第5話 好奇心猫を殺す

 


「……順調ですね。」


 神野さんは分かりきったことを俺に言う。俺はズルをしてるだけで、本当にすごいのは別の誰かだ。一店舗目はそれなりにうまくいっている。もちろんここに来るまで紆余曲折あったが割愛する。


「まだ油断できない、俺がいなくても集客出来るようになれば完成する。」


「警護の観点から言えば、店頭に立って欲しくないですからね。ぜひともその方向で進めて下さい。」


 彼女は仕事を方便にしているだけで、独占欲が強いだけなのではないかと時々思う。


 俺は次の事業に備えるべくとある一室でパソコンの練習をしていた。この時代はGUIではなくCUIだから文字を打って操作しなければならない。


「神野さん、ここの操作分かるか?」


「……私に聞かないで下さい。」


「もしかして機械とか苦手?」


「……実は本部への報告書も全て手書きです。ワープロでしたっけ?あれも良く分からなくて。」


「そういえば、いつも字が綺麗だなって思ってたけどそういうことか。」


「……字がの後に何て言いました?」


「綺麗だって。」


「男の子が軽々しく女性を褒めたら駄目ですよ?すぐにその気になりますから?」


 手で顔を隠して言う、彼女には何の説得力も感じなかった。


「綺麗なものを綺麗というのは当然のことだろ?」


「……。」


 彼女がしばらくフリーズしてしまった。そして話題は変わる。


「そういえば篠宮様、頼まれてたペーパーカンパニーを合州国に作っておきましたよ。」


 これでITバブルへの備えも出来た。着々と準備は整いつつある。


「合州国か、いつか行ってみたいな。」


「何か見たいものがあるんですか?」


「自由の女神と後は……。」


「後は?」


「未来の大企業かな。」


 もうすぐ彼らも現れるだろう。それまでにできる限り資金を集めて、少しでもこれから待ち受ける苦難に備える。


「……それはいい夢ですけど、男性の海外渡航は許可が必要ですね。」


「紗華お姉さんは普通に遊びに行ってたけど駄目なのか?」


「男の子ですから。どうしても嫌なら結婚するか、素直に許可を取るかです。」


「結婚は何歳から出来る?」


「今は気にしないでも大丈夫です。というか誰とするつもりで尋ねました?」


 会話に脈絡が無かった。どんだけ気になっているんだよ!?まぁ、こんな世界だから仕方ないか。ただ面白そうだからからかうことにした。


「紗華お姉さんって良い人だよな。」


「」


 空気が凍った。おかしいな樺太州は確かに冷涼な土地だがここまで寒くはないはずだ。彼女は変わらず笑顔には見えるが、暗い目がただ俺を見つめていた。


「……冗談だ。」


「ええ、分かってましたよ。」


 その時だった。ドアが勢いよく開かれて、彼女の姉が入ってくる。ちなみに紗華お姉さんはフリーターで暇だったようなので、今は俺が雇っている。


「話は聞かせてもらった!悠月君は年上の魅力が分かってるね。」


「お姉ちゃん、私も年上だから。」


「ふーか、ただ年齢を重ねただけで魅力的な年上にはなれないからね。」


「魅力的な年上……?鏡を見て言って下さい。」


「うっ……悠月君、ふーかが厳しいよ。」


 神野さんはお姉さんへの評価が低いようだが、俺は高く評価している。


「そんなことよりさ、二号店のFC契約が取れそうだよ。」


 ……良かった。これであの娘も多少は笑ってくれるだろうか。


「やっぱり、紗華お姉さんは良い人だな。」


 また空気が凍てついた。少し考えなしだった。



side ???


 うちの社長は変わっている。お店に来た人は彼のことを手伝いの子供としか思っていない。でも彼は一国一城の主で、しかもうまく拡大させてる。『小さいのに偉いねー』、『お手伝いしてるの?』そんな風に話しかけられている彼は何を思っているのだろう?彼と同じくらいの女の子がキャーキャー騒いでいるのを見ると、対照的に落ち着いている彼の思考が気になる。


 社長の評価をバイト仲間に聞いたことがある。『男の子にしては頑張ってる』とか『社長というよりバイトリーダー?』みたいな厳しい意見から『私が見た中で一番の男の子。フリーターだった私を拾ってくれた。この恩を返すまでは付いて行く』みたいな崇拝じみた意見もあった。


 それで今は創業メンバーの神野姉妹に尋ねている。


「紗華さんは社長のことをどう思いますか?」


「んー、悠月君か。からかいがいのあるちょっと静かな子かな?」


「お姉ちゃん、仕事的な評価を聞きたかったんじゃない?」


「……それだったら、行き当たりばったりに見えて、実は計算してる気がする。」


「私にはそんな風に見えないけど……。」


「ふーかは悠月君の良いところが分かってないな〜。」


「私のほうが分かってます。一緒にいた時間が違いますから。」


 バチッと火花が散りそうで、私は話題を変えることにした。 


「……風華さんはどうですか?」


「……強いて言うなら、ギャンブルじみたリスクの大きいことはして欲しくないですね。」


「えっ?ふーか、悠月君はそんなことしてないでしょ?」


「……お姉ちゃんは合州国で彼がどんな投資をしてるか知ってる?」


「合州国?何の話?」


「実は……。」


 そこからの話は専門用語が多すぎて覚えていない。ただ私でも分かるのは、隕石が地球に落ちる位の途方もない確率を当て続けているということだけだ。



「まぁ、こんな感じの評価でしたよ。」


「……ありがとう。」


「どうして、このようなことを?」


「単に気になっただけだ。」


 不思議な人だ。こんな不景気でも事業は上り調子で、投資家としても優秀な面もある。風華さんは投機家と称していたが、私にはよく分からない。……私達以外いない部屋で向かい合って報告をしているが、彼はこの状況を何とも思っていないのだろう。


「……全く関係ない話ですが風華さんと紗華さんどちらが好きなんですか?」


 私は言わざるを得ないことを口にする。


「……どうしてそんなことを尋ねる?」


「気になっただけです。」


 私がそう返すと、彼は自身の発言を思い出したのか少し考えてから口に人差し指を当てて黙るように伝えた。


 小さな話し声がドア越しに聞こえる。全く、あの人たちは……。


「ふーか、何度やっても同じだって……。」


「お姉ちゃん、静かにして下さい。大事な話ですよ。」


 ……彼はこの状況を理解したのか、私に哀れみの目を向けた。そして少し笑みを浮かべる。


「紗華お姉さん。」


「ほら!やっぱり同じ!」


 彼女達はそう言いながらドアを開ける。そして部屋の中に入った所でまた彼は告げた。


「よりも神野さんの方が好きだな。」


「……そうですか。」


「悠月君!それはひどいって……。」


 彼女の膝崩れ落ちる反応と頬を赤らめる彼女を見ると、不思議な人だと思う。


「どうして二人が外にいると分かったんですか?」


「気になっただけって俺も嘘ついてたからな。」


 ……なるほど。ただ不思議な人というだけではないらしい。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 とても簡単な用語解説


GUI……マウスをカチカチして操作できるインターフェース


CUI……コマンドを覚えて操作するインターフェース


FC契約……フランチャイズ契約。他社にビジネスモデルを教えて自社は本部として収益をあげる。

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