俺の恋はキューピッド次第?
三毛猫
第1話
うちの高校は丘の上にあって、その周りもそんなに高層な建物は無かったから、上階の非常階段から見る景色は気持ちがいい。まあ、住宅地が見えるだけで特筆する物もないんだが。
俺はそんな景色を見るのではなく、1階の渡り廊下から4階の非常階段を見上げる。教室から離れた渡り廊下の先は体育館や部室があるだけで通る生徒も少なく、部活動の移動に使うくらいだ。
その日は、委員会があって遅れて部活に行った。
「おー、加藤も委員会?遅れて部活行くのダルいな」
「1人じゃないだけマシだ。ぼっちでランニングは悲しー」
同じクラスで部活動も一緒の山田と部室に急ぐ。何気に見上げた非常階段に女生徒がいた。長い髪を靡かせて、1人で遠くを見ているようだった。
「どうした?」
立ち止まって上を見ている俺に気付いて、同じく上に顔を向ける。
「佐川じゃん。何やってんだあの人」
「知ってんの?」
「1年の時同じクラスだった。美術部だったかな。なに、気になるの?」
ニヤニヤしながら覗き込んできた。別に、と言って部室に足を速めた俺の顔は何故か熱かった。
2ーD 佐川さくら 美術部 クラスではおとなしくて目立たない でも、実は男子から「なんかいいよね」と言われているらしいーーーと、お節介な奴が教えてくる。別に好きとか、そんなんじゃないって言っても生暖かい目で見てくる。無視だ無視。部活に集中だ。
「なんだよー無視すんなよー だって、佐川って割りと人気あるんだよ?」
「・・・るせー」
「ひどい!こんなに友達思いなのに!」
「そこ!私語すんな!真面目にやれ
!」
先輩にしごかれてクタクタになった。うるさいのは山田であって、俺はただの巻き込まれだ。クソ。
あの日から度々彼女を見かけた。それは、あの非常階段や教室の前だったり。クラスメイトと笑いながら話す姿を横目にすれ違う。少しだけ鼓動が早くなるのを自覚しているけど、周りにバレるとウザイから誰にも言わない。
昼休み、学食が空いていたため、いつもより早く教室に帰ってみると彼女がいた。
このクラスの友人と弁当をたべていたのだろう。パックジュースを片手に座っている。その席は自分の椅子だった。
「あ、加藤。ゴメン机借りてたわ」
「よっちゃん、私クラスに帰るね。またね。あ、席ありがとう」
パタパタと教室を出ていく彼女を見ない振りをしながら、席に着く。さっきまで座っていたせいで、ほんのり温かい。
(ヤバい、なんか・・・なんだか変な感覚
?いや、変態かよっ・・・)
ひとり席で悶々としていると、彼女と昼を共にしていた女子が隣から話し掛けてきた。
「ね、加藤。さっきの子、D組の子なんだけどさ可愛いと思わない?実は、あたし入学式の時にナンパして友達になったのよ。その時のさくらの顔ってばーーー」
驚いて目がキョロキョロして、真っ赤になって、などと聞いてもいないのにべらべらしゃべる。何回可愛い連呼するんだ。そんなの俺だってーーー
「ちょっと聞いてるー?なに、惚れた?」
「なっ・・・に言ってんだ。バカか」
「加藤も隠れファンなのかと思って。数人に聞かれたんだよね。よく話してるから。さくらに好きな人いるのかって。自分で聞けよって言う話よね」
ドキッとした。割りと人気があるっていうのは男子の噂だと思っていたけど、実際に女子から聞くと落ち着かない気分になる。
午後からは来月の体育祭の選手決めの話しだった。運動部対抗リレーは部内で2年の選手に決まってしまったので、クラス内では楽そうな徒競走と綱引きにした。誰かと対になる種目は練習とか面倒だと思ったから。
「男同士で二人三脚とかつまんねー女子と組むのが醍醐味なんじゃねえの、あれ。青春だろ」
「セクハラかよ。お前みたいなのいるから男女別になったんだろ。青春したけりゃ他でやれ」
「学校のイベントで女子と仲良くならないと青春できないじゃん。部活だって男女別だし。こうさ、手を繋ぐっていうのもイベントでならあると思うんだよね」
そんな都合のいい話しを聞き流してHRは終わった。
体育祭というイベントを前に学校中が浮かれた雰囲気になっていた。部活のない日の放課後に有志が集まり練習するなど巻き込まないで欲しいとちょっとだけ思った。だけど、これも青春だろうかと1人で苦笑した。
体育祭当日、各運動部の2年生は実行部隊として体育委員の手伝いをする。内容によっては大変な物もあるらしいが、自分は競技に使うハードルなどの出し入れだけだった。それでも、クラスのテントには行かず実行本部のテントに居ることになっていて、参加競技以外は部活仲間とテント内で喋っている。
「あ、あの1年可愛くね?」
「お前、この間A組のバレー部の子いいって言ってたよな?」
「だって、彼氏いるって聞いたし」
「マジか」
黙って聞いていると周りの男子も似たり寄ったりの事を言っていた。
「月日が立つにつれて、フリーの子を探す方が難しくなってる気がする!」
「当たり前だろ。見ろよ、女子の歓声を。応援を理由に好きな男子の名前叫んでるんだぜ。積極性は女子が上だ」
「何にせよ、俺たちには無縁な事だな」
「分からないだろ!ほら、借り物競走で名前呼ばれて行ったらお題が好きな人とか」
アホかと思っていたら一斉にあり得ないの合唱を受けて落ち込む山田を慰める係りになってしまった。
「まあ、夢みるのは自由だから」
「それ慰めになってないから。いいんだ。俺は今日、キューピッドになる」
なんだそれは。とは思っても口にしなかった。ニヤニヤして企みしてそうなのが丸分かりだったから。
借り物競走が始まった。結構、書かれている内容も面白く、誰が作ったくじなのか聞きたいくらいだ。
「え、俺」
「マジか。他になんて書いた?」
部内一お調子者の書くくじ。それは強面の先生の扇子だとか、幽霊部員の多い部活の人とかちょっと当たりたくない物もあった。
「あ、佐川って借り物か。応援してやれよ」
「何でだよ」と言いつつスタートラインを見る。自称キューピッドは借り物競走のくじを並べに行き、テントに帰って来ると同時にスタートの音がした。
ほぼ一斉にくじを拾うと「赤い靴の人!」「社会科の先生ー」「え、三角コーン」「男子バスケ部の人!」あちこちに叫ぶ走者を見ていると背中を押された。
「早く行ってやれよ!男子バスケ部だってよ!」
「え、はっ?」
押し出された先にいたのは佐川さくらだった。
「バスケ部?行こう!」
手を出され、思わず掴んで走り出す。2位のゴールだった。
「えっと、加藤、君?一緒に走ってくれてありがとう。じゃあね」
「・・・いや、うん」
クラスのテントに向かう彼女を見送り、本部テントに戻る。思わず手をグーパーと繰り返して、先程の感触を逃がす。名前呼んでたな。と赤くなりそうな顔を引き締めて歩く。自称キューピッドがニヤニヤしているのが見えたから。
あれから特に絡む事もなく、夏休みに入り地獄のような練習の日々。渡り廊下をこっそり見上げながら通り過ぎる。運動部と違い毎日いるわけでもないのに、探している自分に気持ちを認めてしまう。一目惚れだったんだ。
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