君とゆく世界は~最強な魔法使いと気ままなお姫様が幸福と愛を育む二人旅~
SEN
第1話 安宿の朝
チュンチュンという小鳥のさえずりで静かで心地よい目覚めを享受する。温かいベッドから抜け出して少し肌寒い空気に触れる。素足で触れた床暖房が完備されていない床は空気以上に冷えており、一歩踏み出すごとにギシギシと音がするのが安宿といったところか。ここまで暖房器具がそろっていないのはこの国では珍しい。一か月前までのこの宿で死人は出なかったのか不安になる。今日出ていくこの宿の未来を心配しながら、カーテンを思いっきり開けて真っ暗だった室内に日光を呼び込んだ。
「ん……んぅ……」
周囲の明度が一気に上がり、私の隣で寝ていた相棒が日の光から目を逸らすように身じろぎした。
「ヨウ、起きて」
「あと五分……」
掛け布団の中に潜り込んで日光を防ぎ、また眠りの世界に行こうとするヨウ。彼女が二度寝をしてまともな時間に起きたことなんて一度もない。ここは強硬手段に出てでも起こさないとチェックアウトの時間に遅れてしまう。
「起きなさいっ!」
「ギャー! 寒い!」
容赦なくヨウから布団を奪い取る。温かい布団の中の世界から、突如ひんやりと冷たい朝の空気にさらされたヨウは体を守るようにグッと体を縮める。そして私を恨めしそうな目で睨みつけた。
「スノウの鬼! 悪魔! せっかく気持ちよく寝てたのに!」
「夜更かししたヨウの自業自得。わがまま言うならもう一緒に寝てあげないわよ」
「それはヤダー! 起きる―!」
ヨウは素直に言うことを聞いてベッドから飛び降りた。床からミシッと嫌な音がしたが、聞かなかったことにして洗面所に向かう。鏡を見ると乱れた白銀の長髪があちらこちらに広がっており、安宿でストレスを感じる私の声を代弁していた。
「スノウったら髪ボサボサじゃん。ユキグマのほうがよっぽど毛並みが綺麗だよ」
「これも全部ヨウが財布落としてこんな宿に泊まる羽目になったからなんだけど」
「……髪の毛、私が整えるね」
「そうして」
大金を失った負い目があるヨウは素直に言うことを聞き、洗面台に置いてある櫛を手に取った。腰のあたりまで伸びる私の長髪を整えるには時間が必要なので、洗面所から出て寝室の適当な椅子に腰かける。この椅子もまたボロボロで、大男が座ったら耐え切れないだろう。華奢な私はそんな必要はないから、背もたれに体重をかけて、背後に立つヨウに身を任せた。ヨウは櫛を巧みに操り、ボサボサになった私の髪を整えていく。ここまでグチャグチャになっているのにもかかわらず、私の髪を一切傷付けない手腕は見事なもので、この心地よさでもう一度眠りについてしまいそうだった。
「できた」
軽く自分の髪に触って出来栄えを確認する。艶々した手触り。そして、軽く指で梳いても引っかからない。バッチリな出来栄えに満足して席を立った。
「やっぱりスノウの髪は綺麗だね。夜空から降ってくるカーテンみたい」
「なによ、柄にもなくポエミーに褒めちゃって」
直情的なヨウにしては凝った誉め言葉が少しむず痒い。らしくない様子に冗談めかして返してみるけど、ヨウの目は真っ直ぐ私を見つめていた。澄んだ彼女の瞳には嘘なんてなくて、詩人が誇張して言う恥ずかし気な言葉もヨウにとっては真実のようだ。
「酒場のオジサンが教えてくれたんだ。オーロラって、夜空にかかるカーテンみたいに見えて、キラキラしてるんだって」
「私の髪がオーロラみたいってこと? まだ見たことないでしょ」
「でも、きっとそうだよ。こんなにきれいでキラキラしてるんだから」
淀みなくこんなことを言えるところが恐ろしい。旅を始めてそれなりに経つけど、こういうところは相変わらずなれない。
「なら確かめに行きましょう。オーロラが私の髪の美しさに匹敵するのか」
「いいね。ただ見に行くだけじゃつまらないって思ってたとこ」
ヨウが笑えば小さな八重歯がこっそり顔を出し、燃えるような赤髪がふわりと揺れる。太陽みたいなんて言葉は決して大げさじゃなく、彼女にぴったりだと私は本気で思っている。相棒へのバカげた好意は私もヨウと変わらないな、なんて思ったり。
「んっ」
私は言葉にはしてあげない。こうやって行動で示すのが性に合ってるから。突然触れた唇に呆気にとられて櫛を床に落とすヨウに、してやったりと笑みを浮かべる。
「おはようのキス、まだだったわね」
私とヨウの身長差はヨウがほんの少し高いくらいであまり差はない。油断してたら不意打ちでキスをするなんて造作もないのだ。それを忘れて警戒を怠る方が悪い。
「忘れてる時に不意打ちはズルい……」
完全に上をいかれたことを悔しがって、ヨウは頬を膨らませる。こうやって先手を取って主導権を握れば、相棒の可愛い照れ顔が拝める。それを求めて日々攻防戦が繰り広げられているのだが、ヨウは朝に弱いから大体朝いちばんはこんな感じになる。
「さて、ヨウも身支度しなさい。すぐにこのボロ宿を出て次の街に行くんだから」
「わかってる。……ねぇ、今度は私から」
「ダメ。キスはおはようとお休みの二回って約束でしょ」
「うぅ、わかったよぉ」
完敗したのがそんなに悔しかったのか、ヨウは肩を落としながら自分の髪を整えるために洗面台に向かった。その間に私は着替えて、寝巻を荷物に詰めて準備完了。私が口酸っぱく言った成果もあり、きっちり前日に荷物の整理を終えていたヨウも着替えて準備完了。部屋を出て受付でチェックアウトをしてボロボロの宿を出た。
ドアを開けてすぐに朝日に出迎えられる。ギラリと照り輝く太陽には相変わらず慣れなくて目を細め、朝だとは思えない暑さにさっそく歩くのが億劫になる。ザクザクと新雪を踏みしめて、今日の一歩を踏み出す。
「あっつ……」
「さっむい!」
異常な暑がりと寒がり。私たちの特異体質を超絶簡単に一言で言い表せばそんなところだ。寒さに慣れたこの国の住人にとってはヨウのリアクションは大げさに見え、寒さになれたこの国の住人といえど私の反応は異常に見える。
ここは冬の国「スノーリア」。かつては陽の当たらぬ不毛の雪の大地だったが、今となっては青空が当たり前。目下気温上昇中、数年後には冬の国は名乗れなるかもしれない。その原因が一か月前に私たちが巻き込まれた事件ということを知っているのはごく一部の人間だけ。その事件の顛末を語るにはあまりに時間が足りないためここでは割愛させてもらおう。
その事件が落ち着いてから私たちは自由になり、世界を回る旅を始めた。理由は単純。この世界をもっと知りたいから。そして、大切な相棒と楽しく過ごしたいから。旅を始めてまだ一か月も経っていないけど、世間知らずな私とヨウにとって世界は面白い事ばかりだ。
「さぁ、行きましょうか」
雪に向かって手をかざし魔力を放出する。すると雪は渦を巻きながら私の望んだ生物の形になっていく。ものの数秒で雪は六匹の白い狼となり、狼たちは気合十分といった風に遠吠えをした。これが私の冷気を操る魔法の力。私たちの身を守る力にも、こうやって旅を手助けする力にもなってくれる。
「はーい、みんなこっちだよー」
ヨウが手を振って呼ぶと、狼たちは彼女めがけて走っていき、目の前でお利口にお座りをした。もうすっかり懐かれているなと、仲良しな我が子と相棒を見て笑みが漏れる。宿の前に置いておいた犬ぞりに六匹の狼を繋ぎ、この町を出た。町を出れば見渡す限りの雪原が広がり、少し目を凝らせば背の高い針葉樹林や険しい山脈が見えた。
「今日の目的地はあの山の麓の村よ」
「結構かかる?」
「日が暮れる前には着くわよ」
「え、それまでずっとこの犬ぞりの上?」
「たまに休憩はするけど、そうね」
「やだー! 退屈! なんか暇潰ししたい!」
「雲の数でも数えてなさい」
この犬ぞりは私が魔法で出した狼が自律的に思考して引っ張っているから、私が操る必要はなく基本的には自動運転になる。ヨウの暇潰し相手になること自体は可能だが、ずっとヨウのテンションに付き合わされるのは疲れる。彼女の相手を大自然に任せ、私はもしもの時に備えて周囲を警戒しておくことにした。
目的地は世界で最も美しくオーロラが見えるというこの国の最北端、ダイヤモンドホライズン。ヨウの言う通り私の髪のような見た目をしているのか、私の髪とどちらが綺麗なのかなんて、今思えば自然相手に何を比べようとしているのかと寝起きのテンションの自分たちがおかしくなってきた。
ともあれ、今回はどんなものが見られるのだろうか。まだまだ遠い目的地に思いをはせながら、白い大地を犬ぞりで駆けた。
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