優美・春色

 無機質な館の長い廊下を歩いている最中さなか、自分を見つめ直す時間が与えられた桜子は闇を照らす智慧ちえである灯明の時の空間を漂っている。


 臨月の腹を愛おしそうに撫で待ち侘びる加奈子の姿、幼い頃の自分の姿、熱を出した桜子を心配そうに介抱している加代の姿、ケーキ屋で財布の中をみて涙を流す加代の姿、何度もアパートを訪ねて来た加代の姿が目の前をよぎる。


 苦労の連続だった加代の人生の切実さを知った。できる限りのことをやってくれていた育ての親だと知って無知で愚かな自分を悔やんだ。


 改めた心の念は躰からひとつひとつ浄化され輝きながら燃え消えた。


「ばあさんも私を捨てた母さんも私のこと思ってくれてんだ。それなのに……わたし……ごめんなさい」


 桜子の最期の言葉を受けとめた冴、


 時が止まり大地への扉がゆっくりと開く、


「改心は貴女を救う。そしてここで永遠の命を手にするの」


 水面みなもの大地に檸檬れもん色の空が映り込み一帯には仄かな檸檬れもんの香りも漂っていた。


 グードは繋いだ手を離し大地へ歩むように促した。桜子は大地の香りを全身で吸い込み冴たちの方に振り向いた。


「あなた、あの時の人、鼻の下のほくろ……私、思い出した」


「さぁ、きなさい」


 冴は微笑み手を差し伸べた。


 こくんと頷き大地へと向かって歩き出した桜子は定置の場所に立ち三人に向かって笑顔で手を振った。幼かったあの時の桜子が重なって見える。


「ボーデン。桜子を頼んだわよ」


 大地に甘くて柔らかな風がぴゅーと吹き抜けた。檸檬色の風が桜子を包み込むと大地ボーデンは空に向かって勢いよく大木を吹き出した。


「ねぇ!冴、すっごい!おっきな木!いっぱい花がついてるよ。この花なんて花」


 薄桃色した可憐な花びらがひらひらと舞い踊る。その花びらに手を伸ばすブーゼ。


「桜よ。桜の花」


 冴も風に舞う花びらに手を伸ばした。


「桜子だもの。桜になるのあたりまえ」


 ブーゼはふふんと鼻を鳴らし風に舞う花びらを追いかける。


「良かったね。冴。桜子はここで永遠に咲き続ける事ができる」


「そうね。グード。咲かせる事ができない花をここでなら咲かせられる。咲きれるのよ」


「冴の事覚えてたね。僕、嬉しかった」


「今まで生きてこれたのは冴のおかげでしょ。あの時だってそうよ。冴がほっといたら線路に落ちて轢かれてた〜。そ・れ・に!キチオに刺されなかったのは『その子は駄目よ』って警告したから〜。刺されてしまったら地獄に落ちてた〜。だって性格ブスだもん。ボーデンの餌になれなかった。ぜーんぶ冴が守ったんだよね」


「加代を導いたのも冴だよ。加代を眠らしてあげたのは善意でしょ」


「そうね。グード、加代の希望を叶えてあげたんだもの」


「悪意だよグード。殺ちたんだから」


「違うよ。ブーゼ。加代は眠らして欲しいって頼んだんだ。だから桜子は加代の希望を叶えてあげた。良いことをしたんだ」


「なに言ってるの。グードはやっぱり馬鹿なのね」


「ふふ。疲れたわ……ふぅ」


「冴。僕も疲れた。ブーゼ、戻ろう」


「はーい」


 館に戻り扉を開けるとそこには天蓋付きの大きなベッドが揺れている。部屋に入るといつの間にかパジャマに着替えている冴は毛布の中に入り込む。グードとブーゼも同様に毛布の中に入り込んで冴の身体に溶け込むように消えた。


 目を閉じて深い眠りに落ちた冴。


 人間の魂を浄化し大地ボーデンへ献ずる任務、課せられた使命を果たせば肉体と精神は所労をきたす。

 役目を果たした冴にとって休息は深い眠りに落ち、闇にと染まること。


 貴公子然の青年グードは冴の善魂

 幼児のような少女ブーゼは冴の悪魂


 地霊ー大地ボーデン不可思議境界ふかしぎきょうかい常世国とこよのくに

「ドゥンフレッセ」の創出を企み使者を送り込む。


 地霊の使い つい住処すみかの案内人 


 宗方冴むなかたさえ


 彼女のことを「ひるふぇんこ」と呼ぶ。

 



         終わり


 


 


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ひるふぇんこ ➖大地の使者➖ 久路市恵 @hisa051

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