第5話 煌莉と歌奏の決意
ハイッ。ここは焦らずに簡潔に否定しましょう。
『で、どうなのどうなの』
「してない」(キッパリ)
『その反応……、してるってことだね』
「だからしてないって」
『ううん。煌莉は図星を突かれた時、それを相手に気づかれないように、何の焦りもなく簡潔に、言い切るように即答するクセがあるのを、私は知ってるよ』
「うっ」
『まあまあ。煌莉、私が今まで誰かの秘密を他の人に漏らしたことあったっけ?』
「た、確かにそうだけど……」
この人、信じ難いことに人の秘密は喋べらない(たまに場を盛り上げる為に言うことがあるが)。
と、取りあえずここは適当に嘘の隠し事を言って誤魔化せば何とかなるでしょ。
すると突然、スマホにメールが届いた。メールを開くと写真が添付されていた。
「今日、リア:LifeっていうVTuber事務所の社長にスカウトされて、今年の5月からVTuberとして活動することになった」
『うんうん。煌莉は素直で偉いね』
神月さんごめんなさい。背に腹は代えられませんでした。テヘペロ。
『で、リア:Lifeっていう事務所だよね。聞いたことないな』
「でしょうね〜。それなりに所属しているVはいるけど、チャンネル登録者数もSNSのフォロワーも少ないし。でも、ここのVのクセ結構強いし、面白そう」
『ん〜、それならいいかな。でも煌莉、1つ聞いてほしいことがあるの』
「え……、うん」
いつもウザい新の声が急に大人しくなった。いや、重くなったっていうほうが正しい気がする。僕は思わず身を引き締めた。
『普通、企業勢のVTuberは何千人もの中から厳しいオーディションを経て選ばれてるの。でも煌莉は違う。簡単に言えば、他の人が歩いてエベレストの頂上まで登ろうとしているのを、煌莉がテレポートで一瞬で頂上に行くようなことよ』
「えっ。それくらいのレベルなの……?」
『そう。煌莉には責任がある。いくら努力しても自分の夢を叶えられなかった人たちの分まで活躍しないといけないっていう責任が。煌莉はその人たちに煌莉がVTuberになってよかったって、認めた貰わないといけないの。だからこそ、他と同じレベルでいちゃいけない。中途半端なんて論外よ』
「……別に言われなくてもわかってるよ」
正直、自分にはVTuberなんて無理だと思ってる。スカウトされた瞬間は感情が高揚しすぎてて余裕綽々みたいに思ってたけどだったけど、今みたいに現場から離れてみると、愚かな幻想を抱いてただけなんだって、痛感した。
こんなのよりももっと適任がいると思ってた。歌奏のことが心配だったってこともあるけど、それが建前で、ホントはただ自分の欲望を満たしたかっただけなのかもしれない。
でもここまできちゃったんだ。逃げる選択肢もやらない選択肢もないんだよ。
「やるんなら全力やりきらなきゃ、楽しくないじゃん」
『……ふふ。わかってるみたいで安心した。そーだ。煌莉の初配信の日は私が大々的に宣伝して上げるからねぇ〜』
「やめて。新が関わると大体碌なことにならないから。ホントに、自分の立場わきまえてね」
『だからだよ煌莉。この私が煌莉を1日で超有名人にしてあげるからね!』
「ふざけんなよマジで。今度会ったら突進した勢いで腹に頭突きしてから膝蹴り喰らわすから」
さっきも言ったけど、この親切人ムーブクソウザ女はそれなりに有名なVTuberだからな。もし仮に初配信のツイートを新(のガワに)リツイートされたら、あまりの人の視線に体が溶けて人の形保てなくなるぞ。
『えー!煌莉そんなこと言っちゃうんだー。オーコワイコワイキラリコワーイ』
「ヒドォチョグテルトヴッドバスゾ」
『ハイ煌莉の負けー。私の煽りに乗っかったー。調子崩れたー』
「……小学生ごっこしてる暇があるならトリガー引けよ」
『え、待って煌莉どういうい……。アアアアアアアアテテテテッ敵キキキィ!?ちょちょ待っ、ラァアアアアア!!』
……画面には新が撃破されたと表示された。
「はぁ。あーもう面倒くさーーーい!!」
とっととこのかったるい時間を何とかするために、僕は敵の元へ走り出した。
◇ ◇ ◇
「ふー、気持ちよかった〜」
お風呂から上がった私は、二階にある自分の部屋へ戻り、おもいっきりベッドに飛び込んだ。
「あーもう疲れた」
今日は色々なことがありすぎて、私のいるこの世界がラノベか漫画の中の世界なのかなって思っちゃった。
突然VTuber事務所の社長さんから直々にスカウトされて、その後そのガワが出来て、明日にはそれが動くようになるんだよ。すごくない?
「そうだ。まだねおんのイラスト全部見切れてなかったから見よっと」
私は机の上に置いておいた封筒から紙を取り出した。
「はぁー。何度見てもこのイラスト可愛いなあ〜」
このレベルの絵をあんな短時間で幾つも生成できるなんて、やっぱり輝亜お兄ちゃんってやばいよね。
「あれ?端っこに何か書いてある。何だろう」
紙の端っこに、手書きらしい文字でこう書かれていた。
『アイドル衣装を描くの、楽しみにしてるからね』
……そう言われたら、頑張るしかないじゃん。言われなくても頑張るつもりだけど。一番近くで私を見たもらいたい人とまた会えたんだから。
……そういえば、煌莉がねおんのこと可愛いって言ってたな。なんか、凄く嫌だったな。
私は部屋の姿見を見て呟いた。
「髪型、変えよっかな」
……って、何言ってるんだろ私。煌莉が可愛いって言ったのはあの髪型じゃなくてねおんなんだよ。それなのに何で……。
「フヘヘ。アハハハハ」
私は後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。
小学生の時は無理だった。だから……。
「今度こそ、煌莉を……」
私は虚空を掴んで、そのまま体から力を抜いた。
「歌奏ー。晩ご飯出来たわよー」
「……はーい。今行くね」
1階からお母さんの声がした。もうそんな時間なんだ。面倒くさいけど、行くしかないか。
階段を降りてダイニングに行くと、お母さんがテーブルにご飯を並べていた。
「お母さん。今日のご飯は何?」
「ロールキャベツよ。スーパーで安く売ってたの」
「へー。凄く美味しそう」
私は適当な感想を言って食卓についた。それに続いてお母さんとお父さんも食卓についた。
「「「いただきます」」」
―――――――――――――――――
「歌奏。今朝に小学生の頃の友達と会ったらしいな。誰だったんだ?」
「ん?!ん、んんん……」
「歌奏!?大丈夫?」
「お、お母さん。大丈夫……だよ」
突然のお父さんの質問に、思わずご飯をのどに詰まらせてしまった。
これは……、正直に言った方がいいのかな?別に、言ったからって何か悪いことが起きるって訳でもないし……。
「なんだ。何か嫌なことでもされたのか?」
「い、いや別に何も変なことされてないよ」
まあ、煌莉になら何されてもいいけどね。
そんなことよりも、早くちゃんと答えないと変な勘違いされちゃう。
「え、えっとー。あのー」
「歌奏。焦らなくても大丈夫よ」
「そ、そのー。……煌莉。或音煌莉」
私のその一言に、リビングは静まりかえった。
「……そ、そうなの! 煌莉君と会えたのね。良かったじゃない。歌奏、煌莉君のこと大好きだったものね」
「懐かしいな。あの頃はしょっちゅう『私、ぜった~いに煌莉と結婚する!』って言ってたもんな」
「お父さん、その話はもう辞めてって言ってるでしょ!」
正直に言うと、私のそういう諸言動は一種の黒歴史になっている。だから、お父さんとお母さんにはあまりその話をしてほしくないとお願いしている。
「あれから結構経ったんだな」
「そうね。そういえば歌奏。そろそろ将来何するか決めたほうが良いんじゃない?」
「………そうだね」
……………五月蝿い。
「歌が上手いのだから、歌手とかどうかしら?」
「ダンスの才能もある。ダンサーとかもいいんじゃないのか?」
…………………あなた達が私の夢について語らないで。何もわかってないくせに。わかろうともしないくせに。
「うん。どっちも良いかも」
だからって言って、私は何も出来ない。無力なんだよ。
…出来るよね、煌莉なら。私とは、違うんだから。
変えてよ。私のこの運命を。
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