第3話

「じゃあ、行くぞ?」

「絶対手、離さないでよ?」

「……うん!」

 めいは右手を華凛かりんと、左手を蒼斗あおとと繋いで列車のドアの前に立っていた。列車の床や座席は木でできており、明達の知る電車ではないことが分かる。

 木の天井にはガラス管の中に発光する鉱石のようなものが敷き詰められていた。乗客は明達の他に誰も乗っていない。

「せー……のっ!」

 蒼斗の掛け声と共に3人は電車に飛び込んだ。

 飛び乗った勢いで車体が揺れるのを感じた後、明が乗車するのを待ち構えていたかのように背後で列車の扉が閉まった。

「お!やっぱり。俺達のこと待ってたんだな!」

 蒼斗が嬉しそうに声を上げるので、明と華凛も緊張感を緩めた。不思議と恐怖は無い。

 やがて、ガタゴトという音と共に列車がトンネルに吸い込まれるように、猛スピードで走り出す。

「わっ」

「ぎゃっ」

「うおっ」

 3人が同時に悲鳴を上げると、列車の床に膝をついた。スピードに耐えるように3人は列車の床にへばりつく。

「ねえ!列車のスピード、速すぎない?」

 右隣から華凛が声を上げる。床にしがみつくのに必死で窓の景色が良く見えない。明は何とか顔を上げる。景色が真っ暗なことからトンネルに入ったらしいことだけは分かった。

「遊園地のアトラクションみたいだな!」

 蒼斗が楽しそうにわははと笑い声をあげる。

「何呑気なこと言ってんのよ!どこかにぶつかったらどうするの?それよりもあの世に連れていかれたら……!」

 華凛の声が再び弱々しくなるのを聞いて、明は冷静に今の状況を分析する。

「多分ぶつかることはないと思う。もうトンネルを抜けてもいいはずなのに全然そんな感じしない。……ということはどこか別の線路に乗ったんだと思う」

「どこかって……。どこのよ」

 華凛は列車が事故に遭わないことに安堵しつつ、明に新たな問いを返す。

「それは分からない。でも死んでる感じはしないし、あの世でもないんじゃないかな」

 明は自分の手で握りこぶしを作ったり、開いたりした。床にへばりつきながらも黙って華凛に右のてのひらを近づけると、察した華凛が自分の左の掌を重ね合わせる。

「ね?生きてるでしょ?」

「あーもうっ!訳分かんない!……でも明がそう言うなら、そうなんでしょうね」

 華凛の口調は怒っていながらもいつもの力強さを取り戻していた。明が安堵したのもつかの間。まばゆい光が明達を包み込んだ。恐らく、列車がトンネルを抜けたのだろう。

 あまりの眩しさに明は腕を前にして目をつぶった。

「うわあ……!すっげえ!何だここ?」

 蒼斗のはしゃいだ声で、明はゆっくりと目を開ける。気が付けば、列車のスピードが落ち、立ち上がることができるようになっていた。

 明は車窓越しに広がる景色を目の当たりにして、思わず息を呑んだ。

(……!すごい綺麗な景色……!)

 自分が空の中に浮かんでいるような、そんな錯覚に陥る。なぜなら青い空と白い雲がそのまま地面にも映し出されていたからだ。

「海外にある絶景みてえ!」

 そう言われて明は近くの窓に駆け寄ると、窓にひたいを付けて列車が走る大地に目を落とす。

 蒼斗の言う通り。目の前に広がる光景はテレビで見た海外の絶景、ウユニ塩湖にそっくりだ。

 確かまったいらな塩の大地に水が張ることによって空を映し出していたはずだが、目の前の景色はどうやら違うらしい。

(列車のタイヤから水しぶきが上がってない。水じゃないんだ……じゃあ、何が空を地面に映し出してるんだろう)

「どこにも建物が見えないのね。それどころか人もいないし。あれ?鳥?みたいなのも飛んでる」

 いつの間にか明の隣にやって来ていた華凛が窓の外に目を凝らし、空を指さす。

「何だろう。今飛んで行ったの。鳥にしては大きい……」

 明は地面から華凛の指さす空へと視線を移した。華凛が鳥だというそれはいびつな形をしていた。しかもかなり大きい。飛び方も飛行機のように安定したものではなかった。

 明達が窓に張り付いて景色に夢中になっていた時だ。

「……え?騒がしいと思ったら、え?人が乗ってる。どういうこと?」

 隣の車両へ移動するための小さなドアが開いて、誰かが入って来た。明は大きく肩を揺らす。まさか、自分達以外に誰か乗車しているとは思わなかった。

 声を掛けられるまで気が付かなかったが、いつの間にかこの車両は別の車両と連結されていたらしい。

 明は自分の心臓の鼓動を聞きながら声の主の方を向く。

 そしてその姿に目を見開いた。

 小さな白い毛むくじゃらの体にぴんっと伸びた2つの耳。せわしなくひくひくと動く小さな鼻は人間ではなかった。人間のように洋服を着て、斜めがけのかばんを掛けている。

「……ウサギが喋ってる」

 明は思わず呟いていた。華凛は素早い動作で明の背後に回っている。明達の反対側にいた蒼斗は喜色満面の表情を浮かべていた。ウサギのことを興味津々に眺めている。

「嘘!まじで?なんだここ、めっちゃ面白いとこじゃんか!着ぐるみとかじゃねえよな?」

 蒼斗が無遠慮にウサギの首元を触った。ウサギが小さな両手を合わせて困惑している。

「見慣れない姿と雰囲気……。もしかして!え?そんなことないよね?でももしかするのかな?」

 ウサギがおどおどしながら明達を見ている。

「あの……突然すみません。ここってどこなんですか?」

 ウサギから悪い雰囲気を感じられなかったので、明は恐る恐る声を掛けた。ウサギが年上か年下か分からないので、とりあえず敬語で話しかける。

「え?ここ?ここはね……アラワシノ国。もうすぐ王都に着くところだけど……」

(アラワシノ国?そんな国名、聞いたことない)

 明が考え込んでいると、ウサギが慌てて続けた。

「君たちはどうやってこの列車に乗ったの?だって……今まで通って来た駅の街は透砂すきすなに埋もれてとても生き物が住めるような場所じゃないのに」

「スキスナ……?住めるような場所じゃない……?」

 明はウサギの言葉から、この世界の状況を考え込む。

「住めるような場所じゃないって……こんなに綺麗な景色なのに?」

 華凛の疑問に答えるように、前の車両からはっきりとした低い声が聞こえてきた。

「綺麗な景色?笑わせるなよ」

 乱暴な物言いに明達の緊張感が高まる。

(もう一人、乗客がいた……!)

 ウサギが体を退けて、背後から姿を見せたのは黒いフード付きマントを羽織った少年だった。背格好から明達よりも4,5歳は上に見える。

「美しい光景のように見えるかもしれないけどな……この国は今、滅びかけてるんだ。少しは言葉をつつしんでくれ。別の世界から来た『わたびと』よ」

 厳しい言葉に明は眉をひそめながら少年に視線を移す。

「……私達が別の世界から来たって分かるの?」

 明の言葉にフードを被った少年はにんまりと笑った。さすがの蒼斗も少年のただならぬ雰囲気を感じ取って口出しするのを止める。

「まあな」

 少年はフードを取ると、目に映えるような赤い髪がこぼれ落ちた。明達は少年の珍しい出で立ちに暫く目を奪われる。緑色の瞳には鋭い光が宿り、側に居た明の姿を捉えた。右耳には目の色と同じ、緑色の宝玉のピアスをしている。

 見た目こそ若かったが、少年からかもし出されるのは色んな経験を重ねてきた大人の落ち着いた雰囲気だった。

「俺は……セージと言う。リュカン国王から透砂すきすなの調査を依頼されていてな。今調査から戻るところだったんだ。こっちはこの列車の運転手のノルン」

 ぺこりとノルンが明達に頭を下げる。

「異常も確認できたので……。僕は運転席に戻りますね」

 ノルンがぴょこぴょこと二足歩行で前方の運転席に戻る。

 明は少年の名乗りに違和感を覚えながらも、彼の言葉に耳を傾けた。

「アラワシノ国では渡り人は歓迎されるんだ。どうだ?これから一緒に王城に行くというのは?」

 そう言ってセージは右手を差し出す。

(何か……。この人、怪しい)

 明は暫く差し出された右手を眺めていた。背後にいる華凛に目配めくばせするが、華凛はぼんやりとセージのことを見ていた。「格好いい」と呟くのが聞こえて、明はため息を吐く。

(ここは私が何とかするしかないか)

 明が決意を新たにセージと向かい合った時だ。緊張感漂う車内で、ぐおおおという低い音が鳴り響いた。

 その音は蒼斗の腹から出たものだった。明と華凛、セージの間に流れていた緊張感が一気に吹き飛んでしまう。

「やっべ。お腹すいた……」

 蒼斗がそう言ってお腹をさするので、セージは声を上げて豪快に笑った。

「王都に行けば豪華なご馳走も振舞われるだろう。俺も国王から褒美をたんまり受け取れるだろうし……。決まりだな!」

「ご馳走だってよ!2人とも、王都に行くの楽しみだなー」

 蒼斗の無邪気な笑顔を見て、明が呆れる。

「楽しみって……」

「明、この人なら大丈夫じゃない?途中で降りても周りに何もないし、この国の人に詳しい人の側に居た方が安全だと思うの」

 後ろから華凛が明に耳打ちする。華凛がそわそわしているのを見て、明はじっとりとして目を向ける。

「な……何よ!その目は」

 明は肩をすくめると頷いた。

「……何でもない、華凛の言う通り。今はあの人に付いて行くしかないね」

 華凛は真剣な表情を浮かべると明の言葉にうなずく。

「そんなに構えなくていい。お前達に危害を加えるようなことはしない」

 セージは明達をだましている様子はなさそうだったが、どこか悲しそうに笑う姿が気になった。


 

「そうか……此度こたびの渡り人はめい華凛かりん蒼斗あおとと言うのか」

 セージはそれぞれ3人の顔に視線を移しながら名前を口にする。

 明達は一両目に移動し、向かい合わせの4人席に腰かけながら自己紹介を終えたところだった。

 王都に移動しがてらお互いのことを話そうじゃないかとセージが提案したのだ。蒼斗はセージの隣でずっと車窓を眺めており、その向かいに明と華凛が座る。

 3人の中で一番にセージに質問をしたのは明だった。

「聞きたいことは山ほどあるんですけど……。私達を渡り人って言ってましたよね。渡り人って何なんですか?」

「渡り人というのはこのアラワシノ国にはまれに遣わされる人のことだ。国の窮地に現れては国を救う。救世主であり……英雄だ」

 セージの言葉に明は目をまたたかせた。何の力も持たない、平凡な子供である自分達を表現するにはあまりにもかけ離れた言葉だったからだ。

「今、アラワシノ国は滅びの前にいる。だから、お前達が呼ばれた……この国を救うために」

 予想もしない大役たいやくに明達は顔を見合わせて、固まった。



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消えゆく町の子らと滅びの国 ねむるこ @kei87puow

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