第5話 エロ本から始まる異世界転移

 モモちゃん。俺を〈ゴーくん〉と呼ぶ女の子はこれまでの人生の中でモモちゃんだけだ。それをどうしてあの女の子が?



「ゴーくん!」


 まただ。何でアンタがその呼び名を知って……

 俺は木の上から飛び降りて、声を頼りに女の子を見つけると急いでその隣へと行く。


 俺の学生服を着たツインテールの女の子に顔を近づける。この大きな切れ長の瞳はまさか……



「モモちゃん……なのか?」


 女の子は立ち上がると俺を上目で見つめてコクリと頷く。



「ウソだろ。何でこんなところにモモちゃんが? それに何でエロ本の表紙なんてやってんだよ!」


「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 熊がすぐそこに来てるじゃない」


「~ッ! あとでゆっくり聞かせてもらうからな」


 そう言い残して俺は巨大火熊レッドグリズリーに向かって足を進めていく。



「ゴーくん!」


「なに?」と立ち止まって振り返る。


「頑張れ、負けるな! GOだよッ!」


 その言葉を耳にした瞬間、不思議と身体中にみなぎる力を感じる。さらに両手両足の先には寒々しい雪の結晶が薄っすらと見えたような気がした。



「エロ本の女の子の応援にはバフ効果があるようじゃ!」


 じいちゃんが宙に浮いたまま叫んだがデリカシーの無さに呆れた俺は肩越しに声を上げる。



「エロ本の女の子じゃねぇ。モモちゃんって言え!」


「そうだそうだ」


「いやいや、今そこ!? バフ効果のことを質問せいッ」


 じいちゃんは焦りの含んだ声で言ったが、俺はそれこそお構いなしだった。



「俺はモモちゃんの応援をもらって負けたことは一度も無いんだよッ」


「うらぁぁぁぁ」と気合を込めた声を上げながら、レッドグリズリーに向かって前かがみに突っ込んでいく。



 レッドグリズリーは冷静にこちらを見つめた様子から、『ゴアァァァッ!』という野太い唸り声と共に、狙いすましたようなカウンターの一撃を打ち下ろしてくる。


 それは今までで最速の攻撃。



「ゴーくん!」


 モモちゃんの悲鳴のような声。しかし、俺は前足を軸に身体を背中側に回転させながら水が流れるかの如く自然に攻撃をかわす。そしてがら空きとなったレッドグリズリーの真横に位置を取ると腹の底から声を出した。



滅殺めっさつ爆烈拳ばくれつけんッ!」


 高く飛び上がると、がら空きの急所を目がけて「しゅんごくまんげき」とキメ顔で叫びながらひたすらパンチと蹴りを繰り出すだけの俺の必殺技。


 モモちゃんの応援によって拳と足先に纏った雪の結晶は冷気が具現化したものだったらしく、全ての攻撃がダメージとなってレッドグリズリーのHP《ヒットポイント》を奪っていった。


 百発以上の打撃を叩き込んだ末、レッドグリズリーの身体から炎は消え、林の木々をメキメキと巻き込みながら、その巨大な身体はズーンという低音を響かせて横向きに倒れ、地面を大きく揺らした。


 驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ中、力を出し尽くした俺はその場に尻もちをつく。



「ゴーくん! やったね、カッコよかった」


 それは昔聞いた覚えがある懐かしい言葉だった。見上げた先にはニコリとほほ笑むモモちゃん。伸ばされた手を俺は自然と握っていた。



「サンキュ。でも……勝てたのはたぶんモモちゃんのおかげだ」


 その手を握り立ち上がるとそんな言葉が自然と口をついていた。



「そうじゃぞ。エロ本の女の子の力あってこそじゃ」


 再会を懐かしむ間もなく、じいちゃんもやってきてデリカシーの無いセリフを吐く。



「だからモモちゃんだって言ってるだろ」


「そうだそうだ。次にエロ本の女の子って言ったら、その大事に抱えている本は没収です」


「わ、わかったのじゃ。モモちゃん」


「よろしい~」


 こうしてモンスターの脅威が去った俺たちは、その場を移動。しばらく歩いていると水の音が聞こえてきたので向かってみる。そうして滝つぼへと辿り着いたのだった。



 眼前に流れる滝を視界に入れながら、俺たちは岩場に腰かけた。

 空を満天の星が埋め尽くし、そこかしこで色とりどりの光を発している。



「のう、おヌシ」


「なんだ?」


「十二神を解放してハーデスを倒してくれる気にはなったかの?」


「またその話か。それなら嫌だって言っただろ。とっとと元の世界へ帰しやがれ」


 俺がそんな軽口を叩いていると、横で聞いていたモモちゃんがそっとつぶやいた。



「あたしは……戻りたくないな」


「え、なんで?」


「それは……言いたくない」


「どうやら訳ありのようじゃの」


 それきり誰も言葉を発することができずにいた。一瞬視線を向けたモモちゃんの横顔は何だかとても寂しそうで、それが俺の中に新たな決意をもたらした。



「なぁじいちゃん」


「ん?」


「アンタ、この世界に転移してきた時に、邪神を倒したら『何でも願いを一つ叶えるオマケを付ける』って言ったよな」


「あ、確かに言ったの」


「それ本当か?」


「ワシは神さまじゃぞ。嘘なんてつくわけがなかろう」


「それなら……」


 俺は岩場の上で立ち上がり、夜空に向かって語り掛けるように言葉を紡ぐ。



「モモちゃん、その、俺と一緒の場所に戻るならどうだ? 何となくだけどさ、エロ本のグラビアも好きでやってる訳じゃないんじゃないか。だって、俺の知ってるモモちゃんはそういう人じゃなかったから」


 ほとんど告白みたいになってしまった。一人で顔を赤らめる俺。何か言ってくれ~と心の中で祈っていると、モモちゃんの透き通るような声が聞こえてきた。



「……おじいさん」


「なんじゃ?」


「元の世界に戻った時に、〈私と今の保護者の関係を断ち切って自由にしてください〉って願いは叶いますか?」


「ふぉっふぉ、無論じゃ。ワシに任せなさい」


 じいちゃんの言葉を聞き、俺とモモちゃんは顔を見合わせた。モモちゃんは目に浮かんだ涙を指で拭うと安堵の表情を浮かべる。



「なら決まりだ。邪神を倒してモモちゃんを元の世界で自由にする。俺が動く理由はそれで十分」


「また一緒……だね」



 幼馴染とエロ本の中にいた神さま。


 いきなり連れて来られた異世界で俺は十二神を解放し、邪神を倒し、そして大好きな人を自由に解き放つと誓ったんだ。



 エロ本から始まった異世界転移。

 物語の幕は上がったばかり。

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十二の神と邪神の魔導書《グリモワール》 月本 招 @tsukimoto_maneki

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