第4話

あの日から俺は受験生として勉強に時間を費やすようにした。余計な事を考える暇を作らないためだ。あの日の失恋は少なからず、心にダメージが残る出来事だったから。それでも、佐川に気持ちを伝えられて良かった。前に進むための区切りになったのだから。


「最近、加藤が相手してくれなくてツマンナイ」

「受験生なもんで」

「それはそうだけど!詰めすぎじゃね?今日の帰りちょっと付き合ってよ」

「はいはい」


 放課後、山田と共に近場のモールに行った。どうやら目当ての物があるらしい。


「姉ちゃんから頼まれてるんだ。ちょっと待ってて」


 そう言って雑貨屋に入って行く。アンティーク調の渋目な雑貨が置いてある店だ。山田が奥のカウンターに行ってしまったので、商内をぐるりと見る。飾り棚や壁掛け時計、色々な形のランプなど所狭しと雑貨が置いてある。どうやら最近、移転してきた店らしい。


「おー・・・これいいな」


 こういう雑貨は結構好きな方だ。商品はアンティーク調雑貨と本当のアンティーク雑貨があった。流石に桁が違うしディスプレイが別になっているので、ただ見ているだけでも楽しい。


「お待たせー、何かいいもんあった?」

「見てるだけ。でも、こういう雑貨好きなんだよ」

「ふーん、うちの姉ちゃんと趣味合いそうだな。今日、頼まれたのもコレ取り寄せてたんだって」


 人使いが荒いとブチブチ言いながら袋を広げた。箱にランプの文字があった。


「姉ちゃんの部屋だけ、別世界みたいになってるんだぜ。ある意味オタク?」

「へえ、見てみたいな」

「今度来いよ。姉ちゃんにも話しておくし」


山田姉に悪いとは思ったけど、興味が勝ってしまった。無理ならそれでいいから、とお願いした。



「こんにちは、お邪魔します」

「いらっしゃい、どうぞ入って」


 山田姉は俺の願いを快く受け入れてくれ、日曜日に山田家に訪問する事になった。


「太一の姉、山田澄香です。今、大学2回生よ。よろしく」

「初めまして。加藤樹です。部屋を見たいなんて無理言ってすみません」

「いいよ、私の自慢の部屋なの。太一はオタク部屋なんて言うけどね」


 案内された部屋に俺は圧倒された。山田が言うようにそこは別世界だった。綺麗に並べられた雑貨は店の陳列品ではなく、日常生活に使われてますといった雰囲気で置かれていた。もちろん、現代機器もあるが巧妙に隠されていた。


「このランプがこの間、太一に取りに行ってもらって来たの」


 机の上に小さめのステンドグラスのランプがあった。


「優しい色味ですね。自然光でも綺麗に見える」

「加藤君もそう思ってくれるんだ。いいよね、これ」


 山田姉とアンティーク談義に花が咲いて山田に呆れられた。山田姉には、将来こういう雑貨を扱う仕事に就きたいと考えていて、できればバイヤーになりたい等々、話を聞いてもらった。学校では、詳しい進路の話をしたことがなかったので山田は驚いていた。


「じゃあ、私と似たような感じかな。私は海外に行って雑貨を扱う仕事に就きたいの。だから、大学で外国語の学部を選んだのよ」

「俺もそこを受けるつもりです。あー、将来の事、話して聞いてもらったら悩みが軽くなった。ありがとうございました」

「最近の加藤、追い詰められたような顔だったからな。大分、戻って良かったよ。俺が家に誘ったからか。俺のファインプレー誉めて!」


 はいはい、えらいすごい、と山田姉と誉めたのだった。


 夕方になってしまったので山田家をお暇する。


「また遊びに来てね。楽しかった!」

「はい、俺で良ければ。またアンティーク談義しましょう」

「えー、今度は俺と遊ぶんだからな!」


 若干、山田に文句を言われながら家を後にした。


 楽しかった気分のまま、最寄り駅近くまで着いた時、目を疑う光景を見てしまった。

 佐川と浅井先生だった。顔を隠すでもなく、帽子を被っているだけの二人。しかも、腕を絡めて歩いている。バカじゃないのか。あれだけ泣いて、バレたくないと言っていなかったか?内緒にしてくれと俺に言っておいて・・・

 俺の中で、何かが冷めていくのを感じた。俺は本当に佐川を好きだったのか、分からなくなった。代わりに苛立ちが沸き上がってきた。

 二人の前方に歩いて進路を塞ぐ。


「おい、あんたたち」


 二人はビクッとして、絡めていた腕を離した。


「加藤君」

「なあ、なにやってんの」


 佐川も浅井も目が游いでいる。アワアワと言い訳にもならない声をだして「なにも」と聞き取りづらい言葉を吐く。


「俺に内緒にしてくれって、言ってなかった?バレたくないんじゃないの?」

「・・・もう、暗くなって見えづらいかなって・・・」

「現に見られてるだろ、俺に。あれだけ騒いだのに、もう忘れたのかよ!バカなんじゃないか!?はあ・・・もういいや、なんでこんなの好きとか思ったのか。自分の汚点だ」

「ヒドっ・・・」


 俺の言葉を聞いて涙を浮かべる佐川。それを可愛いと思っていた前の自分を殴りたくなる。何なんだホントに嫌だ。

 こんな時でも浅井は何も言わない。この人多分、あまり思考が働かないタイプだ。それか、口を開くとボロが出るから黙っているのか。どちらにせよ、相手にして良い事はない。


「最後に言っとくけど、駅前で偶然会いましたーっていうのは無理があるよ。その腕組ながら歩いているんだから。じゃあな。バレなきゃいいね」


 言いたい事だけ言って、二人から離れた。今日、山田家で楽しく過ごしたのが台無しになった気がして「最悪。マジでヤダ」と文句を言いながら帰路に就いた。



月曜日、朝から吉川を呼んだ。昨日の件の愚痴を聞いて欲しかったためだ。


「はあ?何それ。呆れた。さくらも先生も意識低すぎない?あ、警戒心か?」

「どっちでもいいよ。善意で黙っているのがバカらしく思えてくるぜ、あの光景見たら」

「・・・言わないよね?」


 怒りのあまり周りに言い触らすか、心配になったのだろう。言わないけどさ。そう頷いたら安堵の表情を浮かべる。


「とりあえず、さくらには注意しておくよ。あの子、あんまり物事深く考えない質なんだよね。まったく・・・」


 あとは吉川に丸投げする事にした。あんまり関わりたくない。



 今年の暑い夏は、塾の夏期講習と図書館での自習という冷房の中での夏になった。体調を崩す事なく夏休みを乗り切った。

 学生生活も残り半年過ぎて、文化祭が近くなり準備期間になった。


「キューピッド山田は今年もキューピッドするのか?」

「もうそれヤメテ。俺は大人になるんだ」

「大人になるのか。相手は?」

「意味がちがーうっ!こう精神的な意味の大人になるの」


 それはそれで、山田らしさが無くてつまらない気がするな。まあ、頑張れ。

 

「おい、聞いたか?隣のクラスの女子と先生が抱き合ってたってスゲー噂になってるの。騒ぎになって休んでいるらしぜ。あれって本当の話なのかな」


 近くで喋っていたクラスメイトの会話に山田と目を合わせると、二人で吉川に会いに行く。


「噂になって休んでるって?」


 吉川も呆れた顔をして頷いた。俺が愚痴った後、散々注意するように言ったが無理だったようだ。吉川曰く、頭に花が咲くってああいう事なのね。だそう。途中から注意するのも止めて、少し離れて様子見にしていたらしい。その間の出来事だった。


「多分、退学すると思う。電話したら、そんなこと口にしてたし」


 浅井も学校に来ていないようだ。学校側から事情がハッキリするまで謹慎するよう言われているそうだ。


「まあ仕方ないよ。それより、吉川は大丈夫か?仲良かったし」

「うん。周りに色々聞かれるけど、知らないって言ってる。騒ぎはその内収まるよ」


 そう言って教室に戻って行った。

 

 北風が吹く頃、二人は学校を辞めていった。


 この時期の受験生に他の事を気にしている余裕はない。二人の存在は忙しさの中に消えていった。


 はたして、俺は第一志望の大学に合格した。春からは山田姉の後輩だ。弟の方とは離れたが、なんだか縁を感じる。休みには遊ぶしな。忙し楽しい大学生活を堪能している。


 今、俺は欧州の片田舎に来ている。


「樹、こっちよこっち。いい感じでしょ?この店構え」

「おおー、澄香の趣味ど真ん中。よく見つけたなあ」


 大学のサークルで山田姉と一緒に過ごしているうちに付き合うことになって、今じゃ、婚約者だ。


「マジで俺がキューピッドじゃん!しかも加藤が義理の兄とか!」


 山田弟は自称ではないキューピッドになった。式で友人スピーチしてもらうか、少し悩むところだ。まあ、大人になったところを見せてもらおうか。義弟よ。

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俺の恋はキューピッド次第? 三毛猫 @mwkta

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