第2話
次の日……。
少女の通う学校で盛大に女生徒たちの悲鳴が上がった。
「キャーッ! あなた、どこから入ったのよ⁉」
「ここは男子禁制の場所なのよ‼」
椅子や制汗剤の直撃を顔面に受け、異形の紳士の背が地面に着きそうなほど反り返っていた。
「痴漢が出た! 先生を呼んで!」
バタバタと女生徒のほとんどが退散した後に残されたのは、件の願いを叶えることを押し付けられた少女と異形の紳士だけだった。
「……本当に呼び出せるのね」
「もう少し時と場所を選んでくれませんかね⁉」
そう憤慨して異形の紳士は少女を睨みつけた。
「まだ慣れてないのよ」
「呼び出すのに慣れなんて必要ありませんでしょう! 叶えたい願いを強く思うだけで、私めは呼び出されます!」
「……そう」
異形の紳士は溜息を吐き、右手を返して促す。
「それで、叶えたい願いは何ですか?」
「ないわ」
「……は?」
ポカーンと間抜けに口を開け、異形の紳士は聞き返す。
「そんなわけないでしょう。私はここに呼び出されたのですから、叶えたい願いがあったのでしょう?」
少女は繰り返す。
「ないわ」
「…………」
異形の紳士は顎の下に右手を当てて少女の様子を窺う。
(はて? 長年願いを叶えてきたので、相手に叶えたい願いがあるか、何となく気配で分かるものなのですが、この方からはその気配がしない)
異形の紳士の首が傾く。
(そうなると、何故、私はここに呼び出されたのでしょう?)
何百年、何万年と願いを叶えた悪魔の知識をもってしても分からなかった。
少女はジッと異形の紳士を見ながらポツリと呟く。
「そんなにのんびりしていていいの?」
「ええ、それは一向に。私は、ただただ貴方が願いを叶えるのを待つだけですから」
「そういうことじゃなくて」
「ん?」
異形の紳士は覗き込むように少女を見据える。
覗かれた異形の紳士の視線に合わせるように顔を上へ向け、少女は続ける。
「もう直ぐ、みんなが戻って来るわ」
「へ?」
異形の紳士が首を後ろへ回すと、バタバタと近づく大勢の足音が響く。
「先生! あっちです! 変なおじさんが更衣室に居るんです!」
その声を聴いて『ヒィッ!』と異形の紳士は声を漏らして後ろへ一歩飛び退いた。
「そ、それでは、これで私は失礼します! くれぐれも時と場所を選んでくださいよ!」
そう言い残し、異形の紳士は文字通りに消えた。
それと同時に戻って来た女生徒の一人が少女へと尋ねた。
「あれ? あの変質者は?」
「ああ、それなら――」
一秒ほど、何と言おうか考えて少女は答えた。
「――さっき、窓から突き落としたわ」
「え?」
そこで誰もが声を失った。
そして、その発言が過激だったせいか、誰も窓が開いていないことに気付かなかった。
…
その後、異形の紳士は二回呼び出された。
帰宅中の少女の隣りに、一回。買い物中の少女の隣りに、一回。
そして、いつも通りに願い事を訊ねると『ないわ』という答えが返ってくるだけだった。
(一体、彼女は何がしたいのでしょうか?)
今までにないレアケースだった。
願いを叶えないのもそうだが、呼び出されているのに願いがないというのも前例がない。
地球ではないどこかの空間で、異形の紳士は少女に呼び出されるのを静かに待ちながら考える。
(どんなに欲のない人でも、些細な願いの一つや二つは叶えるものなんですけどねぇ……)
生き物である以上、欲というものは存在する。三大欲求、五大欲求、キリスト教における傲慢・強欲・嫉妬・憤怒・色欲・暴食・怠惰の七つの欲求など、欲というものは人間から切っても切り離せないのだ。
(しかし、彼女は『願いはない』という……。これは彼女の趣味嗜好を理解する必要がありそうですね。少し面倒ですが、呼び出される数少ないチャンスを利用して彼女と会話をして、少しずつ彼女が何を考えているのかを理解するところから始めましょう)
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