閑話 輝亜は暇を持て余してます

「あー、暇だ」


 そう呟いて、椅子にもたれる。

 俺――或音輝亜は現在暇である。

 普段はイラストレーターをやっているが、今は仕事がない。別に仕事が来ない訳では無い。全部終わっただけだ。

 だが実際、最近は仕事の依頼が少ない。昔は週に十数は来てたが、今じゃ月に1,2くらいだ。

 誰かと会って遊ぶにも、彼女はいません。彼氏もいません。兄弟姉妹もいません。友だちは……いるにはいる。だが、すぐに会えるような奴はいない。

 それに比べて煌莉はいいよな、歌奏がいるんだし。あんな可愛い娘が幼馴染みだなんて、自分がバカ惨めに見えてくる。

 そんなことを考えていると、自分のスマホに電話がかかってきた。


「煌莉からの電話。一体どうしたんだ?」


 俺はスマホを手に取り、電話に出た。


『もしもし』

「どうしたんだ煌莉。確か今は歌奏と一緒だったけな」

『うん、そうだよ』

「もしかしてこれから、ラ○ホにでも行くのか?金なら俺が出す」

『いや違うから』


 煌莉は少し焦りながら否定した。

 そう言われても、もうそこまで進んでるんじゃないのか? 幼なじみなら、それくらいしなきゃじゃなきゃ駄目だろ。(特に根拠もない謎理論)


『仕事の話、Vtuberのイラストの仕事』


 ……はぁ? なんで急に煌莉から仕事の話が出てくるんだ?もしかして、歌奏がVTuberデビューしたいとか言い出したのか?


「一体どういうことなんだ?」

『さっきスカウトされたんだ、僕と歌奏が』

「へぇー。……マジ?! 唐突すぎんだろ」


 なんか、嫌な感じしかしないんだが。

 でも、煌莉は去年からVTuberに対して強い憧れがあったし、『高校生になったらVTuberのオーディションを受けてデビューする』って言ってたからな。早々に希望が叶って、煌莉の従兄としてとても嬉しい。


「ていうか、ずっと思ってたんだがVTuberデビューしたいなら、俺が個人勢としてデビュー出来るようにサポートするぞ」

『まあね〜。歌奏のことを考えたらこっちの方が良いかなって』

「まあ、それもそうだな」


 確か、歌奏の将来の夢はアイドルになることだったな。個人勢だと、恐らく歌奏が望んでいるような大きなイベントを行うのは難しい。

 でも、企業勢なら可能かもしれない。そうなると、事務所の規模の問題だな。


「何て名前の事務所だ?」

『リア:Lifeって名前の。知ってる?』 

「いや、聞いたことないな」


 無名事務所(失礼)がアレを拾ったか〜。それなりの劇物だからな。良い方向に転がるか、悪い方向に転がるか、とても楽しみだな。


『まあそうだよね。それで、どうかな?』

「別に良いぞ。暇だったし」

『うん。ありがと』

「あ。煌莉、ちょっと良いか?」

『ん』

「一応、変な事務所じゃないのか今日のうちに確認しておきたい」

『うん』

「だから、その事務所で直接話がしたい」

『ちょっと待ってて』


 もし、ろくでもない事務所だったら大人である俺が、二人を護らないとならない。


「にょ。いつでもいいって」

『わかった。それじゃあ、今が大体11時だから、3時間後くらいでいいか。あと、出来たら歌奏を家につれてきてくれ』

「ん、わかった。じゃあね」


 煌莉はそう言って電話を切った。これから一体どうなるんだ……。


   ◇ ◇


てるにぃ、ただいまー」

「お、お邪魔します」

「お。帰ってきたか煌莉。それと、久しぶりだな、歌奏」


 家に帰ると、輝にぃがリビングから出てきた。


「お、お久しぶりです。輝亜さん……」

「はぁ? なんだよその態度」


 輝にぃは歌奏の反応に対して少し不満そうな顔をした。


「え。煌莉、私もしかしてやらかしちゃった?」

「自分で考えたな」

「な、何かヒント頂戴!」

「じゃあ、さっき輝にぃになんて言ったっけ?」

「えっと、『お、お久しぶりです。輝亜さん……』って言ったけど……。あっ!」


 歌奏は答えに気づいたみたい。それじゃあ、答えをどぞ!


「て、輝亜お兄ちゃん……?」

「……ウッ(^ω^)」


 その瞬間、輝にぃは歌奏から放たれた尊みに撃墜され、その場に膝から崩れ落ちた。一方の歌奏は、この状況を理解できず、唖然としていた。


「ありゃりゃ。てりゅにぃしんじゃった」

「き、煌莉。何がどうなって……!?」

「すぐ何とかなるから。放置でよし! ねっ?」

「ああ!」


 僕が輝にぃを一瞥した次の瞬間には、輝にいは何事も無かったかのように復活した。


「え、ええ……、うん!」


 不可能だと判断したのか、歌奏は流石に理解を放棄したみたいだ。自分で判断出来て偉いね、歌奏!


「ハハッ。昔みたいにお兄ちゃん呼びされたのが嬉しすぎて、一瞬意識が飛んだわ」

「そんな調子じゃ早死にしそう……」

「取り敢えず上がりな。昼ご飯は作ってあるから」

「「はーい」」


 僕たちは早速上がってダイニングへと向かい、椅子に座って輝にいがご飯をよそうのを待った。


「輝亜お兄ちゃんのご飯か〜。すっごい久しぶり。とっても美味しかったな」

「昔よりも美味しくなってるから、楽しみにしなさいな」

「いや別に煌莉は作ってないよね」

「はい。二人ともおまたせ!」


 そんなしょうもない会話をしていると、輝にいがお昼ご飯をキッチンから持ってきた。

 歌奏はテーブルに置かれたものに目を輝かせた。


「なっ、ナポリタン!」

「ん、歌奏ってナポリタン好物だっけ?」

「別にそうじゃないけど、ナポリタン食べるの久しぶりだからね」

「そーなんだ。ま、僕もそうだけど」

「粉チーズとかタバスコ、置いておくからな」


 早速、ナポリタンに手をつけようとしたその時、輝にいがこちらをじっと見つめているのに気付いた。

 ……なるほど、そういうことね! 僕、弟だからわかるよ!

 そうなると、どうやって隙を作り出すかだね。僕は0.5秒を隙とは言えないから、どっからどう見ても隙と言えるような隙を作り出さないといけない。

 取り敢えず、ナポリタンからピーマンと玉ねぎだけを取り出して、口に詰め込んだ。

 歌奏がナポリタンを食べるのを止めさせる且つ、自分の所作及びナポリタンに気を向かせないようにしないといけない。しかもそれをなるべく長く。

 一体どうすれば……、あ゙! 名案を思いついたゾイ! だがしかし、これはとてつもない度胸を必要とする。でも、これしか思いつく方法はない!


「歌奏」

「煌莉。どうしたの?」

「ほらさ、昔はよくあーんとかしてたじゃん」

「そういえばそうだったね。……って、もっ、もしかして?!」

「そのもしかして。はい、あーん」


 ハッハッハ。この方法なら歌奏の意識を、ナポリタンが巻き付いたフォークを持っている右腕に寄せることが出来る。なんという迷案!

 それについさっき、一度間接キスしているからもう何も怖くなんかない!(大嘘)


「えっ。そ、そういうのは。つっ、付き合っている人達とかがするようなことで。私達は、そういう関係じゃないから……」

「……ダメ?」


 少し焦っている歌奏に、僕は目を少し潤ませて、上目遣いで見つめる。


「そ、そんな顔されたら断れる訳ないじゃん……」

「ふふっ。それじゃ、あーん」


 フォークの先端を歌奏の口に近づける。歌奏も、フォークの先端に口を近づける。

 その隙に、僕は任務を実行した。


「あ、あー、ん!」


 歌奏は目をつぶりながら、フォークの先端に巻き付いたナポリタンをはむりと食べた。歌奏はすぐさま目を逸らし、顔を赤くした。

 フッ。幼馴染みが赤面するのを見るのは良き。


「……煌莉」

「ホニャ?」


 尊みを感じていると、歌奏に声をかけられた。全く、邪魔するとは何事だ!

 仕方なく歌奏の方を向くと、さっきの僕と同じくナポリタンが巻き付いたフォークを持っていた。

 そうか。大体わかった。


「来いよド三流!」

「何において!?」

「ファミュり」

「ふわわぁぁぁ?!」


 歌奏がボケにツッコんだ隙に、謎の疾走感と共に僕はフォークのナポリタンを食べた。歌奏は驚きと共に、顔を赤面させた。(n回目)

 これ以上歌奏で遊んでると、顔が元に戻らなくなりそうだからやめておこっかな。


「き、煌莉。なんで何も言ってないのに急に食べたの!?」

「えっ。お返しじゃなかったの?」

「いやそうだけどさ……」


 そう言った歌奏は少し顔を背けた。

 これでは、攻撃の手を止める訳にはいかないな。


「じゃあ別にいいじゃん」

「そうだけど! なんで急に食べたのって訊いてるじゃん!」

「なんでって。歌奏のことが好きだから」

「ふっ、ふぇぇ!?」


 特になんの意図もない一言に、またもや歌奏が顔を赤くする。

 さっき止めておくって、言ってたクセにまたやるなんて馬鹿だろコイツ。(自責)


「て、輝亜お兄ちゃん。ちょっとお手洗い借りるね!」


 歌奏はそう言って、そそくさとトイレへ向かった。すると、輝にいが酷くニヤけた顔でこちらを見てきた。


「煌莉〜。お前、スゲー積極的だな」

「輝にい。別に僕は、歌奏とそういう仲に成りたくないから」

「は!? 煌莉って歌奏の事好きじゃないのかよ!?」


 輝にいが喰い付くように僕を見てきた。一口、ナポリタンを食べてから答える。


「まぁ、そうだけど」

「はぁー。良いよな、煌莉は。アオハルしてて」

「……全てのアオハルが良いって訳じゃないから」

「お、おう」


 刺すような視線を伴った反論に、輝にいは少したじろいだ。


「取り敢えず、僕は歌奏と友達のままでいたい。それ以上は望まない」

「……それが、煌莉の望む将来みらいなら俺は文句を言わない」

「言われても、変える気ないから」


 そう言って、また一口ナポリタンを食べた。


「あと、御駄賃頂戴ね。想定外の結果になったけど、ちゃんとやったんだし」

「はぁ〜? 別に良いだろ。煌莉だって楽しんでたんだし。それでチャラじゃねぇの?」

「よくない。金銭的搾取が嫌なら、性的搾取する」

「煌莉のそういう発言。ガチかどうか解らねぇから怖いんだよ!」


 輝にいが若干引いてるのを横目に、もう一口ナポリタンを食べた。

 すると、丁度良いタイミングで歌奏が厠から戻ってきた。


「ごめん! 急にトイレに行ったりしちゃって」

「別に大丈夫。寧ろ丁度良かった」

「それってどういう意味……?」


 少し顔を青白くしながら、歌奏は一口ナポリタンを食べた。その次の瞬間……。


「か、辛っ!?」


 歌奏は持っていたフォークを落とし、慌ててコップの水を飲んだ。少し息を荒くして、今起こった事象に困惑している様子だった。


「ど、どうして……? もしかして煌莉。さっき私が居ない間に、タバスコ入れたんだ」

「ううん。その前」

「……えっ?」


 歌奏の視線は宙へと浮かんでいった。心做しか、歌奏の背後に宇宙が広がっているように見える。


「取り敢えず、歌奏ちゃんのナイス表情を沢山ゲット出来たから良し!」

「て、輝亜お兄ちゃんが黒幕なのこれ……?」

「ああ。立ち絵作るのにちょっと歌奏ちゃんの表情が欲しかった。それなりの物は作るから、それでチャラにしてくれ。じゃ、俺は作業場に行く」


 そう言って、輝にいはダイニングから出ていった。それから一呼吸置いて、歌奏は口を開いた。


「まぁ、輝亜お兄ちゃんは許すとして。煌莉は許さない!」

「別に良くない? それくらいは」

「良くない。煌莉、ちょっとこっち来て」


 どことなく歌奏から発せられるオーラに、僕は思わず身震いした。逆らったらただじゃ済まない。そう感じ取った僕は、渋々歌奏のところに行った。


「歌奏。ちょっとここは穏便に……」

「煌莉。何も喋らないで」

「う、うん……」


 発言も許されないの!? 僕のVTuber生活始まる前に終わっちゃうの!?

 そう僕が怯えていると、歌奏は僕の頭の後ろに手を添えた。次の瞬間だった。


「……ん、んん!?」

「ん、んちゅっ。んちゅっ」


 歌奏の唇が僕の唇に触れ、歌奏の舌が僕の口の中に入ってきた。口の中をかき回す舌に、思わず身体が反応してしまう。初めのほうはナポリタンのケチャップの味も感じてたけど、それも段々感じなくなっていった。


「ん、ん! ……って、うわぁ!?」


 そのまま僕は、床に押し倒されてしまった。歌奏は僕の上に馬乗りしている。心做しか、歌奏の眼がハートになっている気がする。このままじゃ多分、喰われる……!


「煌莉」

「な、何?」


 歌奏は身体を僕に密着させ、耳元に囁いてきた。


「私、お腹すいてるんだ」

「それって、意味深なやつ……?」

「ふふっ。やっぱり煌莉って賢いよね」

「それとこれは……、違くない?」


 僕は困惑しつつも、歌奏の柔らかな身体に欲情してしまっていた。


「煌莉。私のお腹、いっぱいにしてくれる?」


 不器用ながらも、色気のこもったその声に、僕の理性は限界を迎えていた。

 もう、我慢しなくてもいいかな……。

 そんな考えが、脳裏を過った瞬間だった。

 "ぐー"っと、間抜けな音がダイニングに響いた。その次の瞬間、歌奏は顔を真っ赤にした。


「……っっっ、あああ!!」

「ええ……」


 さっきまで昂っていた情欲は、一気に冷めていった。正に興醒めだ。


「と、取り敢えず、残ってるナポリタン食べたら?」

「う、うう……」


 歌奏は、悔しがりながらも立ち上がり、自分の座っていた椅子へと戻った。

 これで、良かったのかな……? よく解んないや。

 まあでも、1つだけ明確な事がある。


 死ぬ程気まずっ。

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猫耳パーカーVtuberのウラ事情 双葉音子 @arik0930

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