毎日小説No.28 充電

五月雨前線

1話完結

                

 現代人の生活を支えている文明の利器、スマートフォン。


 写真が撮れる、動画が観られる、インターネットで何でも調べられる、好きなアプリを入れて様々なことが出来る……。数え切れない程の長所を持つスマホだが、長年解決されていない問題が一つ存在する。


 使用可能な時間の短さ、及び充電の頻度の増加である。


 従来の携帯電話と比べて持ちうる機能が大幅に増加したことにより、人々がスマホに触れる時間は大幅に増加した。当然、沢山使用する分バッテリーの消費量も増加するため、フル充電したはずのバッテリーが夜には殆ど無くなっていることもざらにある。


 充電を忘れた場合、その翌日が悲劇である。こんなに技術が発達しているのに、何故充電がすぐに無くなってしまうのか……。これは、そんな疑問に全力で立ち向かった科学者と、その助手の物語である。


***

「だあああああ!!!」


 閑静な住宅街に素っ頓狂な叫び声が響き渡る。


「博士、うるさいです」


 叫び声を上げた白髪の男性に、冷たい目を向ける若い女性。白衣を纏う2人は『理想科学研究所』に所属する研究員だ。男の名前は谷里給餌、女の名前は鋳型奈緒。研究所が引き受けた仕事の一環で、2人はとある地方の田舎町を訪れているのだが……。


「これが叫ばずにいられるかね!」


 谷里は血走った目を向け、鋳型にスマホの画面を見せつけた。


「ゲームの画面ですね。……うわ、めちゃくちゃ課金してるじゃないですか。程々にした方がいいと思いますよ」


「違う!! バッテリーの表示を見たまえ!!」


「残り8%ですね。ご愁傷様です」


「ガッッッッデム!!」


 谷里は天に向かって中指を立てた。


「何故!? 何故スマホはこんなにも早くバッテリーを消費するのだ!?」


「何故って、そういう機械なんだからしょうがないじゃないですか」


「昔の携帯電話はこんなんじゃなかった! 鋳型君もガラケーとか覚えているだろう!」


「覚えてますけど……。スマホの利用時間が多いんだからしょうがくないですか? 毎日ちゃんと充電すれば問題なく使えますし、モバイルバッテリーも携帯しておけば怖いものなしです」


「ガッッッッデム!!」


「……それ、止めてもらってもいいですか? 動きが完全に不審者ですよ」


 鋳型が白い目を向けて抗議するが、怒りに震える谷里の耳には入らないようだ。その後もぶつぶつ文句を言いながら何かを考えていた谷里だったが、やがて「閃いた!」と叫んだ。


「閃いたぞ! 無限充電スマホを発明するのだ!」


「無限充電スマホ? 何ですかそれ」


「その名の通りだよ! スマホのバッテリーに永久機関の原理を応用し、貯蔵出来るバッテリーの上限を無くす! 例えば、5年間充電すればそのスマホは5年間充電せずとも使用出来るようになる! どうだね? この技術が確立出来れば、私は億万長者になれる! わっはっはっは!」


「また馬鹿なことを……。そんなこと出来るわけないじゃないですか」


「いいや、出来る! 現に永久機関に関する論文はあと少しで完成するからな! 鋳型君も協力したまえ! 一緒に時代を作ろう!」


「お一人でどうぞ……」


***

〜25年後〜


「ミスター谷里! ノーベル物理学賞の受賞、おめでとうございます!」


 フラッシュの光を浴びながら、スーツを纏った谷里は満面の笑みを浮かべながら手を振り返した。永久機関に関する、25年間の研究内容が遂に評価されたのである。ノーベル賞という栄えある賞を受賞したことで、谷里は満ち足りた気分を味わっていた。


 取材陣の大量の取材をこなし、ようやく谷里は椅子に座って一息ついた時、鋳型が声をかけてきた。


「……博士」


「おお、鋳型君。君も取材を受け終えたのかね?」


「……はい」


 谷里の助手として長年協力してきた鋳型も授賞式に招待されていた。自分達の研究が高く評価されて幸せ絶頂ムードのはずだが、鋳型の表情はどこか暗い。


「む? どうした鋳型君。何かあったのかね?」


「博士。約25年前、博士が『無限充電スマホ』の研究をしていたこと、覚えていますか?」


「無限充電? ああ。覚えているよ。永久機関の原理を応用して、貯蔵出来るバッテリーの上限を無くす……みたいな研究だったな」


「その研究の際、プロトタイプとして充電の機械を作っていましたよね。その機械、どうなったか覚えていますか?」


「えーっと確か……あれ、どうしたんだっけ」


 鋳型は眉間に皺を寄せながら、谷里にそっと耳打ちした。


「同時に複数の研究を並行して行なっていたため、私や博士を含む全ての研究員がそのプロトタイプの機械の存在を忘れてしまっていたのです。機械は超高電圧の電気で充電されたまま、研究所の奥深くで放置されていると思われます」


「なるほど、どうりで研究所の電気代が高かったわけだ…………いや、ちょっと待て」


 ノーベル賞を獲得した稀代の研究者は思考を巡らせ、やがて一つの可能性に行き着いた。考えうる限りの、最悪のケースに。


「それ、かなりまずくないか。25年間、超高電圧で充電され続けたんだろ? ものすごい量の電気が蓄積されて、エネルギーがえげつないレベルに達しているはずだ」


「先程、博士がスピーチしている間にエネルギー量を計算したんですが」


「いやスピーチちゃんと聞けよ」


「恐らく、核爆弾の2000倍程のエネルギーに達しているかと」


「……は?」


「私だって混乱しています。でも、何度計算してもその結果が算出されるんです。もし、溜まりに溜まった電気が何かの拍子で解き放たれたら……」


「……地球は滅びる」


 谷里は神妙な面持ちで言った。


「まずいな。すぐに研究所の職員に連絡してくれ。あと、特殊科学研究所の」


 そこで谷里の言葉が途切れた。谷里や鋳型、及び地球上のあらゆる生命体は、爆発した機械の電気によって一瞬で感電死し、細胞が数分足らずで全て焼き切れてしまったのである。


 莫大な量の電気に包まれた地球はやがて超強力な磁場を複数発生させ、地球の周りには、さながら土星の輪っかのように幾つもの強力な磁場が円を描くようになってしまった。


 その磁場に引き寄せられ、金属を多く含む隕石群が次々と飛来。瞬く間に地球は粉々に砕け散ってしまった。僅か1週間足らずで起きたこの地球消滅の流れは、他の星の生命体から『サンダーパニック』と名付けられ、後世に語り継がれることになったという……。



                              完

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