第6話

「フィリア、上手くいくだろうか」


「はい、きっと上手くいきます。もう帝都の情勢はこちらに傾いているはずです」


「お前は本当に……末恐ろしいやつだ。今回はどんな魔法を使ったんだ?」


「今すべての情報を握っているのが私たちということを利用しただけです。与えるべき情報とそうでない情報を分け、私の思う方向に誘導したにすぎません」


 ベルンハルトとその一行は戦場を急遽反転して帝都へと南下している。六鎮から千騎を借り受けた彼は策謀を終えたフィリアを伴って兄にとどめを刺しに向かっていた。手元には一通の手紙。フィリアが言うにはそれが勝負を決めるということだ。


 そして帝都の城壁までたどり着いた彼らは皇帝との謁見を申し出て、それが急用であると捲し立ててあたかも変事が起きたと錯覚させた。これは巧妙な電撃戦に過ぎないが、強い印象を与えることに成功した。名も無き貴族が軍を引き連れて到来しているというのに咎められることもなく瞬時の目通りがかなったのはまさにそのおかげだった。


「僭越ながら申し上げます。皇帝陛下におかせられましては、報告したき儀がございます」


「申せ」


「まずは北辺で発生した遊牧民を退けたこと、そして重大な裏切り行為が発覚したことの二点にございます」


「ふむ。前者については喜ぶべきか、では後者について申してみよ」


「はっ。こちらの文書をご覧ください」


 例の手紙の封を解いて宰相に献上する。宰相が読み上げたところ、皇帝の垂れた目が大きく開く。内容があまりにも酷いので呆れているのだ。


「内容にございますように、我が兄ラインハルトは臣を殺すために策謀し、あまつさえ陛下の国を利用したのです。罪は重く、贖い切れるものではございませんがどうか慈悲を。我が古馴染みの者共には慈悲を賜り、公爵家の継承について兄を無効とし、重ねて処刑していただきますよう進言いたします」


「ためらいはないのか?」


「ございませぬ。兄弟喧嘩に収めておけばよかったものを、数多くの人民を犠牲にしてまでやってよいことではありません。」


「そうだのう。宰相、裁定は公に任せる」


「はっ」


 決定的な証拠とともに宰相は謁見の間を去り、場には皇帝とベルンハルトだけが残された。


 気まずい雰囲気の中、皇帝は見定めるように少年の姿を眺めた。


「お主、変わったのう」


「は」


「お主のような尽忠報国の臣がいれば我が国はまだまだ安泰である。孫の降嫁については追って再び話そうぞ」


「感謝の極み」


 短く深い会話を終えると皇帝は目配せし、ベルンハルトは去った。







 後日、ラインハルトの爵位剥奪および処刑、ベルンハルトの公爵号継承が速やかに行われた。短期ではあったものの国政を壟断し、皇室にも無礼を働いた彼を擁護する声は一つとしてなく、反してベルンハルトは英雄として讃えられていたためである。


 宮廷での爵位継承ののち、ベルンハルトはあっという間に帰ってこられた公爵邸にてフィリアにあることを問うた。


「種明かしをしてくれないか? あの説明だけじゃわからなかった」


「ふふ、気になりますか?」


「ああ。俺はお前のおかげでこの地位に返り咲けた。気にならないわけがあるか」


「ではご教授いたします。まず私が見つけたウンガル人侵攻の手紙、これに色々と細工をいたしました。ハイメルレ伯にお見せしたあと、筆跡を真似して文を書き加えまして、公爵様の裏切りを濃く印象付けるようにいたしました。その手紙をそれとなく流出させて公爵の立場を悪化させることに成功しました。こちらとしては予想外でしたが、公爵は皇女との婚姻について問題を起こしていたようで、対立は思いのほか深まってくれました」


 フィリアの語り口は至って当然のことをしているのみ、と思えるものだ。一応知己であるはずの'元'公爵に対する忠誠心というのはかけらもないようだった。


「ついで打った手はウンガル王に一筆したためさせたことです。物資の支援と引き換えにーー無論口約束ですので履行なさる必要はありませんーー公爵の謀反を決定づける手紙を書かせました。これを提出したことで勝利が確定しました」


 ウンガル王は大敗によって窮地に追い込まれていた。それこそ略奪先の国からの援助を期待してしまうほどに。その心理を利用されて書いた手紙がとどめをさし、同時にそれは彼ら自身にもとどめをさしたのである。

 

「なるほどなあ……本当にすごいよ」


「いえ、閣下が大勝しているからこそ、これほど鮮やかに、疑われずに済んでいるのです。わたくしは料理でいえば具材、閣下は料理人といったところです」


「あと、少し、いいか」


「何なりと」


「俺はお前を妻にしたい。色々と助けられたし、恩を感じている。お前が望んでいるかどうかわからないが、少なくとも助けになれると思うんだ」


「お戯れを。アデリーナ様が降嫁されると聞いております。わたくしごときは妾でよろしいでしょう。皇女殿下がお許しになられるかは分かりませんが、そこは閣下の腕の見せ所です」


「はぁ、そうか、そうだったな。全部お前の言う通りだよ、言う通りにしよう」


 フィリアは微笑む、ベルンハルトは頭を抱えて悩みこむ。ここ一番悩んでいる。しかし今の彼は展望と勇気に満ちた男だ。欲しいものがあれば自らの手で掴み取ろうとするだろう。


 

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追放公子の復帰録 @Reich

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