最後のカリーニンタヌキども

砂漠のタヌキ

最後のカリーニンタヌキども

日本人なら誰でも知っていることだが、タヌキは化ける。

当然、人間の勝手な都合でヨーロッパに持ち込まれたタヌキたちも化ける。

そうして化けたタヌキたちは、洋の東西を問わず人間社会に潜り込み、陰で一大勢力を築いているのだ。


ロシア・カリーニングラード。

ロシア連邦の飛び地として今色々大変なことになっているこの地にもタヌキはいる。

カリーニンタヌキのセルゲイ・タヌキニコフとニコライ・タヌキンスキーは、今やカリーニングラードの化けタヌキ最後の二人として秘密会談を行っていた。

場所がセルゲイの住み語る安アパートの一室というのが、カリーニンタヌキの衰退ぶりを物語っていた。

「ここも随分住みづらくなったよな同志。そうは思わないか?」

「同志いうな。ソ連崩壊してから何年や。まあ、住みづらいのは同意、っつうかわしらが物心ついてから住みよかったことない気するなあ」

未だにソ連時代の癖が抜けないセルゲイを揶揄するニコライ。

彼は世を忍ぶ仮の身分である貿易商社の社員として日本は大阪に駐在していたことがあるので、関西弁が染みついていたりする。

「それでだよ同志。国外に脱出しないか?」

「脱出てお前。どうやってやねん。なんや人間が戦争しとるせいでわしらが国外に出ていくのはだいぶ面倒なんやないの?」

「それなんだが……同志ニコライ。あんたは自分の人生をどう思う?」

「せやから同志いうなて。……どうて、どうも思わんなあ。まあ日本に住んでた時の方がいろいろ便利は便利やったけど。こんなもんちゃうの。お前まさか、今更人間やめてタヌキやるんか?」

「そのまさかだよ同志。俺はずっとここにいて国外に出たことがないからわからないだけなのかもしれないが、人間の社会はしがらみが多すぎるし何をやるにも万事面倒すぎる。それと引き換えの文明があるから野生よりはましなのかもしれないが……」

ニコライは呆れた顔になった。

「せやかてどないするねん。ニコライさんとセルゲイさんがある日ポーンと行方不明になって、動物園にタヌキが二匹増えました。めでたしめでたしと行くと思うか?」

だがセルゲイは止まらなかった。

「動物園に入る気はないよ。俺は野生に戻りたいな。野生の……それもタヌキの故郷の日本だよ。お前、行ったことあるんだろう」

ニコライはいよいよ怒り出した。

「ふざけとったらいわすぞ。日本なんかな、ここと比べ問にならんぐらい忙しいてごちゃごちゃしてるわ。町ばっかりで森とかろくすっぽ残ってへんし、残ってたらハイキングコースや。そうでなかったら管理放棄されて猿とか熊とかシカとかイノシシうろうろしとるで。日本に住んどるタヌキもな、目端の利いた奴はみんな人間に化けて街に出とるわい。野生に住んで車にひき殺されるのは間抜けばっかしや」

ニコライの態度を見て、セルゲイは落胆したようだった。

「そうか……そうだな。くだらないことを言ってすまなかった、同志」

その日はそれでお互い白けてしまい、秘密会議は解散となった。


一週間後。

「おい、ウスリーの実家に帰る言うて仕事辞めてきたぞ。お前今働いてへんやろ。準備せえ、今から日本行きじゃ」

昼間から飲んだくれていたセルゲイのアパートに上がり込むや、ニコライは開口一番そう言った。

「は……お前ここを出ていくつもりがないんじゃなかったのか?」

「どうせカリーニンタヌキはもうわしら二人や。人間とは子供でけへんからな、嫁の探し手もないやろ!遅かれ早かれタヌキがおらんようになるんならわしらだけ我慢しても仕方ないからな!」

「あ、ありがとう!同志!」

「同志いうな。それに抱き着くな暑苦しいわ」


そんなこんなで、二人はロシア人として堂々と、ロシア国内を移動してシベリアへ。

そこからモンゴル、中国、日本と渡り継いだ。

カリーニングラードを出てから2か月後。

二人の姿は熊本の船場橋にあった。

遠く日本を離れた地にも、「タヌキの楽園船場山は、押しかけた人間の猟師に襲われ、タヌキたちはみな鉄砲で射殺されて食料にされてしまった」というゆがんだ伝承で伝わっていたので、二人とも何となくここへきてしまったのだった。

しかしながら、「船場山」と呼ばれた丘は開発によってもうない。

橋のたもとにある観光案内板を読みながら、二人は無気力に会話を交わした。

「船場山も、もうないんやなあ」

「タヌキの地獄と伝わっていたがやはり消えてしまっていたんだな。というかお前は日本滞在中に来なかったのか?」

「アホ、給料安いくせに仕事忙しいんやぞ。休みは接待接待で潰れるし、大阪から熊本まで足伸ばす間ぁなかったわ」

ニコライの返事を聞いて酢を飲んだようになったセルゲイが、突然虚空を見上げた。

「ん?……ややっ!タヌキ!偉大なる輝く同志タヌキ!!!!!」

ぼんっ!

煙と共にセルゲイはカリーニンタヌキの本性を現し、そのまま矢のように駆けていく。

「あ、待て!セルゲイお前なあ!」

一声叫んだニコライも

ぼんっ!

と煙と共にタヌキに戻り、セルゲイを追いかけて走っていった。

あとには何も残されなかった。

二人の行方は、誰も知らない。

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最後のカリーニンタヌキども 砂漠のタヌキ @nanotanuki

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