第3話 冷たい蝶


「芝ちゃん俺に冷たいよね〜」


恣槻しきはコーヒーカップを唇に当てながら、店内の骨董品を興味無さそうに見回っている芝に声をかける。


「そうか?普通だと思うが」


言われた芝は近くにあったアンティークのナイフのレプリカ品を手に取って眺めている。


「あ、もしかして好きな子には冷たくしちゃうタイプっ―」


ヒュゴっと音を立てて恣槻しきの背後にアンティークのナイフのレプリカが突き刺さる。


「手が滑った、レプリカで良かったな」


恣槻しきは振り返りレプリカナイフの刺さった壁を見つめる。思い切り突き刺さっている。本来ならば突き刺さるはずなどないレプリカ。これが当たっていたらと思うと…考えるのはやめよう。


「レプリカってこんなに殺傷能力高かったっけ…?」


「使う人間の腕次第で凶器にもなる、という事だな。これからは発言に気をつけろ」


「はい、肝に銘じます…」



芝は再び店内を見回し、ピタリと足を止めた。彼女は骨董品のブローチに目を留め、


「…恣槻しき


「なんでしょう、芝ちゃん」


恣槻しきに骨董品のブローチを手に取って見せる。


「お前、これをどこで手に入れた」


「ん?これは―」


こつりと恣槻しきの額に硬いものが押し当てられる。いつの間にか目の前に現れた彼女は銃口を恣槻しきの額に押し当てていた。


「…それ、一介の探偵が持ってていいの?」


「私に法律は関係ない」


「‪流石‪‪”‬”様は言うことが違うねぇ‬」


彼女がカチャリと安全装置を外す。


「…もう一度聞こうか。お前、それをどこで手に入れた」


「そんな物騒な物突き付けられちゃ怖くて答えられないよ〜」


バンと銃声が響く。

穴が空いたのは恣槻しきひたい

…ではなく後ろの壁だった。


「ちょっ…本当に撃つのはダメでしょ!?」


「躱せるだろ」


「躱せるから撃っていいって事にはならないよ!?教えるから早く銃下ろして!」


芝は静かに銃を懐にしまい、早く話せと言うように目で促す。それに恣槻しきはこれ以上壁に穴を増やさないために口を開く。


「……何日か前、これを売りに来た人がいてね。買い取ったんだよ」


「風貌は?」


「ん〜、綺麗な老紳士、ってかんじのお客さんだった」


「変わった杖を持っていなかったか?」


「あぁ、持ってたね。鳥を象った杖」


芝がチッと舌打ちをする。


「…あのジジイ」


「知り合い?」


「お前も‪”‬‪鴉”は知ってるだろ‬う」


「昔、裏社会のボスしてた人でしょ?今は隠居してるって聞いてるけど…え?あのおじいさんが?」


芝の目が思い切り蔑むような目になる。


「あっ、冷たい目…」


何故分からなかった?お前の目は節穴か?

お前は何年裏で仕事をしてきたんだ?

と責め立てられている気がする。視線で。


「まぁいい、これは私が貰っていく」


「芝ちゃんに似合いそうだもんね」


バンと大きな銃声が響く。本日二度目だ。

再び恣槻しきの後ろの壁に穴が増える。


「褒めただけなのに!?」


「余計なことしか喋らん口なら不要だろう」


「気軽に撃たないでって!俺、か弱い一般人なんだから」


「銃を躱すやつのどこがだ?笑わせるな」


躱せただけだって!」


「ほう、そうか。100のもか」


「俺、運動神経いいからね〜」


芝は無言で銃の引き金を引く。

バン!

壁に3つ目の穴が増える。


「危ないって!銃下ろして!」


銃を懐にしまった芝はブローチを見つめる。


「これ、今月の家賃にしてやる」


「えっ!いいの!?」


「それだけの価値がある」


「…で、これはなんなの?」


「‪”‬‪鴉の落し物クロウ・ロスト”だ‬」


‪”‬‪鴉の落し物クロウ・ロスト”。それは裏社会で絶大な力を持っていた‪”‬鴉‪”‬が愛用していた品々のことだ。

帽子など見た目通りの品もあれば、見た目以外の用途で使用する品もある。


「隠居したジジイがわざわざ表に出てきてお前に渡しに来た」


あぁ!と苛立ちながら芝はぐしゃりと髪をかく。


「…アイツの掌で転がされてるようで気に入らん」


「これの用途は?」


「暗殺」


「へ?」


「ブローチの中に毒薬が入っている。知らずに触れた物に極細の針が刺さり、そこから即効性の毒が流れて即死、という仕組みだ」


「えっ!?芝ちゃんは大丈夫なの!?」


ガタリと椅子から立ち上がった恣槻しきは心配そうに芝を見つめる。


「私は問題ない。毒はもう入っていないからな」


「そうなの?」


きょとんとする恣槻しきに芝は言葉を続ける。


「…お前、買い取った時、手に持っただろ?その時に毒針が出た。毒はお前の体内だ」


「え…俺、死ぬの…?」


「‪”‬‪蜘蛛お前”に毒は効かないだろう‬」


「まあ、そうだけど…。…とりあえず芝ちゃんが無事でよかったぁ〜」


にへらと笑ってどさりと椅子に腰かける。


「人の心配してる場合か…馬鹿が」


ぽつりと呟いた声は恣槻しきに届かずに消えていく。


「中身はおそらく毒ではなく吸血鬼化対策の血清。…私が探していたものだ」


「んじゃあ、‪”‬‪鴉”は‬手を貸してくれたってこと?」


芝は不満そうに腕を組む。


「それが気に入らん。あんなジジイの手を借りなくても血清は手に入れられた」


「ムキになってる芝ちゃんもかわい―」


バン!

4度目の銃声が響く。


「お前は本当に殺されたいようだな」


「すみません…調子に乗りました…」


「私は帰る」


言いながら恣槻しきに背を向ける。


「ねぇ、芝ちゃん」


芝が「なんだ」と振り返る。


「俺の事心配して血清手に入れようとしてくれてたわけ?」


「心配だからじゃない。死なれたら家賃収入が減るからだ」


「ふーん、そっかそっか」


恣槻しきは頬杖を付きながらにこにこと笑っている。それに苛ついた芝は銃を構えるが、発砲する前に恣槻しきが銃口を掴んで止める。


「大丈夫。俺はまだ死ぬつもりはないよ」


「………」


いつもとは違う真剣な言葉に、芝は銃をしまい踵を返す。店のドアノブに手をかけて立ち止まる。


「……”‬‪蜂の巣”探しは順調だ、とだけ言っておく‬」


「よろしくね」


ひらりと手を振る恣槻しきを見ずに芝はドアを開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

櫻は夜に咲く 水澄かりん @karinzushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ