十二の神と邪神の魔導書《グリモワール》
月本 招
第1話 エロ本から始まる不思議な出会い
「ざけんなよッ! おれたちずっと一緒だって約束しただろッ!」
走り出す軽トラックの窓からこっちを向いて小さな手を懸命に振る姿は今でも脳裏に焼き付いている。でも、その向こうに見えた夕陽が眩しくて、彼女がどんな表情をしていたのかは分からない。
「ぐすっ、今まで仲良くしてくれてありがとう、ゴーくん! ……んぐっ、元気でねー!」
「行くなぁぁっ! モモちゃーーーんッ!」
走っても走っても手が届かなくて、トラックが十字路を曲がって見えなくなると俺はその場に崩れ落ちて、込み上げる涙で視界が奪われたんだ。
「父ちゃん――」
「なんだ?」
「おれ、もうやだ」
「何がだ?」
「こんなに苦しいのは」
「父ちゃんだって別れは嫌だ。大事な人ならなおさら……な」
そう言って、父ちゃんは俺の頭の上にポンと大きな手を乗せた。
俺は辛くて悔しくて、春の訪れが漂うぬるいアスファルトの上で大声で泣いた。
その日から俺の稽古は一段と激しさを増していった。
*
中学二年。
淡い春の夕闇が抜けるような青空に溶け込み始めた放課後。辺りには爽やかな風が吹きすさぶ。
隣の河上中学校との学区を分ける川沿い。二車線が走る割と大きな橋の高架下。
眼前には河上中の目つきの悪い生徒たちが黒山の人だかりを形成。かなりの大人数で立ち塞がっていた。
「鬼。今日こそマジでテメーはブチ殺すからよ」
河上中の頭を張っている三年の正木がバットを肩に担いでズイと一歩前に出てきて俺を挑発する。
「正木。これって今日は何人いんの?」
「今日はなんと77人だ。こんなに集められるなんて自分の人徳が恐ろしいぜ」
「たった一人相手に77人とか頭イカれてんのか? 相変わらずクソダセーな。うんこ味のうんこ食って死ね」
「それってただのうんこ! てか、こんなことになったのも全部テメーのせいだろうが。今日でケリつけてやる」
正木は俺にバットの先を向けて吼える。その目は血走っていてすぐにでも殴りかかって来そうな勢いだ。
そのおよそ5分後。川辺でうずくまる正木と河上中の不良たち。その他大勢は正木が一方的にやられる姿を目の当たりにして、方々へ散り散りに退散していった。
避けそこなったのだろうか。かすめた一撃で出血したようで、頬がチクリと痛む。手で拭い、血を舐めながら土手の方を見やる最中に、川辺に落ちている何かが視界に入った。
何の気なしに近づいて、砂利の上に落ちているそれを屈んで手に取る。
表紙には『バニラ!』とピンクの文字に白と黒の縁取りがされたポップな書体で書かれていた。そして、砂浜で真っ白なビキニを着た眩しそうに片目をつぶって右手で
「なにこれ。エロ本……?」
初めて見るそれに俺は妙な興奮を覚えた。
家が厳しく、基本的に学校と家の往復。家に帰れば道場で父ちゃんが仁王立ちで待っていて、毎日動けなくなるまで稽古が続く……と言うのが俺の日常だった。
そんな生活を物心ついた頃からずっと続けてきたもんだから、当然スマホも持っていなければパソコンだって学校に置いてあるもの以外は触ったことがない。
インターネット上でエロい画像や動画が見れるって話は聞いたことがあったけど、これまでの人生で一度もお目にかかったことがなかった。
今、俺の手の中にあるエロ本。
この中には一体どんな世界が待ち受けているのだろう。
好奇心と背徳感。両者が自分の中でせめぎ合った挙句、あっさりと勝利したのはもちろん好奇心。俺だって男だ。興味が無い訳がない。
生唾をゴクリと鳴らす音が心臓にまで響いたような気がした。
「よ、よ~し。んじゃ開いてみっか」
小刻みに震える手で表紙をめくる。
すると、突然そのページから目を覆わんばかりの光が発せられて、中を見ることを拒まれた。
「な、何だ今の?(ドキドキ) 最近のエロ本ってこんな仕掛けがしてあるのか? 見たことないから知らねぇけど」
やっぱり表紙の女の子だろうか。徐々に浮かび上がる人影に鼓動が早まり、興奮が抑えきれない。
「よぉ、ワシじゃ!」
そこに写っていたのは、両耳にリングの金のピアスを付け、禿げ頭にサングラスをかけたじいちゃんだった。
派手なロゴ入りTシャツにボーダーラインの入ったハーフパンツ。足元はビーチサンダルで、手には大きな杖を持っている。
「……このじじいッ! よくも俺の純情な男心を弄んでくれたなぁ!」
怒りと恥ずかしさで我を失った俺は、力任せにエロ本を引き裂いた。そして、地面に全力で叩きつけるとストンピングを繰り返す。
ったく、最近のエロ本はとんでもない。こんなふざけた仕掛けまで施されているとは。俺が知らないだけで、世の中これほどまでに科学が無駄に進歩しているのか。
「いたっ! いたいってば! やめるのじゃ」
「うるせぇ! エロ本のくせにしゃべんじゃねぇよ。俺の青春を返せ!」
「ったく、しょうもないクソガキじゃな」
そう言葉を残すと足下のエロ本からまた光が発せられる。気を取られていると、次の瞬間には光が俺の全身をすっぽりと包み込んでいた。
「な、なんだこれ?」
「本来ならもう少し適性を見極めたかったところじゃが時間もないし仕方あるまい。おヌシで手を打つとするか」
「ちょ……なに言って――」
「さぁ、レッツゴーじゃ」
じじいの声を最後に俺の意識はそこで途絶えた。
*
次に目を開いた時、視界に映し出されたのは人々がほうきにまたがって空を飛び、甲冑に身を包んだ騎士が隊列を組んで城内を行進する光景。
視線を上げると辺りは夜の闇が夕陽の橙色を侵食し、いくつもの星が夜空を彩っていた。
城門の上。踊り場の石垣に尻もちをつき、今度はキョロキョロと身の周りを見渡すと、手元には引きちぎったはずのエロ本がすっかり修復された状態で置かれていた。
しかし、妙なことに表紙の白い水着を着た女の子がそこからは消えていた。一体何が起こっている?
「おい、エロ本。俺に何をしやがった?」
俺はエロ本に向かって話しかける。傍から見たら頭のおかしいヤツにしか見えないだろう。
「ふぉふぉふぉ。おヌシがあまりにも言うことを聞いてくれんもんじゃから場所を移動させてもらったまで」
エロ本は小刻みに揺れながら話し始めた。さっきのじいちゃんの声だった。
「はぁ? じゃあここはどこだよ? ヨーロッパのどっかの国ってか?」
「違う違う。ここはおヌシらの言うところの『異世界』じゃな」
「え……?」
「
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