第6話 まずガレージより始めよ

 古本事業はフランチャイズ展開まで持っていったから、何故か崇拝じみた忠誠心を持つとある社員に任せることにした。確かに就職が難しい時代で恩を感じるのはわかるが、そこまで俺を信頼しているのは逆に怖かった。


「任せて下さい!日本連邦で一番のフランチャザーにしてみせます。」


「いや、現状維持でいいから。」


 彼女はうち以外で何の経験もないから、維持出来れば良いと伝えておいたが不安だ。


 とにかくこれからは本当にやりたいオンライン書店に注力する。せっかくだしガレージから始めるっていうのは格好良いと思ってた。ただ樺太州の気候を舐めていた。この小さなストーブではガレージを温めることは不可能だった。


「寒すぎる……。」


「お金があるのに何でオフィスを借りないんですか?」


「格好良いから。」


「……風邪ひきますよ。」


 神野さんはそう言いながら毛布をかけてくれる。その暖かい手と柔らかな毛布にお礼を言った。思えばこのガレージも彼女の力があってこそ借りられたから本当に頭が上がらない。


「二人とも仲がいいね~。私も混ぜてよ。」


「というかお姉ちゃん、何を持っているんですか?」


「ん? これはドアだよ。」


 さもそれが当然であるかのように彼女は答える。


「……一応聞きますけど何に使うんですか?」


「これからこのドアを机にするの。やっぱガレージはDIYする場所だよね~。」


「は?偉大なベンチャーの出発点だから。」


「ガレージをどんな場所だと思ってるんですか!?二人ともおかしいですからね。」


 おかしいのはどう考えてもドアを机にするとか言ってるお姉さんだと思うが。俺は神野さんには頭が上がらないから何も言わないことにした。


「ところでさ悠月君、毛布よりもあったかくなる方法知りたい?」


 俺は寒いから反射的に頷いた。


「お姉ちゃん、人肌とか下らないこと言ったら叩き出しますからね。」


「ソ、ソンナコトナイヨ。」


 図星だったのかぎこちなく彼女は答えた。


「そのぐらいなら別に良い。」


「「えっ?」」


「篠宮様、また教育が必要みたいですね。あのナンパしてきた娘のことを忘れました?」


「ふーかは硬いね〜公私混同しても良いんだよ。」


 紗華お姉さんはそう言いながら、俺の腕を抱いて暖めようとする。まずいことになった、また神野さんが絶対零度の目で俺を見ることになる。


 そう思って確認すると彼女は顔を赤くして、しどろもどろに戸惑うばかりであった。俺と彼女の目が合う。


「……離れて下さい。」


 最後の理性で絞り出したのか、か細い声で俺と紗華お姉さんに言う。


「……仕方ないな〜。」


 やっぱりこの人は苦手だ……。


「ならさ悠月君、もっとPCを酷使してよ。そうすれば暖かくなるから。」


「お姉ちゃん、……寒すぎておかしくなりました?」


 紗華お姉さんはもっと馬鹿なことを言っている。


「ていうか悠月君、意外と策士だよね。」


「何が?」


「このオンライン書店って誰でも真似できるから、資金力とブランドがものを言うビジネスでしょ?」


 ……これだからこの人は怖い。しかも彼女はこの後、俺が書店のノウハウをフランチャイズ先から逆に学んでいたことも突き止めた。


「君は古本事業と合州国の投資で資金力をカバーした。後は知名度をどうするの?というか名前は?」


「古本事業と同じ名前ではないんですか?」


「別ブランドにするし名前はもう決めてある。ふたりともせっかくだし外に出て見て欲しい。」



 神野さんに車を走らせて俺は由来となった景色を彼女達に見せることにした。というか彼女のスポーツカーは二人乗りだから、俺は紗華さんの上に乗る羽目になった。


「ここで止めて欲しい。」


「ここですか?確かに二人でたまに通りますけど……何かありました?」


「ふーか……もしかしてドライブデートしてたの?」


「公務なので守秘義務が……。」


「ふーかはプライベートでも悠月君といるよね?」


「……忘れました。」


「……ほらふたりとも、もうすぐだから見てくれ。」


 輝かしい太陽は遠ざかりつつあった。暖かい光が山々の稜線をなぞり、徐々に色彩を変えていく。最初は淡いピンクが頂上を包み込み、次第に深いオレンジへと変わっていく。


 山岳の彼方、遠くに広がる空は、深い青色に包まれている。そこに赤く輝く山々が映える。それはまるで、夢幻の風景のようだった。


「サイト名はさ、Alpenglowに決めた。」


「この景色こそまさにAlpenglowそのものですね。」


 ひとしきり景色を眺めていると、紗華さんがカメラを持ってきた。


「良い絵になりそうだしさ、二人の写真を撮ってあげるよ。」


 彼女はあれこれ俺たちに指示を出す。


「そう悠月君は立ったままで、ふーかは座って。二人とももう少し近づいて……。」


「はい、チーズ。」


 お姉さんは凝り性なのか三回もとる羽目になった。それにしても写真は久しぶりだ。元の世界でもあまり写真は取らなかったがこの時代に来てから余計にそういった機会は無くなった。


「紗華お姉さん、どんな写真になった?」


「気が早いな~。これから写真屋さんで現像しないといけないからもう少し待ってて。」


 彼女はそう言ってフィルムを巻いてカメラをしまった。つくづくアナログな時代にきたと実感してしまう。



 さて実はもう一つ行きたい所がある。彼女は写真屋に向かうと言ってついてこなかったので俺と神野さんは久々に二人きりになった。


「突然二号店に行きたいなんて珍しいですね。」


「あの娘には思い入れがあるから……。」


 かつて俺をナンパしてきた娘はお店を手伝っていた。彼女の親が俺たちのFC契約を受けてくれたことは今でも覚えている。


「遠目に見ているだけでいいんですか?」


「……神野さんのことだから、すぐに引き離すかと思った。」


「篠宮様、私だって感情を抑えられます。警護官として男の子の願いはできる限り尊重しなければなりませんから。」


「……ありがとう。やっぱり会いに行くか。」


 俺はお店のドアを開けて中に入る。少女は俺に気づいたのか、小さくはにかんでこちらに手を振った。


「来てくれたんだ!」


「本当は何回か来てたけど、会えなかったからな。」


「僕も普段は小学校に行ってるから仕方ないよ。」


 彼女の両親とは何度も話したが、この娘と話すのはいつぶりだろうか?


「ねえ、こんな月並みな言葉しか言えないけどさ……本当にありがとう。」


「扱う本もお店も変わってしまったけど、前よりお客さんは増えたしお母さんもうれしそうなんだ。」


「ビジネスだから気にしないでいい。」


 やっぱり、彼女は笑顔の方が似合う。良かった。これで気兼ねなく次のステップに進める。次のECサイト事業で時代の風に乗ろう。インターネットという巨大な奔流に身を任せて更なる高みへ行く。時代に勝つために。


「篠宮君はさ、彼女とかいるのかな?」


 突然の言葉に俺は少し現実逃避で昔を思い出した。そういえば彼女はこういうバイタリティのある子だった。


「ストップです。黙って見ていましたがこれは一線を超えています。」


 神野さんは俺と少女の間に割って入る。


「神野さん、心配しないでいい。」


「今はいないけど……友達からじゃだめか?」


「うん!なら今はまだ友達ね!」


 彼女がごく自然に小指を俺の前に差し出してきたから俺はつい小指を結んで約束した。


「約束だよ。」


 俺はただ黙ってうなずいた。その後は彼女の両親と少し話していくつかの疑問点をつぶしておいた。そして今は神野さんと俺はガレージに帰っている。


「多少は成長しましたが、篠宮様は押しに弱いですね。」


「それは神野さんもだろ。」


「そうですか?あまり身に覚えはないですけど。」


「……風華。」


 俺が名前で呼ぶと神野さんは頬を赤らめた。


「前言撤回します。成長してないです。」


 俺がからかえるぐらいの彼女がやはり良い。


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とても簡単な用語解説

EC…Electronic Commerce日本語では電子商取引


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