第4話 三人がここにいる不思議

 bookonは前の世界でよく行った店だ。何が優れていたかも理解している。だからあの子の店と同じ立地、ラインナップには出来ない。


 そして何よりも店は買えなかった。至極当たり前ではある。元の世界で言えば、幼女が店ごと買うと駄々をこねただけに過ぎない。


「あはは、そんなことは出来ないよ。本を買ってくれるだけで嬉しいから。」


 彼女はそう言った。神野さんも冗談として受け取っていた。結局、俺が幼い男の子であるからという点に尽きる。自分の社会的属性が、弱さが辛かった。


 だが諦めた訳では無い。まずは着実に成果をあげて俺の信用を上げる。



 それから俺が本気で動き始めて、神野さんは冗談ではないと気づいたようだった。そして彼女は俺のわがままに協力してくれた。さてbookonが既存の古書店よりも優れていた点の一つは店舗デザインとレイアウトにある。 bookonは明るく清潔な店舗デザインと商品の見やすいレイアウトにより、従来の古書店のイメージを一新した。まさに俺が昨日行ったあの子の店は古書店の典型例だ。乱雑に置かれた本、狭くて入り組んだ店、オーナーの好みの本。


 だから俺が借りる店は少なくとも広く清潔で無ければならない。


「樺太不動産……?」


「実はともかく名は樺太州一の不動産企業です。」


「ここにも神野さんは関係があるのか?」


「企業秘密です。」


 契約は不自然なほどにスムーズに出来た。対応したのも偉そうな人だったし何かあるとしか思えない。


「しかしなぜ風華様がここに……?」


「仕事です。」


「……お母様はこのことを知っていますか?」


「いえ。黙っていて下さい。」


「お母様はあなたがお姉さんと同じになると心配しておりました。」


「……姉は元気ですか?」


「さぁ?今どこにいるのやら……とにかく、どうせハコモノは余ってますから。好きにお使い下さい。」


「ありがとうございます。」


 ……明らかに神野さんの方が上の立場に見える。でも本人がはぐらかす以上、この世界では調べるのも一苦労だ。


 樺太不動産、パイプライン、どこに関係性があるんだ?



 さてbookonのもう一つ強みはマニュアル化にある。それは本の清掃や一番大切な買取の方法などの多岐に渡っている。だが全てを覚えていないのだ。

 まただ。あの声が響く度に俺は欲しい情報を得ることが出来る。もう疑問にも思わない。


「どこからこんなビジネスモデルやマニュアルを思いついたんですか?」


「企業秘密にしとく。」


「お互いに秘密だらけですね。」


 神野さんは苦笑していた。


「秘密のある男は嫌いか?」


「いえ……男の子の秘密を探ることはしませんよ。」


「秘密を気にしない……?浮気とか怖くないのか?」


「一夫多妻制のこの国では、正妻が許可したものは浮気になりませんよ。」


 薄々分かっていたけ男女比が1:50だと歪むな。


「それ、おかしいと思ったことはないのか?」


「当たり前のことですよ。」


 普通という言葉はとても曖昧だ。その人の生きてきた環境で全く異なる。


「そろそろビラを配りに行くか。」


「……今はそれでも構いません。」


 かつて、高く買いますではなく"読み終わった本をお売り下さい"このキャッチコピーにしたことで一気に古本を仕入れることが出来たらしい。こういう地道な活動もいつか実を結ぶはずだ。



 俺と神野さんはお店から少し遠い市内中心部に移動した。まず目に飛び込んでくるのは、その市街地が広がる様子だ。ビルのガラス窓は、晴天の青空を反射して輝き、それぞれが小さな太陽のように見える。その明るさはビルの影を暗くし、そのコントラストが都市の美的な風景を形成している。


「えっ何、あの子?」


「小さいのに頑張ってて、かわいい。」


「もしかしてショタコン?」


「違うわ!小さいくてかわいいは正義!」


「これは通報しないと。」


「だから違うって……。」


 周囲の反応は俺が開く店ではなく、俺自身への興味が多い。だが幸いにもビラは受け取ってもらえている。今は兎にも角にも知名度だ。この商売は本を売ってもらって始めて成り立つ。


「神野さんは配らないのか?」


「篠宮様……私の職業を知ってますか?」


「警護官でしょ。」


「その通りです。こんな人が多いところですから警護をする必要があります。」


「……神野さんは真面目だな。」


「よく言われます。」


 彼女は昔を思い出しているのかどこか遠くを見ていた。彼女が周囲への警戒を怠っていたからか、それとも運命のいたずらか。ようやく彼女の秘密の手がかりとなる人物と会うことになる。


「あれ、ふーか?どうしたのこんな所で?」


 その人の目は蒼く、彼女の肌は磨かれた大理石のように色白で、髪は……もう良いだろう。要は神野さんとそっくりだった。歳は一つ、二つは上だろうか?


「お姉ちゃん!?何でここに?」


「んー、暇だったからてきとーに散歩してた。」


 彼女は俺と神野さんを見比べる。


「ほう、ほう……。ふーかはこういう子が趣味なのか。」


「お姉ちゃん、公務執行妨害って知ってる?」


 俺が普段聞いたこともないような声色で彼女は問う。


「公務執行妨害という文字は愚か者の辞書にのみ存在するんだよ。」


 こんなお姉さんがいたから、神野さんは真面目だったのかもしれない。


「……まぁ紹介でもしましょう。私の姉である、神野紗華かんのさやかです。」


「はろー、よろしくね!」


 この手のタイプは少し苦手だ。彼女は屈託ない笑顔で俺に手を振る。


「篠宮悠月だ。よろしく。」


 俺がそう言うと、彼女が自然と手を伸ばすから俺もつられて握手した。


「もしかして、ふーかも握手したかった?」


「別に……そんなことない。」


 俺が見ても分かるほど彼女は不機嫌だった。


「またまた〜ふーかはツンデレだからね。」


 そしてこっちのお姉さんは、からかい始めている。


「というかお姉ちゃんは今まで何してたの?家出してたって聞いたけど。」


「……お店でゆっくりと話そうか。」



 適当なファミレスで話すことになった。こういう所はふたりとも年相応だ。そして家出少女とは思えないほど、普通の格好をしている。


「はい、ふーかにお土産。」


 お姉さんは何の変哲も無い石をテーブルに置いた。


「何?お姉ちゃんふざけてるの?」


「この価値が分からないとはふーかも可哀想に。」


 何かあるのかと思って手にとって見たが、俺には分からなかった。


「これはベルリンの壁だよ。ちょっと行ってきた。」


「お姉ちゃん、どうせ嘘でしょ?」


「今回は本当なんだな〜。家出して海外旅行して散財すれば、私は後継者レースから脱落。後はふーかに任せた!」


「……お姉ちゃんがいない間私も家を出ました。」


「えっ……?嘘でしょ、真面目一辺倒なふーかが?」


「だから家のことはお姉ちゃんに任せます。」


「……もしかしてお母さんと喧嘩でもした?」


「はい。」


「お、終わった……私の悠々自適計画が……。」


 うーん、こいつら絶対に恵まれた家庭なんだよな。ちょっと聞いてみるか。


「さやかお姉さん、神野家について教えてくれ。」


「さやかお義姉さん!?ふーか、まさかもうこんな小さな男子と婚約までしたの!?犯罪だからね!」


「篠宮様、私のことは"神野さん"で姉は"さやかお姉さん"ですか?」


「その方が区別がつくだろ?」


「……。」


「ふーか、もしかして嫉妬してる〜?」


 彼女達は目と目でバトルしていた。姉妹ってもう少し仲が良いと思っていたがどうやら違うらしい。前世の俺は一人っ子だったから良くわからない。


「ていうか神野家について教えてくれ。」


「ふーか、まさか教えてなかったの?」


「お姉ちゃん、言ったら怒るよ。」


「かわいい妹と男の子の頼みどっちを優先すべきかは分かりきってるでしょ。」


 これは流石に駄目か。まぁいつか信頼してくれたときに話して貰おう。


「悠月君、聞いて驚く無かれ!神野家は樺太州一の地方財閥で……。」


 その返答で話すのかよ。俺が呆れていると、俺の耳が神野さんに塞がれた。後のことは良く聞こえなかった。



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とても簡単な用語解説


樺太不動産……オリジナル企業。説明はストーリーの都合上、略。


地方財閥……東京、横浜、大阪、神戸以外に本社のある財閥を指す。

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