3話目  羽田空港国際線第三旅客ターミナル

私は、何をしているんだろうと思う。

午後二時、私は羽田空港、第三旅客ターミナルにいた。

私は、何がした。

トロント行きの飛行機は、午後五時四十分に飛び立つ。

荷物預けは三時間前から、逆算すると二時くらいから、ここに北斗くんは来る可能性がある。

いや、もっと遅いかもしれない。

私は、北斗くんに会いに来たわけじゃない。

ただ羽田空港を見学にきただけだ、と自分に言い聞かせる。

出かける時、

「あかり。どこに行くの」と母に聞かれた。

「羽田」

「誰か海外に行くの?見送り?」

「いや、飛行機が見たくて」

そんな私の言葉に母は、不審な目を向けたけれど、それ以上は追及しなかった。


海外旅行なんて、小さい時に家族とハワイに行った事があるくらいで、自分でなんて行ったこともない。

だから、私にとって、羽田なんて初めてのところだった。

そもそもハワイだって成田だったと思う。

チェックインカウンターは、右からA、B、Cと並んでいて、カナダはBというのはチェック済み。

Bのチェックインカウンターが見えるベンチに座って、前を行く人の流れを眺めた。

7割くらい外国人だ。

このチェックインカウンターで、スーツケースを預ける。

その後セキュリティーを入ると、もう見送りの人は入れない。

見送りをするなら、ここでしか出来ないと言うことになるけれど。

私は、北斗君にさよならなんて言えるのだろうか。

北斗君を見つけて、もし私が近づいていったら、北斗君はなんて思うだろう。

(なんでこの女がここにいるんだ)と、そして(ストーカーか、気持ち悪い)なんて思われたら、私は立ち直れない。

まして、お母さんと妹もいる。

絶対に私は危ない女になってしまう。

ただ私は、北斗君にさようならって言いたいだけなのに。

五日間楽しかったよ、ありがとう。

ただそれだけ言いたいだけなのに。

ああ、こんなことなら、勇気を出して、ふなか市のおばさんの言う通り、連絡をとってもらって、見送りに行くよって言って貰えば良かった。

そうすれば、大いばりで北斗君をここで待つ事ができた。

「さようなら」って言えたら、もしかしたら、「手紙を書くよ」なんて言い合えて、住所をお互いに教え合っていたかもしれない。

なんて私はバカなんだ。約束もしないで、羽田くんだりまで来て何もしないなんて。

まるでストーカーじゃないか。

いや、私は別に北斗君の事が好きなわけじゃない。と自分に言い切ったけれど、その言葉は、なんて薄っぺらいんだろうと思った。

もう自分に嘘つくのはやめよう。

私は北斗君に一目惚れしたんだ。

確かに片想いだったかもしれない、それもたった五日間だけの。

でも、でも、でも。

思いを巡らせているうちに、北斗くんが大きなスーツケースを持って前を通った。

お母さんらしい人と、妹と思える女の子と、三人でチェックインカウンターの方に向かう。荷物を預けたら、今度はセキュリティーの列に並ぶから、もう一度私の前を通る。えっ、どうしよう。

隠れるか?。

いやいや、それはあまりにも怪しい。

でもじゃあどうする。私は自分でも驚くくらい慌てた。右往左往というのは、こう言うことなんだろうなと、おかしな考えが浮かんだ。

極限状態で、現実逃避をしてしまった。


「あかり。あかりじゃないか」右往左往しているときに、声をかけられた。えっ、えっ、私の右往左往は。慌てふためきに変わった。

「あかり、そんなに驚かないでよ。まあ僕も驚いているけれど」

「あっ、えっ、」私は言葉が出ない。

「バイトで一緒だったあかり」北斗君は私をお母さんと妹に紹介した。

「ああ、あなたが、北斗と一緒に入った女子大生の」

「北斗君には本当にはお世話になりました」

「えっ、お兄ちゃんの見送りに来てくれたんですか」と妹が驚いたように言う。

「そんな訳あるか、今日帰るって誰にも言っていないんだから」

「ホームステーをしている友達が、一時帰国するんで迎えに」咄嗟についた嘘の割に、信憑性があると私は思った。

「ええー、それって彼氏さんですか?」

「あっいえ、女の子」

「だって、お兄ちゃん、良かったね」

「黙れよ。ごめんねあかり、妹許してやって」

「いえ」今のは一体どういうこと。

「あかり、ちょと待って」と北斗くんは言うと、ポケットからレシートを取り出して、裏に何かを書いた。

「ごめん、紙がない。こんな紙で悪いけど、僕のメールアドレス、PCのだけど。気が向いたらメールでも頂戴」

「うん」


わたしはゲートギリギリのところに立って、北斗君に手を振り続けた。

この場所は中に入る最後のところなので、見送りの人が他にも何人も手を振ったり。バンザイしたりしている。

外国人の女の人が、男の人と最後のキスをしていた。

私は最後まで北斗君に手を振り続けた。



午後五時四十分、トロント行きの飛行機が飛び立とうとしている。

展望ラウンジでは、離着陸する飛行機を見る事ができる。

大きなカメラを持った人が何人かいた。

私は、北斗君の飛行機を見逃さないように、目を皿のようにして見ていた。眼下には、飛行機がいくつも並んでいた。

北斗君を乗せた飛行機は、すでに滑走路にいて動き始めた。

エンジン音が大きくなったかと思うと、滑走路を滑り出した。

そして機首をあげると、急角度で空へと昇って行った。

私は北斗君にもらったアドレスの書かれたレシートをかざして、飛行機と見比べた。

(北斗君、さようなら。

五日間楽しかったよ。ありがとう)

かざしたレシートと、飛行機を見つめながら、私は、北斗君に別れを言えた。

その間私はずっと、大きく、ゆっくり手を振り続けていた。


飛行機は、夏の陽炎のようになって、

そして消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の陽炎 帆尊歩 @hosonayumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ