別れの予感

西しまこ

第1話

 恋の終わりって、息も出来そうにないほど苦しいんだ。

 まだ、決定的じゃない。別れのことばはない。だけど、別れの予感がすぐそこまで迫っていて、僕はそのことで頭がいっぱいだった。


 すみれセンセイに告白して、センセイも僕のことを好きだと言ってくれて、嬉しかった。

 僕は夢中になった。

 何もかもが初めての感情。そして経験。

 どうしてだろう? 菫センセイも僕のことを好きかもしれないと思い始めて、告白しようと思っていた、まだ片想いだと思っていたあの頃の方が、今よりもずっと幸福に感じるのは。


 両想いになって、最初はただ浮かれていた。誰にも言えないこと、内緒であること、秘密であることが、より想いを燃え上がらせた。夢中だった。他の何も目に入らないほど。

 だけど、僕はあるとき、気づいてしまったんだ。

 菫には、僕の前につきあっているひとがいた。いや、僕もいたけれど、でも僕はそういうことをしたのは、菫が初めてだった。でも菫は僕が初めてじゃない。


 最初は気にならなかったことが、途中からどんどん気になりだした。

 菫は、いつ初めてのことをしたんだろう? いったい何人とつきあってきたんだろう? ……いったい、何人としたことがあるんだろう? 結婚しようとしていてやめたことがあるって、噂で聞いた。いったいどんなふうにつきあってきたんだろう?

 考え出すと、止まらなくて僕は菫に「ねえ、いままでつきあってきたひとの数、教えて?」と言ってしまった。菫は困ったように笑って、「えー、ないしょ」と言った。


「じゃあ、初めてつきあったのは?」

「えー、ないしょ。……さとしくん」

「うそだ」

「嘘じゃないよ? こんな気持ちになったのは、聡くんがはじめて」

 何か言いかけた僕の唇は菫の唇で塞がれてしまう。菫。菫、すみれ。

 僕は菫を抱きしめる。不安な気持ちを全て、躰に委ねる。

 すみれ。

 菫、菫。


 菫が、学校で男の先生と話しているだけで腹が立ってしまった。他の男子生徒と話していても、ムカついた。苦しくて苦しくて、「菫センセイ、今日もかわいいよなっ」というクラスメイトのひと言にすら、イライラしていた。

 僕は無力だった。当然だけど、子どもだった。――早く大人になりたい。


「……僕、大学行かずに就職しようかな」

「何を言っているの? 駄目よ。成績もいいのに」

「……でも、僕は早く大人になりたい」

「大人にならなくてもいいじゃない」

「……でも、菫に早く追いつきたいんだ」


 菫は困ったように笑う。最近、菫は困ったような顔ばかりしている。

 いっしょにいても抱き合っても苦しい。どうしようもなく。

 僕は感情のコントロールが得意だと思っていた。――全然違った。

 何もかも、うまく出来ない。好きだけじゃだめなんだ。


 苦しい。とても。




   了



一話完結です。

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☆これまでのショートショート☆

◎ショートショート(1)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

◎ショートショート(2)

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別れの予感 西しまこ @nishi-shima

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