第3話



 ああ、今自分は「駄目なとき」だ。そんな自覚はありながらも解決策が浮かばないと、結果としては沈んでいく一方で。


 自分で自分を高められる人もいるだろうけどなかなか難しく感じて、誰かが引っ張り上げてくれることを願ってしまう。他力本願、でも自分だって頑張っていないわけじゃない。ただちょっとした何かが欲しかった。踏ん張れる何か、まだ頑張れると思える何か。




「そんなとこで何してんの」



 低いけれどはっきりとしたそれが、初めて聞いた声だった。顔を上げることもなく、俯いたまま。振り返ると酷く失礼な態度だったが、あのときの自分には、それ程までに余裕がなかったのだ。彼は目線の高さを合わせるように隣に座った。


「なんか顔青白いよ。ちゃんと寝てる? 食べてる?」


 黙ったまま、ただ首を横に振る。彼は、そっか、と言ってから細く息を吐いた。


「やんなきゃなーって思ってても無理なときあるよね。不眠症気味なときにさ、時計の音が妙に気になってイラついたから止めて、結局次の日困ってまた嫌になったりとかあったな。針だけ止めても、現実は進んでくし」


 現実は進んでく。そう、そうなんだよ。思わず顔を上げると、優しそうに微笑む彼がいた。軟骨のピアス、2連のネックレス、大きめのリング。シルバーで統一されたそれらが、夕日に照らされて輝く。でも、何より目に留まったのは。



「……髪、綺麗ですね」


 第一声がそれだったのは、何度思い返しても本当にどうかと思う。つい出てしまう、なんて、自分には縁のないものだと思っていたんだけど。


 彼は後頭部を撫でるように、指で髪をとかした。


「染めたことないんだよね。昔から真っ暗でさ、漆黒って言われてたな」

「ああ、なるほど」


 一度染めたとして、また黒を入れることはできる。それでも、出来上がるのは全くの別物だ。専門的なことはよくわからないけど、何もかもが違って見える。


 いつでも、いくらでもやり直せるなんて嘘だ。心の底から望んでいる場所がたとえ過去に自分がいた場所だったとしても戻れないことのほうが多いんじゃなかろうか。


 若いとか新しいとか、そういったものに価値が見出されやすいのもわかる。真っ白なキャンバス。自分のそれは、間違えて描いてしまってから、何も手をつけられずにいる。





 水平線に沈んでいく夕日をただ黙って眺めたあの日から、今日も変わらず、君の黒髪が、何よりも眩しい。










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サマーライト izu @_pompom_

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