第3話

今、俺たちは沖縄にいる。


「もっと、暑いのかと思った。南国」

「まあ、いくら南だろうが日本の12月だしな」


 天気は雲が多いが悪くない。風が吹くと少し肌寒いかなって位だし、観光するにはもってこいだろう。3泊4日の修学旅行は、日程の半分位はバスで団体行動だ。班別行動も決められたアクティビティを体験する感じだ。それでも初めてのシュノーケリング体験は楽しかった。班別行動の際、同じ班の友人の彼女もシュノーケリング体験だったらしく、仲良く海を堪能していた。そういうのを見ると、ちょっと羨ましいと思ってしまう。佐川は何やってんのかな、会いたいな。


 夕飯はホテルの大会場で食べる事になっていた。クラスごとに席に着く。ついついD組の列を見て佐川を確認している自分に苦笑する。気持ちを自覚するとこんなに抑えられないものなんだと知った。初恋ってわけじゃないし、中学の時には短期間だったが彼女もいた。ただ、人を好きになるという意味を理解していなかったように思う。恋を知ると世界に色が着くという。それを今、実感していた。


「加藤さ、付き合いたいとか思わないのか?」


 夕飯を食べながら山田が聞いてくる。


「お付き合いして、手つないでデートしたりイロイロしたいとかないの?」

「・・・無いっていうか、そこまで考えてないっていうか」

「でもさ、好きになったらイチャイチャしたいって思うだろ!?」


 俺は首をかしげる。つうか、こんなところで言うな。近くに座っていた男子が興味津々な目をしている。


「なに加藤、告られでもした?誰だよ?」

「そんなんじゃねーし。自称キューピッドの言うこと、真に受けるな」

「ぶはっ、キューピッド山田?なにそれコワイ」

「コワイって何だよ、心優しい恋の導き手だろうが」


 山田が真面目な顔をして言うと、ますます怪しい感じになるのは何故なんだろう。でも、こういうバカさに救われる。


「脳筋過ぎて余計なことしそうだよな」「わかるー」

「みんなしてヒドイ!ってか誰か俺のキューピッドになってくれ!彼女欲しいー」


 本当にムードメーカーだな。俺としては話が流れたから良かったけど。


 帰りの飛行機の中で、非日常を振り返る。楽しかったな、でも来年の今頃は受験生か・・・まだだと思っていた未来が迫って来る。割りと、周りに流されて生きて来ている自覚はある。それもそろそろ終わりにしなければ、と心に書き留めた。



「お、また一緒のクラスだな!」

「選択科目が同じだしな」


 最後の一年、また騒がしくなりそうだ。

ついでに吉川と佐川が隣のクラスにいた。去年より教室が近くなったことが嬉しい。


「進路希望の提出日は明日までだぞ。保護者の判子も忘れるなよ」


 担任の声掛けに、そうだった、と忘れていた紙をファイルから出す。親に判子だけ押して貰った白紙の進路希望調査書を前に溜め息が出る。


「加藤、書いてないじゃん。俺が書いてやろう」

「やめろ。っつうか山田は提出済みかよ」


 決定力だけはあるんだよな。羨ましい。


「だって俺が行けそうな大学とかあんまり無さそうだし?似たようなとこ何個か書いた。後で変わるかもだし、深く考えてない」


 なるほど。と思った。俺が真面目過ぎだったのか。書いたら其処だけなわけじゃない。まだ時間はあるのだ。


「山田に諭された・・・微妙な気分だぜ」

「いやそこは、ありがとうだろ!?」


 それは心の中で思っておくよ。と、ざっと書いた紙を提出しに教室を出た。


 3年生の部活なんて試合に勝たなければ、6月で終了だ。分かっていたけど、うちのバスケ部は弱かった。楽しかったからいいけど。部活に行かなくなれば当然、渡り廊下にも用が無くなるわけでーーー


「最近イライラしてないか。ストレス?」

「ストレス・・・お前の事か」

「えーーーなんで。俺ほど気遣い屋さんいないよ!?」


 周りにはイライラして見えたのか。悪いことしたな。少し気分転換も必要か。


「運動が足りてないだろうなぁ。ジョギングでもするかな」

「確かに部活引退してから、なんか物足りない感じだよな」

「あんなに部活行くのダルかったのにな」

 

 それからは、時間に余裕があればジョギングするようにした。運動後は頭もスッキリして何となく勉強の効率が上がった感じがした。そして、久しぶりに放課後の渡り廊下に来てみたが、残念ながら佐川の姿はなかった。俺はもう一度、あの実習棟を確認したくなり何となく非常階段を昇ってみた。


「え・・・」


 目に入ってきたのは化学実験室にいる佐川の姿だった。そして化学の教師も。あの日の疑惑が現実になる景色。抱き締め合う二人の姿だった。

 俺の時間が止まったような気がした瞬間、顔を上げた佐川と目が合う。バッと、佐川が離れ実験室から出たようだった。教師がこちらを見上げて呆然としている。違うだろ、何やってんだ。お前は何を呆けている。ごちゃ混ぜの気持ちを溢れさせ、男を見つめる。ホント何やってんだ・・・

 俺は非常口から校舎に戻る。バタバタと走って来る音が聞こえてきた。佐川だ。


「っか、加藤君!あの、違うの、あれは私が!」

「佐川、落ち着け。ここ、声が響くから。・・・そこの空き教室で話そう」


 自分でも驚く位、気持ちが凪いでいる。今にも泣き出しそうな佐川を見て、事実を突き付けられたからだろうか。


「佐川はあの人と付き合っているのか?」

「・・・浅井先生は違うの。私が一方的に好きで、だから」


 あの化学教師は浅井と言うらしい。学年が違う担当だったから初めて知った。


「佐川、落ち着け。別に言い触らしたりしないから。ただ・・・一方的な態度には見えなかった。そうなんだろ?」


 佐川は黙って俯いている。


「吉川に聞かれたと思うけど、文化祭の準備で遅くなった日この事。あの時、吉川と一緒にいたんだ。俺と山田も。だから何かしらあるって、分かってた」


 佐川は俯きながらポツリポツリ話し始めた。


「先生を好きになって告白したのは2年の時。委員会の担当教員が浅井先生だったの」


 佐川の話では、初めは当然、断られていたが、諦められずアピールしていたそうだ。それに絆されて受け入れてもらった。

そういう経緯を聞いて、佐川って意外と肉食女子だな。とかボンヤリ思った。


「加藤君、お願い。卒業するまで、誰にも言わないで・・・お願いです」

「言うつもりは無いよ。でも、吉川には佐川から教えてやってくれないか?吉川すごく心配して、見ていられない感じだったんだ。」

「よっちゃん、そう・・・そっか・・・」


佐川がボロボロと涙を溢す。こんな時、気の効いた言葉も出てこない自分にがっかりする。ポケットティッシュを数枚取り出し渡す。


「なぁ、厳しい事言うかもだけど、リスクあるの分かって先生と付き合うってなったんだろ?今の佐川見てると、そんな覚悟微塵も感じられない。こんなんで卒業まで持つかよ」


真っ赤な目を此方に向けて俺の話に少しばつの悪そうな顔をしている。


「本当にその通りだね。リスクがあるなんて考えてもいなかった。ただ、バレなきゃ大丈夫だって思ってた。なのに・・・」

「何人この学校にいると思っているんだよ。見られたのが俺以外なら先生、解雇だぜ?いくら佐川が一方的に好意を寄せたっていっても、生徒に手、出したんだから」

「うん」


 また俯き、涙を拭う姿を見てどうしようもない気持ちになる。なんで先生なんだ。こんなに泣く位なら止めちまえ。そしたら俺が・・・

 一瞬、バカなことを考えた。戸の開く音で正気に戻り入り口を見ると、浅井先生がいた。


「先生、わたし・・・」

「なあ先生」


 佐川の声を遮って浅井に声をかける。


「先生はどう思ってんの?これからどうしたいと思って、佐川と付き合ってんの。遊びか?」


 浅井は苦い顔をして話し出した。


「遊びな訳ない。ちゃんと佐川の事を思って」

「その割りに軽率じゃね?外から丸見えの所で抱き締めるとかさ。噂が広がって傷になるのは佐川の方だよ?あんたは辞めても佐川はここにいるんだぞ。そういうの引っくるめて覚悟できてんのかよ!」

「出来てる!とっくに覚悟は出来てるんだ」

「先生」


 頬を染めて、嬉しそうな佐川を見てズキリと胸が痛んだ。


「これが切っ掛けじゃないけど、元々、教職は辞める事を学校に話して了承して貰っているんだ」


 浅井の話では、隣県に住む両親の仕事を継ぐため教師を辞めるのだそう。俺たちの卒業と共に。佐川にもその事を話している。そして、佐川もその近くの大学を受験するそうだ。

 ・・・なんだ。最初から割り込める隙もなかったんだ。だったら最後に口止め料代わりに言っとこう。


「俺、佐川のこと好きだ」

「え」


 思わぬ告白に赤くなって慌てる佐川と少しムッと顔をしかめた浅井。


「正確には好きだった、か。非常階段の所から実習棟みてただろ。あの時の姿に一目惚れしたんだ。浅井先生を好きだって見ているその姿に」


 多分、俺は羨ましいと思ったんだ。優しく見つめるその先に自分が在ればいいのにと。


「口止め料代わりの嫌がらせだよ、先生。もう泣き顔見たくないから、覚悟通してくれよ」

「ああ絶対に。約束する」


 佐川も泣き止んでこちらを見てる。


「佐川」

「は、はい」

「校内とその付近での肉食女子な行動は控えろよ?」


 見かけによらず行動的な佐川に釘を刺す。流される浅井もあれだが、ほとんどが佐川による行動だろう。男としては正直、羨ましい。

 今回の事は誰にも言わないと再度約束し、その場を離れた。

 今日、俺は失恋した。



 

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