第3話 雪崩
私にキスをした後、スノウは寝る前にやり残していた歯磨きと着替えを済ませた。これで安心して熟睡できる。明日起きたらレッドストーンタウンまで犬ぞりを走らせて、そこに三日間滞在する。観光も目的の一つだが、一番の目的は路銀稼ぎ。スノウにはあてがあるようで、足りない場合はもう少し長く滞在することになるそうだ。
そうやって寝る前にこれからの計画を話していた時だった。ゴゴゴと地面が揺れる。地震かと思ったが、この揺れ方は何かが違う。いったい何が起きているのだろうかと私が考えていたら、スノウは突然立ち上がり、窓から飛び出していった。
「スノウ!?」
スノウを追うように窓から顔を出すと、私もこの地響きの原因を理解した。
「やば……」
山が大きく崩れ、凄まじい地響きと轟音を伴って大量の雪が村に向かって駆け下りていた。雪崩だ。一目見ただけで村をすべて飲み込んでしまうと簡単に予測できるほどの規模で、今から村の人を逃がそうとしても間に合わないだろう。
しかし、そんな絶望的な状況にあってもスノウは冷静だった。雪が降り積もった地面の上に堂々と仁王立ちをし、深呼吸をして集中力を高めた。すでにスノウの周りには空色の魔力が立ち上っており、その魔力につられた精霊たちが彼女を中心にして楽しそうに踊っていた。闇夜の中で澄んだ空色のオーラが輝き、青白い光球がその周りをふわふわと漂う。幻想的なスノウの姿に、危機的状況でありながら見惚れてしまった。
魔術を嗜むものがこの光景を見たら卒倒すること間違いなしだろう。一流の魔法使いであっても、精霊を一体呼び出すために多種多様な魔術的儀式の補助を受け、何時間もかけて高純度な魔力を練ったうえで、気まぐれな精霊たちに好かれなければならない。しかし、スノウの場合はほんの少し集中して魔力を練れば、気まぐれな精霊を余すことなく魅了してしまう魔力が練れてしまう。それも、魔力が輝きとして実体化してしまうほど。
「ヨウ、ちょっと無茶する」
スノウを追って窓から飛び降り、雪が足首のあたりまで積もった地面に着地する。私の姿を確認したスノウは姿勢を維持したままそう言った。
「思い切りやって大丈夫だよ。だって、私がいるから」
「ふっ、そうだったわね」
心配はいらないとスノウにウインクをしたら、彼女は緊張が解けたように笑って、練りだした魔力を手元に収束させた。
「総てを悠久に封じ込める悪魔の息吹。夢幻と永遠を与える神の祝福。我が名はスノウ・ヴェリア・アリオストロ。氷雪の魔女であり、雪原の化身である。凍てつく大地の精霊よ、我が声を聞け。我が声に呼応し、白の世界の扉を開け」
スノウの言葉に応じるかのように収束した魔力が弾け、天を覆うほどの巨大な青白い魔法陣が出現した。夜を照らすまばゆい光が降り注ぎ、地上から魔力が輝きとなって溢れ出した。
「完全詠唱。天上位階氷雪魔法、スノウリア・ブリザード」
青の光に染まる幻想的な光景の中で、スノウは魔法を放った。
魔法の極致である天上位階魔法を、精霊と言葉を交わすことで威力の底上げをする完全詠唱を行ったうえで発動する。それも、スノウという世界を揺るがす最強の魔法使いが精霊を魅了する高純度の魔力でだ。
その魔法の威力を形容する言葉はこの世に存在しないだろう。
「……万事解決ね」
地響きが鳴り止み、輝きとしてあふれ出た魔力も消え、静寂と暗闇に包まれた夜が帰ってくる。山を見上げれば、そこには巨大な氷塊が山の七合目を囲うように佇んでいた。麓をすべて埋め尽くしてしまうほどの雪崩をたった一人の魔法使いが止めて見せたのだ。伝説として神話に残しても文句は出ないだろう。
「スノウ、お疲れ様。やっぱりスノウはすごいね」
その場に立ち尽くすスノウに駆け寄り、ねぎらいの言葉をかける。スノウはあの地響きだけで雪崩が起きていると察知し、一人で全部終わらせてしまった。寝つきが良い人は雪崩が起きたことすら知らないだろう。そんな村の英雄の頬に触れる。彼女の体はまるで氷のように冷たくなっていた。
大規模な魔法を使えば使い手にそれなりの反動がある。神に近しい規模の魔法となれば、冷気に耐性のあるスノウでも無事では済まない。
こんなに冷たくなってもスノウは死んでいない。ほんの少し待てば少しずつ動けるようになるだろう。でも、体が凍えて苦しいことには変わりない。
「いま助けるね」
体が冷え切ったスノウは私の声に反応して小さく頷く。小さい呼吸は白く染まり、華奢な体が小刻みに震えている。白い頬に手を添えて、まともに動けなくなっている彼女の唇に口付けをした。
彼女の唇に触れた瞬間、まるで氷を口に含んだ時のような冷気が私の体にも広がる。でも、スノウが感じている冷たさに比べればどうってことない。長く、そして熱烈に口付けをする。
これは別に弱っているスノウの隙をついて欲望を解放しているわけではない。いや、スノウとのキスは好きだから、ちょっとキスを過激にしてるっていう部分はあるけど。
私がこうやってスノウにキスをしているのは、私の魔力を分け与えるためだ。私は無尽蔵に熱の魔力が湧き出る特異体質を持っている。私自身の魔法の技術は高く無いけど、熱に関する魔法なら無制限に使用できる。私はこれを応用して魔力を分け与えることで、同時に熱を分け与えることができる。
これにより冷え切ったスノウの体を温めているのだ。神に近しい魔法を使えるが、その規模の魔法を使えば体が凍るスノウと対象にネタを無限に与えられる私は相性抜群だ。私がスノウに熱を与え続ければ、さっきのような魔法も打ち放題になり、ただでさえ最強なスノウは私の力によって無敵になる。
「ぷはっ、これで大丈夫よ」
「……ん」
冷えた体が温まり、スノウは自由に動けるようになった。もう深夜だし早く寝ようと、スノウの手を引いて部屋に戻った。部屋に戻る途中、地響きで目を覚ました老夫婦に声をかけられたけど、大丈夫ですよと一言だけ伝えて2階に上がった。
ドアを開けて、突然のトラブルに対処して疲れた身体を癒そうとベッドに飛び込むと、何故かスノウも同じベッドに入り込んできた。
「スノウはあっちだよ」
「……いじわる」
「どうかしたの。まだ体が冷たいの、んっ」
一緒にベッドに入り込んできたスノウの方に体を向けた瞬間、問答無用で唇を奪われた。突然のことに焦る私を置いて、スノウは深い深い熱烈なキスをする。キスは呼吸が苦しくなるまで続き、私が限界だとスノウの肩をタップすると、スノウの唇が離れた。
「い、いきなりなに?」
「……キスで魔力を受け渡すのは別にいいけど、あんなに深くする必要はないでしょ。だから、お返し」
「お返しって、罰として? それともご褒美?」
「……ヨウの好きなように考えて」
スノウは頬を赤く染めながらそう言うと、私をギュッと抱きしめて目を瞑ってしまった。一緒に寝たいなら素直にそう言えばいいのにと思いつつ、愛おしい相棒を抱きしめた。
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