第2話 魔導書から始まる世界の終わり

 俺の名前は二神ふたがみ豪鬼ごうき


 このどこかで聞いたことがある名前は格闘家である俺の父ちゃんのごり押しで付けられたものだ。


 聞いた話では母ちゃんのお腹の中にいる頃から胎教と称して格闘のノウハウを聞かされ続け、生まれた瞬間から親父の手ほどきを受けていたらしい。


 物心ついた頃にはすでにあらゆる格闘技の黒帯レベルの技と動き、つまりは実力を身につけて、人が実践可能な動きに関しては映画やゲームの中のキャラクターの動きもほとんど同じように動きをまねるトレースすることができるようになった。


 さすがに手から気を放ったり、炎を出したりすることはできなかったけど。





 巨大な王城の城門の上の踊り場。

 俺は見覚えのあるエロ本に向かって話しかけていた。



「アンタさっきから何言ってんだ? それにエロ本がどうして俺の名前を知ってんだよ?」


「エロ本エロ本うるさいの。まぁ、また完全に閉じ込められたらたまらんからな。とりあえず表に姿を投影するか」


 エロ本がパサパサと揺れながら言葉を発すると、突然目の前にさっきの派手なじいちゃんの姿が現れた。



「出やがったなエロじじい」


「むむぅ、せめてもうちょっと他の言い方にしてもらえんかの」


「何だ、じゃあ自己紹介でもするってのか?」


「そうじゃな、それもいいかの」


 じいちゃんは俺に向き合って石垣に腰を落とした。



「ワシはこの世界で、神と呼ばれる者じゃ」


「神ぃ? 本当かなぁ。大体、神さまってそんなラフな格好してんの?」


「別に服くらい何を着たっていいじゃろがい」


「まぁそりゃそうか。んじゃさ、何でエロ本に入ってたんだ?」


 尋ねるとじいちゃんは急に頬を赤らめ、両手の指先をつんつんと合わせながら恥ずかしそうに言う。



「いやぁ~そのぉ、若い娘がたくさん載っていそうなエッチな本を見つけたら誰だってその中に入って確かめたくなるじゃろ。だから身体ごと本の中に転移して――」


「やっぱど変態のエロ神じゃねーか!」


 俺の一言にじいちゃんはがっくりと肩を落とすと、細々とした声で続けた。



「だって、あんなことになるとは思わなかったんじゃもん。……おヌシ、人の話は信じる方か?」


「え? そりゃまぁ相手によるけど、アンタからは悪い感じはしないし、嘘をついているようにも見えないからな」


「そうか、ならこれからのこともあるし、ちゃんと話しておこう。魔導書グリモワールのことを」


魔導書グリモワール……って何それ?」


 じいちゃんは杖を突いて立ち上がり、俺に不敵な笑みをくべると王城とは反対側の眼下に広がる城下町とその先にそびえる山脈の方を向き、静かに語り出した。




「今いるこの世界には十二の魔導書グリモワールが存在する。

 魔導書にはそれぞれ守護する神がいて、魔導書が悪用されないように見守り続けておった。


 しかし、最近になって十三番目の魔導書が見つかった。いや、厳密に言えば見つかったのではないな。封印が解かれて復活してしまったのじゃ。


 かつて、十二神によって封印されし邪神ハーデス。何者かの手によってヤツの封印が解かれたことにより、この世のことわりは一変した。


 復活し、以前よりも凶悪な力を手に入れたハーデスによって、十二神が次々と魔導書の中に封じ込められてしまったのじゃ。


 だからワシは魔導書に封印された十二神を解放するために、その可能性を持つ適正者をどうしても見つける必要があった。あらゆる世界を探し、ようやく見つけたのがおヌシ……という訳じゃな」



 じいちゃんはそこまで話し終えると、どこからかお茶を出してほっこりとすすり始めた。てか、今見えている姿だって単なる立体映写だろ。芸が細かいと言うか何と言うか。



「どうじゃ、大体のことはわかったか?」


「ん、まぁね。でも、よくわからないこともあった」


「ほぅ、言ってみぃ」


 じいちゃんはウェルカムと言わんばかりに両手を大きく広げるジェスチャーで俺を煽る。



「なら遠慮なく。さっき言ってた十二神ってじいちゃんも入ってんの? だって神なんでしょ?」


「うっ……!」


「まさか自分だけ魔導書グリモワールじゃなくて、エロ本に封印されていたとか言うんじゃ……」


「まままま、まさか。そんな神さまはおらんじゃろ」


「おい、キョドりまくってんぞ。てか、神が嘘をついてもいいのか」


 俺がにじり寄るとじいちゃんは観念したようで、どこからともなく白旗を出してフラフラと振った。



「仕方ないじゃろがい! だってワシ、エロ本が大好きなんだもん!」


「堂々とカミングアウトしてんじゃねぇッ! てか、エロ本に封じ込められるとかバカすぎるだろ! アンタ本当に神なのか?」


「神だってミスしたり油断したりする時くらいあるわ!」


「……で、油断してたらエロ本に閉じ込められたって?」


「うん……」


「やっぱバカじゃん」


「バカじゃねーわ! つーか、神に向かってそんなこと言っておるとバチがあたるぞい」


「「ハァハァハァ……」」


 俺たちのくだらない言い争いは終わりが見えなかった。埒が明かないと判断した俺はここで本題をぶつけることに。



「てか、そもそも俺は異世界とか邪神とかに全然興味ないんだけど。だから早く元の世界に帰してくれないか?」


「ん? それはできぬ相談じゃ」


「なんで?」


「だってワシ、戻り方知らないもん」


「ざけんなよ、このエロ神がぁー!」


 俺は猛然と飛びかかったが、フッと姿が消えてしまう。キョロキョロと辺りを見渡すと、「上じゃ」と声がする。見上げた先にはにこやかに手を振るじじいの姿。



「こんのぉ~エロ神ぃ」


「まぁまぁ落ち着け。まったく方法がない訳じゃないぞ。たぶん」


「たぶんじゃ困るんだよ、たぶんじゃ。で、何だよその方法って」


「邪神ハーデスを倒せ。さすればその願いも叶うはずじゃ」


「はぁ? なんで俺がそんなことを」


「元の世界に帰りたいんじゃろ? なら十二神を復活させてハーデスを倒せばよい。さすればお役御免で十二神の誰かが元の世界へ戻してくれるじゃろ。今ならもつけるぞ」


「アンタ適当なこと言ってんだろ。なんか神ってのもいよいよ怪しくなってきたな――」


 俺が本格的に文句を言ってやろうと思ったその時だった。



【きゃあぁぁぁ~っ!!】


 どこからともなく女の人の叫び声が聞こえた。



「おい、じいちゃん。何だ今の叫び声は?」


「わからん。だってワシ、今はただのエロ本だし」


「あ~ッ、ほんとにしょーもねぇな」


 城門は10m近くの高さに感じられたが日和ひよっている場合じゃない。意を決して飛び降り、着地と同時に前受け身を取って無事着地。すぐに声が聞こえた方へ向かって全力で走り出す。


 辺りの景色を置き去りにして、風を切り裂き、俺は走り続けた。

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