第4話 バトルから始まる思い出話

「おい、こんなところに鬼がいんぞ」

「ホントだ。鬼が人のところに来るんじゃねぇっての。気持ちわるっ」


 俺がまだ幼稚園に入園したての4歳で年少組の頃。どこで聞きつけてきたのかは知らないけど、「豪鬼」って名前を面白がった年長組の連中に俺はよくからかわれていた。



「そんなこと言うのやめなよ」


「何だよモモ。お前、鬼の味方すんのかよ」


「そんなの当り前じゃん! それにゴーくんは鬼じゃない。〈ゴウキ〉ってかっこいい名前じゃないか。なのに何でそんな意地悪なことを言うの。ゴーくんに謝ってよ」


 モモちゃんだけは初めて会った時からいつも俺の味方でいてくれた。2つ年上の年長組の女の子で、正義感が強くて大きな切れ長の目をした顔も可愛くて、俺の憧れだった。



「おい、桃が鬼の味方してんぞ。変なのぉ」

「桃太郎のお仕事は鬼退治だろ。なのに、おまえはなんで味方してんのぉ? それに男と女が逆じゃん」

「あはははは! 本当だ。バッカみて~」


 園の年長組の連中はお構いなしだった。むしろ、モモちゃんが俺をかばう度に面白がってはやし立てた。顔を真っ赤にしてムキになるモモちゃんを数人が矢継ぎ早に攻め立てる。


 ただ俺のことを一生懸命守ってくれようとしているだけなのに、どうしてモモちゃんが意地悪なことを言われなくちゃならないんだ。それだけはさすがに耐えられなかった。


 目の前で手を広げて年長組の連中から俺を守る意思を見せるモモちゃん。その背中が微かに震えているのを見た時に、俺は無意識のうちに言葉を漏らしていた。



「ねぇモモちゃん」


「ん?」


「教えてよ」


「なにをだい?」


「おれはどうすればいいか」


「え?」


「だってコイツらモモちゃんまでバカにしてるじゃん。おれ、最初は我慢しようと思ったけど、もうさすがにムカムカしてきたよ」


「……そうだね。あたしもゴーくんがバカにされるのは許せないな。なんにも悪いことしてないのにね」


「それなら……」


「うん! ちょっと懲らしめちゃおう! やろう。GOだよ。ゴーくん!」


「わかった! こいつらみんな滅殺めっさつだ!」


 俺は我先にとばかりに猛然と掴みかかると、からかってきた全員を次々と投げ飛ばした。大人しくなるまで何度も何度も。


 そいつらは結局、最後は全員大泣きしてたけど、俺とモモちゃんは悪者を成敗したような気分になって上機嫌だった。



 泣き叫ぶ連中を放っておいて、それから俺とモモちゃんは園の外にある小高い丘に二人で登った。丘の上からは遠くに海が見えた。二人で立ったまま水平線にかかる雲を見つめていると、モモちゃんが突然俺の手を握ってきた。



「ねぇ、ゴーくん」


「え? あ……なに?」


 暖かな春の日差しを緩い風がふわりと運ぶ。モモちゃんの柔らかそうな髪が揺れていた。



「さっきはありがと。ゴーくん強いんだね。やー、カッコよかったなぁ」


「あ……あれはその、おれんち道場やってるから」


「そっか。凄いね。カンフーってやつ?」


「いや、カンフーじゃないけど。総合格闘技って言うんだ」


「ふ~ん、初めて聞いた。でもとにかく凄かったよ」


 サラサラと風に揺れる髪をモモちゃんは俺の手を握る反対の右手でかき上げた。海を真っすぐに見つめるその横顔を俺はボーッと眺めていた。



「ゴーくん」

「あ、うん」


 突然こっちを向いたモモちゃんにびっくりして、俺は視線を逸らすように思わず下を向いた。



「あたし、決めたよ」

「んと、なにを?」


 一呼吸置いてモモちゃんは言った。



「キミをずっと応援する。わたしはずっとキミの味方でいる」


「え? なんで急にそんな」


「だって、そうしたいって思っちゃったんだもん。それにさ、キミのことは初めて会った時から何だか放っておけないんだよね」


「えと、それってその……おれのことがその――」


「だいすきだ」


 そう言ってニコッと笑ったモモちゃんの顔は今も忘れられない。その笑顔は海面に反射する太陽よりもキラキラしていた。俺は初めての告白に頭の中が熱くなって、上手く言葉が出せずにいた。



「お……」


「お?」


「お……おれもすき。モモちゃんのことがだいすきだ」


「うん」


「だから……」


「うん」


「ずっと、その……」


「うん」


「一緒に……」


「うん。わたしたちはずっと一緒! 約束だよ」


「……うん、約束」


 その日から俺たちは毎日のように一緒に遊んで過ごした。今思えばそれは夢のような時間だった。


 けど、モモちゃんが卒園して小学校に上がる前。

 モモちゃんは俺の前から姿を消したんだ。

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