第4話 赤い煉瓦の街
「……なるほど、そういう経緯であの規模の魔法を使ったのですね」
雪崩を魔法で止めた次の日の朝。日が登ってすぐに私たちが泊まっていた宿に訪問者が来た。黒いスーツを着た青年は私に昨日何があったかを聞きながら、メモ帳にペンを走らせている。
彼はスノーリアの治安維持部隊「白狼」のメンバーの1人。昨日の夜に私が使った魔法を探知して調査に来たのだ。
「いちいち調べないでいいって上に伝えてくれる?」
「ははは……あれ程の魔力反応はとても無視できませんよ。スノウさんではない別の誰かという可能性もありますし」
「相変わらずお堅いわね」
国によって規模は違うが、スノーリアの場合は国内全域に魔力探知の結界が張られている。そして、誰が使ったかは、都会に張られた高度な結界内で登録済みの魔力を探知した場合にしかわからない。そのため、使用者不明の凄まじい魔力を探知した組織が急いでここに彼を派遣したのだろう。
「それでは私はこれで。お時間をとらせてしまって申し訳ございません」
「いいのよ。ヨウが起きてくるまでの時間潰しにはなったから」
私から一通り事情を聞いた青年は、礼儀正しく一礼をした後、飛行魔法で飛び去った。仕方のないことなのだろうけど、未だに組織の構成員から上官扱いされるのはむず痒い。今はただの旅人なのだから、普段の治安維持部隊と同じように察してほしいものだ。
「まぁ、難しいでしょうね」
あの戦争からまだ一年も経っていない。私をただの旅人として扱えという方が理不尽というものだろう。朝イチからの訪問者に小さくため息をつくと、白く染まった吐息は天に登っていった。
○○○
ヨウが目を覚まして一階に降りて来たところで、老夫婦が用意した温かい朝食をいただく。ここで採れたという野菜を使ったスープを飲むと身体がポカポカとして、数時間の雪原の移動もこれでヘッチャラだ。
「お世話になりました」
「すっごくいい宿でした!」
朝食を食べ、身支度を終えた私たちは出発の前に老夫婦にお礼を伝えた。ヨウのせいで金欠だったが、この老夫婦のご厚意で信じられないほど安い料金でいい夜を過ごせた。雪崩を止めるという無茶をした身体も、ふかふかのベッドですっかり回復した。
「いいのよぉ。若い子たちと話せて私たちも元気をもらったから」
「無事を祈っとるよ。元気でな」
「はい、ありがとうございます」
「おじいちゃん! おばあちゃん! またね!」
優しい老夫婦に別れの挨拶をした私たちは、私が魔法で用意した犬ぞりに乗って村を後にした。
犬ぞりに乗って大体3時間。周囲の景色は何もない雪原から民家がところどころ見え始めるようになり、馬車や通行人とすれ違うようになった。
「この辺りにしましょうか」
人通りが増えてきたので、犬ぞりから降りて長距離移動用の狼たちの召喚を解除して雪に戻す。目的地まであと三キロほど。ここからは旅人としてしっかり歩くことにした。
「……毎回思うのだけど、こうやってわざわざ徒歩にする意味ある? 私なら魔法で馬車だって作れるわよ」
「わかってないなぁ。旅といえば徒歩! 歩いて景観を味わってこそ風情があるってものだよ」
「ふーん」
徒歩で移動することでゆっくりと街の景色を見ることができるし、人々の会話から街の息遣いというのも分かってくる。ヨウが言っている風情というのはそういうことだろう。ただ、お気楽なヨウがそんな機微を兼ね備えているかというと少々疑問は残る。
歩きに切り替えてから30分と少し。スーツを着た魔法使いたちが常に警戒心を張り巡らせる関所を通過した。
関所から出た先に広がった景色は、雪が積もる赤煉瓦の街だった。
「ふぅ……やっとついたわ」
「おぉ、ここがレッドブリックスかぁ」
街の建物はほぼ赤レンガで造られていて、雰囲気に合ったガス灯が街路に並んでいる。道路も石レンガが敷き詰められていて、この街の景色は赤と白と灰色で構成されていると言っても過言ではない。
お察しの通りこの街はレンガが名産品で、レンガの生産を基盤に発展した都市だ。レンガから感じるレトロな雰囲気が好評で、観光地としての人気はもちろんのこと、別荘地としても人気を博している。
「さてと、さっそくあいつのところに……」
「スゥゥゥゥノォォォォォォ!!!」
この街には稼ぎと宿の当てがある。その人物の住む場所に向かおうとした瞬間、聞き覚えのある、そしてできれば会いたくない人物の声が聞こえてきた。反射的に声がした方向を向き、該当の人物を避けようとしたが、それを察した彼女は強化魔法でスピードを上げて私に勢いよく抱きついた。
「いったぁ!」
「久しぶりだな!! マイエンジェル!!」
私に激突した彼女からガシャンという人間からはしない金属音を鳴り響く。文字通り鉄の塊がぶつかった私は痛みを訴えながら地面に倒れた。
「サイボーグが勢いつけて抱きついてくんな! 痛いのよ!」
「ごめん! 久々の再会に舞い上がっちゃった!」
以前会った時と一切変わらない、肩にかかる肌の長さの水色の髪、動くたびにカチャカチャと金属音を鳴らす私を見下ろす長身、生命の温度を感じない不気味なほどの白い肌、ただでさえ他人の目を引く彼女は、突然人を押し倒したせいでさらに注目を集めている。
「改めて久しぶり!! スノウ様!!」
彼女の名前はガブリエラ・クリスタル。身体を機械に改造し、私を超える出力を得た氷の魔法使いだ。見ての通りクリスタは私を尊敬している。……少し前は狂信と言っていいほどで、それを国に利用され、私とヨウが出会うきっかけとなった事件で戦うことになった。
その件からいろいろあって今は(前と比較して)落ち着いている。前の戦いで魔力駆動部がイカれたせいで以前ほどの出力は失っているが、今でも魔法使いとして最高クラスの実力を持っている。
「クリスタ、とりあえずどきなさい」
「えー、このまましばらく再会のハグを楽しみましょーよー」
「アンタねぇ……」
私はハグくらい別に問題ない。しかし、この忠告はクリスタの身を案じてのものだ。
「クリスタ? スノウが嫌がってるよ?」
「あっ、太陽様! お久しぶりです!」
「はやくどけて?」
「んがあぁぁぁぁ!! アツイ! やめ、やめて!! 熱の魔力を機械に流すのやめて!! オーバーヒートする!!」
クリスタは悲鳴をあげて身を捩りながら私から離れた。相変わらず私の相棒は独占欲が強いみたい。知っている人とはいえ、少しハグしただけで容赦なく熱の魔力を流し込んだ。あれをされたら体が熱くなって悶え苦しむことになる。こうなることが分かっていたから忠告したのに。クリスタの察しの悪さは相変わらずだ。
「で、なんでアンタが待ち伏せしてたの。ここに来るって連絡はしてないんだけど」
「昨日少し遠くでスノウ様の魔力を感知したの。それでもしかしたらこっちに来るんじゃないかと思ってずっと待ってたの」
「……え、いつからここに?」
「魔力を感知してからずっと!!」
「本当にこの子は……」
あらゆる意味で真っ直ぐというか、単純というか、こういう所がクリスタのいいところだけど、その感情を向けられるこっちからしたら困る部分もある。
「ミリィはなんて……?」
「来たら連れてきてね、だそうです!」
「ちゃんと面倒見なさいよ……」
この街の稼ぎと宿の当てである旧友の保護者責任の放棄に頭を抱える。サイボーグ化しているとはいえ何時間も寒空の下に女の子を放っておくんじゃない。まぁ、慣れない道に迷う心配がなくて助かるけど。
「ミリィにはいろいろ言いたいから、とりあえず案内して」
「はい! スノウ様! ヨウ様! こっちです!!」
クリスタは元気よく手を振りながら笑顔で私たちを先導する。赤い煉瓦の街、レッドブリックス。元気すぎる知人の歓迎から、ここでの慌ただしく、思い出に残る日々がはじまった。
君とゆく世界は~最強な魔法使いと気ままなお姫様が幸福と愛を育む二人旅~ SEN @arurun115
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