とある植物の人生

那埜

とある植物の人生


 私は雑草になりたいんですよ。

 帰り道に彼女は確かにそう言った。

 僕はなぜかと問いかけた。

 彼女は雑草が羨ましいと言った。

 僕はそんな風には全く思っていなかった。

 だが彼女は雑草は何もせずに生きているから楽そうだと言った。

 僕はそうかなと曖昧に否定した。

 楽しくない人生を送るなら、せめてゆっくりと生きたい。

 彼女は真顔でそう言った。


 自宅に帰り僕はさっさとタバコに火を付ける

 どうにもすることがないからか、染み付いた匂いはこのアパートを支配していた。

 そして僕は副流煙の臭いが染み付いた布団をシャワーも浴びずに被る。

 疲れていたからか、僕の意識はだんだんと遠のいてきた。

 

 目が覚めると違和感に気付いた。

 どうも目の前が暗いのだ。感じるのは心地よい風だけだった。

 いったいどうしたのだろうか。

 だが動こうにも動けない。まるで手足を無くしたみたいに。

 ───いや、元々無かったのではないだろうか?

 そう思うほど僕の体はどうにもゆったりとしていた

 そうだ。

 僕はそう思うとどうにもゆっくりしたい感情に芽生えていた。

 

 何せ今までの自分を気にしなくていいのだ。

 先ほどまで会社はどうしようとか、誰に連絡しようとかそんなことを考えていた。

 だが気にする必要はないのだ。

 だってなにもできない。いや、この状態ならなにもしなくてもいい。

 する必要もないのだ。

 だから僕はここで風に流されながら生きていくことにした。

 今自分がどういう状態でどこにいるのかも気にしない。

 僕はただここにいるだけでいいのだ。


 僕はそう思い込んでいた。


 だが突然、僕の胴体が引き裂かれる。

 そう感じる激痛に見舞われた。

 僕は声が出せなかった。

 痛いという声も届くことはない。

 まるでしつこく苦しめるような痛みに僕は耐えきれなくなる。

 どうしてこんなことをするのだろうか?

 僕はここにいてはいけないのだろうか?

 そう思いながらも次第に僕の意識は遠のいていった。


 次に起きた時には自宅だった。

 どうも少し眠っていたらしい。

 なにか嫌な夢を見ていた気がしなくもない。

 僕はこの不快感をかき消したいあまり、目の前のくしゃれた小さな箱を掴むとすぐにタバコを取り出して火を灯した。

 タバコの味はいつもより不味かった。

 

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とある植物の人生 那埜 @nanosousa

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