逢いたかった。仕事、今日休みだし。俺、高校行ってないし。勉強できない、って言ったでしょ?多分、喑縁より、テスト、点数悪いと思うよ?」
「大丈夫だよ。私、負けないから!」
「ふはっ!何の勝負だよ」
「ま、気付かれたら面倒だから、どっか、別の場所行こう」
「あぁ、だね」
2人は、何処に行っても正体がばれてしまうのなら、家に帰ろうと言う無難な解決法を提案し合った。
「ただいまー」
「って、喑縁、いつも帰ってきたら言うの?『ただいま』」
「うん。言うよ?心葉くんは言わないの?」
「んー…だって、誰もいないのに、言ったら、なんか寂しいじゃん」
「……そっか。なら、これからは寂しくないね。お仕事ある日は、必ず私の方が先に家にいるだろうし、お仕事休みになったら、今日みたいにストーカーしてよ」
喑縁は、キラキラ笑った。
すると、心葉は、ぼーっと突っ立って、せっかく家に着いたのに、サングラスをかけ直した。
「どうしたの?心葉くん」
「ん?いや、コンビニ、行ってくるね」
ガチャリ…。
静かに玄関の扉を閉めると、心葉は、行ってしまった。ちょっと、首を傾げた喑縁だったけれど、きっと、喉でも乾いたのだろう、と思い、深くは考えずに、そのまま、心葉を見送った。
コンビニで、気分ルンルンな、心葉。なぜだか、皆さまは分からないだろう。いや、きっと、心葉以外、きっと、誰も分からないに違いない。
ガチャリ!!
「ただいまー!!!」
「?おかえりー。何?心葉くん、もしかしてすんごく気分いいの?」
「分かる!?」
「ふふふ。分かるよ。ただいまの元気が違う」
「そっかな。そっか…。そうだね!」
「ケーキ、作ったよ。私、お菓子作りだけは得意なの。マドレーヌ、すき?」
「…すき!!」
そう言うと、制服を着たまま、エプロンを着て、マドレーヌを作り上げたばかりの喑縁を、心葉は抱き締めた。
「!!??」
「すき!」
「!!??」
「マドレーヌ!!」
いちいち、ドキドキさせないで欲しい、そう思う、喑縁だった。
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