第3話 叫び声から始まる異世界バトル

「この先にモンスターの気配がする。もう少しじゃ」


 走り続ける俺の横で、エロ本を脇に抱えたじいちゃんが空を飛びながら並走していた。てか、一体どんな理屈だよ。アンタ実体を伴ってんのか? いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。とにかく急がねば。



「見えたぞ。あの大木の根元。女の子がモンスターに追い詰められておる」


 鬱蒼と木々が茂る林を抜けたその向こう。俺の視界にもはっきりと見えた。ただし、見えたのは大きなモンスターの背中。月夜に照らされた赤い毛並みの周りには薄っすらと炎が浮かび上がっている。



「あれは火属性のモンスター、〈レッドグリズリー〉じゃ。ただし、この世界で初めて戦うには相手が悪すぎる。女の子を助けることだけに集中するのじゃ」


「初めて戦う相手にそんな器用な真似はできないっての」


 俺は加速をつけてレッドグリズリーの背面に飛び蹴りを喰らわせる。ミシッと言う感触が足裏を伝ってやってくる。普通の大人ならこれで失神ものだがどうだ。



『ぐあ?』


 と、とぼけた声を出し、レッドグリズリーは俺の方を振り返る。



「おい、じいちゃん。全然効いてないっぽいぞ」


「だから相手が悪いって言ったじゃろ。先に女の子を助けるのじゃ」


「しょうがねぇな。ラジャーだぜ」


 立ち塞がるレッドグリズリーに向かってダッシュで迫ると、その手前でスライディングを敢行。ヤツの股の間をくぐり抜けた。



 大木の根元に飛び出すと、女の子が両腕で身体を抱えながら涙目で震えていた。


 って、何だよこの格好は!?

 辺りは月明かりが差し込むくらいの光量しかないため、薄暗くて顔はよく見えないけど、白い水着にツインテールの胸の大きな女の子?


 この女の子ってまさか……



「ウヒョー! エロ本の女の子じゃ」


「じじいッ! テメーにはデリカシーってもんが――」


「危ない! 後ろ!」


 女の子が叫ぶ。俺は彼女を両手で抱えてレッドグリズリーの一撃をジャンプで交わす。振り返ると大木には激しい爪痕が刻まれていた。



「あっぶねぇ、助かったよ」


 そう言いながら俺は学ランを脱いで彼女に渡した。



「これ……?」


「あぁいや、そんな恰好じゃ寒いだろうし、あのじじいみたいな変態の視線も気持ち悪いだろうから、よかったら羽織っててくれよ」


 もちろん本音なのだが、言っているうちになぜか妙に照れくさくなって、人差し指で鼻の頭をポリポリとかく。



「……ありがとう」


「別にいいって。それよりもここは危険だ。アンタは安全な所へ逃げてくれ」


 俺は女の子を前にして精一杯格好をつけた。でも、これで心置きなく戦えることも事実。



『グォアァァッ』


 ドスンドスンと低音に合わせて地面が揺れる。視線を音の方へと投げると四つ足でレッドグリズリーが向かってきている姿があった。その予想を超える移動速度に面を喰らう。


 そのまま走って突っ込んでくるかと思ったら次の瞬間には二本足で立ち上がり、その巨大な姿に視界のほどんどが覆われる。


 しかし攻撃パターンは単純だ。どうせ左右のどっちかで殴ってくるくらいだろ、と思った刹那。予想通り、左手を大きく振りかぶって斜め上から振り下ろしてくる。



『ゴァァッ』

「そぅら来た!」


 間合いは見切っていた。鋭い爪を携えた左手が俺の前を抜けていく。が、その手には大きな炎がまとわれていた。


 直前でその事実に気づくも攻撃速度が速く、炎まで交わしきれない。必死にのけ反るが胸に炎が直撃。Tシャツに着火し、胸が焼け焦げる音と臭いが五感を駆け抜けた後、強い痛みと熱をそこに感じる。


 慌ててTシャツを脱いで放り投げると、レッドグリズリーの返しの右手が眼前に迫っていた。連続バック転からの宙返りを決め距離を取る。すぐに立て直しを図るべく一旦その場から避難。近くの木に登ると木々を飛び移り、ヤツの頭上を越えて死角へと移動した。俺を見失ったヤツは呆然と立ち尽くしていた。



「ホッホッホ。苦戦しているようじゃの」


 木の枝に腰かけて肩で息をしているとじいさんが突然目の前に現れた。



「じじいッ! 人がやられそうなのを見て笑ってんじゃねぇよ!」


「いやいや、だからワシは言ったじゃろい。ここは異世界であやつは序盤で戦うにはかなりの強敵。別に無理して戦う必要などない。とっとと逃げるのじゃ」


「……それはなんかやだ」


「子供か!」


「子供だ!」


 ったく、このじいちゃんはよぉ。大体、俺は戦いから逃げる方法なんて教えられていない。どう倒すか、どうめるか。教えは常に勝ち筋を見据える線上にしかなかったのに。



「……アイツの弱点ってないの?」


「おヌシ、やはり勝つ気か」


「当然だろ」


「う~む、そこまで言うなら何とかしてやりたいものじゃが、おヌシの攻撃力だけでは大したダメージは与えられなさそうじゃ」


「ならどうすればダメージを与えられる?」


「そりゃまぁ火属性に有効なのは水属性、その派生の氷属性ならなお良しじゃな」


「えと、氷属性……って何?」


「そこからかいッ! おヌシ、ゲームはやらんのか?」


「ゲーム? あぁ、そう言えばロクにやったことないな」


「そんなヤツに説明するのはめんどくさ過ぎる……。え~と、ようは性質とか特徴のことじゃ」


「ざっくりしてんな。余計わからんわ!」


 その時だった。



「こっちに来るよッ!」と女の子の声が足元から聞こえた。


 すぐに木々がバキバキとなぎ倒される音が近づいてきて、巨大火熊レッドグリズリーが再び姿を現す。ヤツは俺を見るなり身体に炎を纏い、暗闇の中に爛々と目を輝かせた。



「興奮すると炎が身体から吹き出るってことか。なんかコエーな」


「しかしどうする? おヌシは何の属性も持っておらんのだぞ」


「そんなこと言ったって――」


 俺を逃がさないよう、レッドグリズリーはじりじりと少しずつ距離を詰めてくる。クソッ。生まれてこの方、毎日気絶するくらい修行をしてきたってのに、肝心な時に役に立たないなんて。



「ゴーくん!」


 気持ちが後ろ向きになった時、女の子がはっきりとそう言った。



「ゴーくん? 俺のことをそう呼ぶのは……」


 こんな時なのに、俺の脳裏には古い記憶が蘇ってくる。

 あれはまだあの子が近くにいた時の記憶。

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