2段アイスと彗星ウエハース
栄三五
彗星は口笛を吹きながら旅をする
夜空で彗星が光の尾をたなびかせている。
200年に1度の周期で地球に近づくらしい。次に地球に近づくとき当然私はこの世にいない。
遭遇するのは人生で1回だけのチャンスだ。一緒に下校している千夏も通行人もみんな彗星の写真を撮っている。
いつもなら私も一緒になって騒いでいるところだけど、彼氏にフラれた1時間後にそんな気分にはなれない。
彗星が尾を引いている、なんて言葉もなんとなく未練がましくて、今は嫌だ。
黙って歩いている私を見かねてか、夜空を向いて彗星の動画を撮る手を止めて千夏が声をかけた。
「元気だしなよ。アイス奢ってあげるから」
「うん…ありがと……」
チェーンのアイス屋さんに入って2段アイスのフレーバーを選ぶ。
私が選び終わって店を出ると、既に自分のアイスを受け取った千夏が待っていた。
「何たのんだの?」
「ダークチョコレートチップとキャラメルコーヒーファッジ。千夏は?」
「コットンキャンディとホッピングシャワー」
すごい色合い。
二人で食べながら帰る。
「あ、そうだ!写真撮って、写真!」
アイスを何口か食べた後、千夏は私にスマホを渡し、アイスが彗星に重なる様に掲げて大きく口を開けた。
私の位置からそれらを写真に収めると、彗星がパフェに刺さるウエハースの様にアイスに重なり、彼女はそれを食べようとしているように見える。
「どう?撮れた?おお!バッチリじゃん!彗星ウエハース!!」
千夏はさっそく画像をインスタにアップしているようだった。
「千夏、彗星が何でできてるか知ってる?」
「知らない。何でできてるの?」
「氷」
彗星自体が冷たいんだからアイスの箸休めにならなくない?、と言いかけて飲み込んだ。
1時間前に優介に言われたことを思い出した。
「お前こそ空気読めよ。普段、人が楽しんでる時だって冷めるようなこと言うし。もっと他人の気持ちを考えた方がいいよ、お前」
一方的に別れ話を切り出した優介に、私はこれまでの彼の勝手さを責めた。
これまでの小さな不満をくしゃくしゃにまとめてぶつける私の言葉を、彼は黙って最後まで聞いていた。
聞き終わった優介は、捨て台詞の様にそう言って立ち去って行った。
好きな子ができた、と言っていたけどそっちが本当の理由だったのかもしれない。
たぶん私はズレているのだ。皆と、周期がズレている。
皆は太陽の周りをキレイな円で回っているのに、私は楕円軌道で動いてる。
「へ~氷なんだ。で、急にどうしたの?」
千夏の言葉で現実に引き戻された。
「え~~とほら、氷に有害物質を含んだ塵とかがついてるから食べ過ぎると体に良くないよ?」
言った後に、またやってしまった、と思った。
恐る恐る千夏の反応を伺う。
「健康よりロマンだよ!彗星ウエハースが刺さったアイスの方がおいしいじゃん!!」
千夏は私の心配を余所に鼻息荒く文句を言った。
私は食い意地の張った彼女の様子が嬉しくて、可笑しくなって笑ってしまった。
「お、笑った。そうだよ、切り替えて行きな~」
そう笑いながら彼女は小さい口でアイスに噛り付いた。
私も想像の中でアイスに突き刺さった彗星の尾を齧る。
薄く蒼いヴェールのような尾はシャリシャリとした食感で歯に心地いい。
続いて、アイスに埋まった透き通ったビー玉のような彗星をバリバリと噛み砕く。
口の中に彗星からあふれ出た爽やかな甘さが広がり、ビターチョコの苦みとキャラメルのまとわりつくような甘みをリセットしてくれた。
その夜、夢を見た。
自分が彗星になって宇宙を旅する夢。
ひたすらに暗い世界で、数十年、数百年に1度、他の星とすれ違う。
ひどい重力や電磁波で近づきづらい星もあれば、私との出会いを喜んでくれる緑の星もあった。
その一つ一つが、宇宙で1人ぼっちの旅の中では救いで、私の軌道でしか得られない大切な出会いだった。
また近づいた星と離れてしまったけど、もう涙の尾は流れなかった。
私は口笛を吹きながら旅を続ける。
さあ、次はどの星に向かおうか。
2段アイスと彗星ウエハース 栄三五 @Satona369
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます