第2話
秋になり、自称キューピッドが騒ぎだした。
「学校イベント第2弾 文化祭だ!俺の本領発揮するぜ!」
「どっちのだよ?」
「へ?」
「自称キューピッドするのか、文化祭盛り上げて自分の彼女を作るのか」
掲げていた拳を下げ何故か頭を抱える。もしかして、盛り上げ係だけを考えていたのか。お祭り男だもんな山田。
文化祭は文化部の展示と各学年でテーマを決めてのクラス展示。運動部の出店と生徒会と有志による壇上演出。当日も楽しめるだろうが、準備中が一番楽しいと俺は思う。
「何がいいって授業は昼までだし、部活も休みだしな!」
「・・・先生と先輩に言って置くよ」
「ぎゃ!やめて!」
バカ騒ぎも浮わついた空気のせいにして楽しむ。こういう時間もいい。
「ねえ、男子の手ぇ空いてる人いたらペンキ追加で、黒と白、あと黄色と刷毛何本か持ってきて。生徒会の準備室に備品あるから」
「オッケー、行こうぜ加藤」
有無を言わせず連れ出された。確かに手は空いてたけどな。
準備室で備品持ち出しのチェックをしてもらい、ペンキと刷毛を持つ。あちこちの廊下や教室で新聞を広げ作業している。
「部活の方って何か係あったっけ?」
「俺らは当日の売り子らしい。当番制で。準備とかは先輩たちやるって」
「なら、結構見回れるな。楽しみーーー」
教室ではベニヤ板に下書きを始めていた。ペンキを置いて、飾り付けの小物を手伝う。こういう作業は嫌いじゃない。黙々と作業していると、楽し気な笑い声が聞こえた。
「よっちゃん!私、今日遅くなるから先に帰ってて。ごめんねー」
「美術部の方?気を付けてね」
手を振って去って行く佐川をつい目で追ってしまう。
「・・・ニヤニヤすんな山田、吉川」
よっちゃん、こと吉川までが自称キューピッド山田と同じ顔をしている。ウザさ2倍だ。
「いやーーー青春だなぁって。あたし普通の恋愛小説は書かないけど、書きたくなるよね。こういうの見ちゃうと」
文芸部で趣味全開に作品を作っている吉川には口では勝てないので無視するのが一番だ。
「なー?でも、絶対に認めないだよ。親友の俺に相談くらいしてもいいんだぜ?」
「「いや、山田だし」」
「二人してヒドイ!」
今の状況を良しとしている自分がいるし、別に告るつもりもない。逃げかもしれないけど、今の自分にはこれが精一杯なんだ。
ちょっと休憩、と言って教室を出る。自販機でお茶を買い静かな場所を探す。ふと思いたって、非常階段を昇る。佐川がいつもどんな景色を見ているのか気になったから。
4階にたどり着き眺める。住宅街と近隣の公園の緑、少し離れた場所にはオフィス街の建物がみえる。普通の風景だ。下の渡り廊下を見る。その上は実習棟が3階まであり、化学実験室では文化祭の準備をする生徒が見える。こんな風に見えるんだ、と新鮮な気持ちになった。
非常階段のドアを開けて校舎に戻る。この階は芸術棟で美術室もここにある。だから、佐川はいつもあそこに来ていたんだ。美術室の前を通ると賑やかな声が聞こえる。ドアのガラス越しにちらりと彼女の姿が見え、それだけで心が浮き立つ自分に苦笑した。
「遅ーい!帰ったかと思った!」
「あー、わるい。他で喋ってた。どこまでやった?」
文化祭まであと2日。準備期間中は下校時間を20時までといつもより遅くなっているが、みんな最後まで残って作業をしていた。
「そろそろ時間だぞー、帰れー」
先生が下校を促すと帰り支度をしてぞろぞろと出ていく。
「なあなあ、飯食って行こうぜ」
「ああ、どこ行くかー」
「いいなぁ、あたしも行きたいです!」
俺たちの後ろから吉川が顔を出す。
「いいけど、親に連絡入れろよ」
「ハイハイ、優しいなー加藤は」
3人で近場のラーメン屋に入り食べていると山田が外を見ながら変な顔をしていた。
「・・・あそこに立ってんの、佐川じゃねえか?」
「暗くてハッキリ見えないけど、さくらっぽいね」
道路を挟んだコンビニの脇に女生徒の姿が見えた。
「親の迎えでも待ってんじゃね」
「んーーー?見間違えか・・・って、あ」
「あれうちの学校の先生?確か化学か生物かの・・・」
コンビニから出てきた男と並んで歩いていく佐川。店の中から見えなくなるまで誰ひとり口を開けなかった。
最初に気付いた山田が言うには、仲良さげなカップルいいなーと見ていたらコンビニに男だけ入って行き、女が待ってるジェスチャーをしていた。よくよく見たら佐川じゃないか、と。
「まてまてまて、暗いし遅いしで近くまで送ってるって言うのが普通の考え方じゃん」
「だよね、そうだよ、うん」
「まあ、見なかった事にしよう」
3人に変な連帯感が出来た瞬間だった。ラーメン屋を出た後、口数も少なくそれぞれ帰路に就いたのだった。
次の日は祭り前日とあって、無駄口叩いている暇もなく、あっという間に1日が終わってしまう。今日の吉川は心此処にあらずといった感じで細かいミスを連発していた。
「吉川、ちょっといいか」
見るからに落ち込んでいる吉川と話す。
「お前今日、見ていられないくらいに挙動不審だったから」
「・・・うん、知ってる。なんか友達の秘密を覗いちゃった気分で、どうしようかって」
「どうって、聞くつもりでか」
黙って頷く吉川。
「聞いても山田も言ってたけど、帰りが遅かったからで終わると思うぞ」
万が一そうであっても、言い訳の抜け道はあるだろうし。たぶん、正解には辿り着けない。
「うん分かってる。ちょっとだけ寂しいって感じちゃったんだ。友達なのにって。勝手だよね」
「友達だからだろ」
「ふふ、ごめんねー加藤だって思うところあるだろうに」
デコピン1つして話を止めた。吉川は明日、聞いてみる。と少し明るくなった顔をして作業に戻っていった。
文化祭当日、部活の出店当番以外は友人たちと展示を見に行ったり、他の出店に食べに行ったりと楽しむ。
友人の中には準備期間中に告られたとかで、彼女と約束あるからと別行動するのもいて、大いに山田をへこませていた。
「いいんだ。俺は大学デビューして彼女つくるんだもん」
「まあ頑張れ。大学受かればな」
「落ちるの前提やめて。あと一年あるんだからな!」
高校2年生というのは学生時代の中でも一番中身の詰まった時なんじゃないだろうか。文化祭が終われば、テストを挟んで修学旅行がある。この学校は毎年、高2の冬に予定されていて、イベントが一年間にぎゅうぎゅうに入れられている感じがある。
だからこそ、彼氏彼女が出来やすいのだろう。目の前の男以外は・・・
「く、悔しくなんてないんだからな!」
「やめろ山田。見ていて痛々しい」
「加藤ヒドイ!お前だってこっち側だからな!」
「悪いが、体育祭の後で告られている。断ったけど」
「何それ聞いてない。マジか!何年生?可愛かった?もったいねー断るとかナイ
!」
こうなるから黙っていたんだけど、時効かな。俺も青春してんだな、とか他人事みたいな感覚だ。
「なんで俺には彼女が出来ないんだ・・・」
「口開かなきゃいいんじゃね?真面目な顔なら・・・いけなくも?」
「微妙な間!そして疑問系!でも寡黙な男っていいかも。よし路線変更だな!」
そう言って真面目風な顔をする。が、
「ムリムリムリ!窒息する!」
3分持たなかった。どこまでも残念な男だった。
「ヤバ、出店当番の時間だ。急ぐぞ」
交代し、売り子をする。男子バスケ部は缶ジュース販売だ。氷水の中から取り出して代金を貰うだけの簡単作業だ。
「いらっしゃーい、冷えてるよー」
「オレンジジュース2つ下さーい」
聞きなれた声に顔を上げると吉川と佐川がいた。缶の水滴を拭いて2つ渡す。
「200円になります」
「はい」
佐川から200円を受け取る。少しだけ指先がふれただけで、浮かれる自分を抑え付け、佐川から目を反らして吉川に話し掛ける。
「自由時間か、吉川」
「そう、さくらとデート中。いいでしょ」
「そりゃ良かったな、可愛い子とデートできて」
「お、おう、珍しー加藤がそういう事言うの」
別にいいだろと吉川のデコをペシリと叩く。横で佐川がでクスクス笑っていた。
「仲いいね。やり取りが楽しい」
吉川がニヤリと笑いながら
「いいやつだよ、加藤。彼氏にどうよ」
「もーよっちゃんたら、加藤君に悪いよ」
吉川の言葉に笑いながら返す佐川。微妙にHPを削られた気がした。後で覚えてろよ吉川め。
文化祭一番の思い出がこれかよ、と気持ちが上がらないまま文化祭終了の放送を聞いたのだった。
文化祭の名残もそこそこに定期テストが始まる。テスト最終日、昼で放課だったので吉川に声をかける。
「吉川、ちょっとツラかせ」
「あらやだ加藤ってば、極悪面」
「何してんの?加藤。飯食って部活行こうぜ」
「分かってる。てことで、さっさと終わらせるぞ。吉川お前、文化祭の時の何だよアレ。さすがにヘコむぞ。もうすんなよ!」
「あーゴメン。冗談になんなかったね。本当にごめんなさい」
「俺的には別にどうこうなりたいわけじゃないから。変に気を回さないでくれ」
吉川は、分かったと言ってこの話は終わらせた。そして、あの疑惑の日の事を佐川と話したそうだ。やはり、時間が遅かったからと。まあ、予想通りだろう。吉川はまだ何か引っかかっている様子だが。
「深入りしない方がいい。何かあっても友達に変わり無いんだから」
「・・・うん」
吉川の気持ちは分からなくもない。ただ俺は思い出した。非常階段から見えるあの実習棟を。実験室の隣は資料兼先生たちの控室だ。多分そういう事なんだ。
これは吉川には言わない。俺の推測だし佐川の領域を侵す事になる気がしたから。
冬が近づいて大分寒くなってきたが、何度か非常階段にいる佐川を見かけた。多分、俺のやっていることは彼女と同じなんだろう。ただ好きな人を見ていたい。相手の気持ちが何処を向いているかは別として。
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