【Ⅲ】
第13話
「ここが問題のB&S海底探査会社か」
海風にあおられながら誰ともなしに呟きが漏れる。
ここB&S旧本社ビルは海沿いに建てられた建物の中でも一、二を争うほどの大きい建物である。
紅の運転するエア・カーでその前に到着した三人は呆れたように見上げながらどういうルートで突入するかの最終確認をしていた。
「警備の目をかいくぐって潜入できればベストだが残念ながらお前は潜入捜査とか隠密行動のスキルもないしそっち系の行動は苦手だからな。無理にやっても早々にばれて警戒が強まっても困る。
という訳で、まずは正攻法で行く。コウ、お前は社員募集を聞いてきたと言えば入れるはずだ」
「おう、任しとき」
藍の作戦に紅はドンと胸を叩いて頼もしく請け負うがそんな様子に逆に不安を覚えずにはいられない。
とはいえ、紅に必要以上の腹芸をこなさせるリスクを考えれば正面から突っ込ませた方がまだいいだろう。
「で、僕たちは泊まり込み中の社員の家族として差し入れを持ってきたとすれば中には入れるだろう」
「だけどこんな作戦で上手く行くかしら?」
もっともな計都のつぶやきに紅が明るく答える。
「何とかなるって。らんちゃんがいるんやさかいな」
「ダメならその時。別の策も考えてはあるが多分問題なく通れるはずだ。この会社は採掘現場の関係で作業員は長期泊まり込みでの勤務になる。三交代シフト制との触れ込みだが陸上へ戻ってきての休暇は三カ月ごとしかない。そのため作業員たちが不足する個人物資は家族が差し入れとして持ってくることを許可されている。
とはいえ、実際にその差し入れを本人が直接受け取るわけではなく、海上基地と繋がっている回線越しに会話ができるぐらいだが」
「映像やったら加工可能やからな…。本人が死んどってても隠蔽は可能か」
紅の言葉に他の二人も神妙な顔で頷く。
「中に入ったらコウは不自然さがない程度に周囲を確認しながらうまく案内人からはぐれろ。そして道に迷ったふりをするかこの社員章をうまく利用して警備室を目指せ。そこまでのアドリブとハッタリぐらいはできるだろう?」
「ま、それぐらいならな。警備室にたどり着いたら警備プログラムと監視カメラを誤作動させる
ケイトが見つけた社員章と黄沙が組んだ簡易プログラムの入った記録媒体をピッと取り出して持っていることを確認する。
藍はひとつ頷くとケイトと自分の行動指針を確認する。
「僕らも中に入って差し入れを担当窓口へ届ける。ちなみに宛先は実際に所属している作業員になっているが、その人物も数カ月前から陸上休暇の時期に戻ってきていないことは確認済み。ただ、本人名義のアドレスからはメールなどで親族への連絡は時々送られているようだ。
まぁ、本当に本人からのメールなのかは怪しいところだがな…。
今回僕たちはメールで届けてほしいと頼まれたものを持ってきたが、仕事中で忙しいところを呼び出してもらうのは悪いので渡しておいてほしいと言えば怪しまれることはないだろう」
後ろ暗いことのある先方にしてみれば家族にばれる恐れのある加工映像を見せる必要がなければありがたい限りだろう。
「そして不本意ではあるが僕が好奇心旺盛な子供のふりをして社内見学をしたいと駄々をこねれば公開してあるスペースぐらいは見ることができるはずだ。
まぁ
全員の現在地は渡してあるデバイスに表示されるようになっているから合流を目指す。最終的に全員の目的地は最上階、社長室だ」
自分の見た目を利用した作戦ではあるが藍本人としてはやはり納得しがたいのか苦虫をかんだような表情をしている。
それでもこれが比較的穏便な潜入方法であるのも事実なので藍はぐっと飲みこむのであった。
「それじゃいいな、行くぞ」
全員の認識をすり合わせたあと、藍の言葉に二人が力強く頷いた。
「…ここまでは巧く行ったんやけどなぁ」
「愚痴る暇があったら手を動かせっ」
侵入自体は巧く行った。
紅もふらりと現れた不審者なのに受付で社員募集を聞いてきたといっただけでアポイントの確認もされず中に通された。
藍とケイトも手荷物を持って受付で差し入れに来たと伝えただけでするりと通される。
だが、それ自体がこの会社の不自然さを浮き立たせるものだった。
いくら社員を募集しているからと言って履歴書もアポ取りもない者がやってきて面接を希望していても普通であれば門前払いされて当然だろう。
なのにいきなり「副社長のお時間が取れましたので面接させていただきます」はありえない。
その上藍が社内見学したいと言えばあっさりと許可をだし、社内地図を渡し、4階、5階にあります当社の歩みと業務内容を展示したミュージアムをご自由にご覧下さい。尚、6階以上は立ち入り禁止区域になりますのでご遠慮ください。
とだけ言って案内人すらつけなかったのだ。
余りにもあからさますぎる対応に罠が仕掛けられているのだろうと気づいていた三人だったがここまで来て後には引けない。虎穴に入らずんば虎子を得ず、の古い格言通り先に進むしかなかったのだ。
まず先に入った紅が手洗いに行くと言って面接会場だけ聞いて案内人から離れると予定通り地下にある警備室に忍び込む。
室内にいた二人の警備員を気絶させて縛り上げると隣の仮眠室に放り込む。
そして預かっていた監視カメラの映像を書き換えるダミープログラムを流すとそっと部屋を出て搬入用貨物エレベーターを使って5階に移動していた藍たちと合流するのであった。
合流後不自然すぎるほど誰にも会わずに最上階を目指し始めた三人だったが、いよいよもうじき最上階というところでとうとう多数の警備員たちに囲まれてしまいいやおうなしに戦う羽目になっていた。
「ちゃんとダミープログラム流してカメラはごまかしておいたんやけどなぁ…」
「警備員の交代時間でも来てバレたんだろう。お前がもたもた通りすがりの部屋を覗いていたせいだ」
ぶちぶちと文句をこぼす紅に藍が非難を込めた口調で断言する。
「そないなこと言うてもなぁ。実際どこにクヨウが捕まっとるのかはっきり知っとったわけやないから確認は必要やったろ?」
「言い訳は後にしろ。とにかく今はこいつらを何とかするのが先だ!」
わらわらと現れた多数の警備員もまだ銃を取り出してはいないが制圧用の電磁警棒は持っているしきちんと訓練されているらしく警備員同士の連携も取れている。
場合によっては発砲の許可も出ているのか少し離れたところにいる警備員がどこかに連絡を取っている姿も見える。
「そんなこと、言ったって、こう…接近戦じゃ、危なくって得意の銃も、使えへんわ!」
これ以上は藍に怒られるから大きな声では言わないが紅が小さな声でぼやきながら正面から電磁棒を振りかぶってきた警備員の足を払いバランスを崩したところで手首を叩いて武器を取り落とさせる。
足元に転がってきたそれをケイトも思いっきり蹴っ飛ばして警備員の手の届かないところに移動させる。
「危ない!右っ!」
ケイトを壁側にし、その左右を紅と藍がカバーしながらじりじりと階段かエレベーターの方に移動しようとするが、物量で取り囲もうとする警備員たちに徐々に押されつつあった。
理由は単純。どうしても身長的に藍の方から見た敵にしてみれば背の高い紅の背後ががら空きに見えるのでそこを狙ってくるので紅の負担が大きくなるからだ。
とはいえ、そんな戦い方も二人に離れたもので焦った様子は全くない。
現にケイトが叫んだ右側、藍の方から紅の背後をめがけて麻痺銃を撃とうとしていた警備員の腕に藍が投げた針が刺さって怯ませている。
そしてその一瞬のスキをついて藍が身をかがめると紅の後ろ回し蹴りが藍の頭上を通って警備員にヒットして吹き飛ばしていた。
「あー、もうキリがない。らんちゃんやっぱダメか?」
イラつく口調で藍に声をかけるが帰ってきた答えは予想通り過ぎて紅はがっくりする。
「こいつらは
言おうとしていたことに先に釘を刺されてしまい紅は憮然とした表情になる。
そうはわかっていつつも言いたくなるのは行動不能にしてもしても後から追加が出てくるこの状況にうんざりしているからだろう。
だがその思いは藍も同じだったようで、左右の人数をざっと確認すると紅と再度背中合わせになった時に小声で指示を伝える。
「…とはいってもいつまで出てくるかもわからないこいつら全員の相手をしている時間はない。強行突破するぞ。どっちかを突っ切れ!」
「おっしゃぁ!任しとき!」
藍の言葉で水を得た魚のように元気になった紅は瞬間的に人数を比較し、多少なりとも包囲の薄い左側のルートを選び出した。
「ケイトちゃん、こっちや!」
紅が集中的に左側の敵をなぎ倒し道を作るとケイトを守りながら飛び出す。
チラリと藍の方を見てから紅の後を追う計都を藍がフォローする。
それを見た警備員たちが慌てて藍の服を掴んででも止めようとした瞬間いきなり転び始める。
バタバタっという音に驚いて思わず振り返った藍の目の前で次々と警備員たちは何かに躓いたかのように将棋倒しに倒れこんでいた。
「?!これは?!」
「らんちゃん!早よ来るんや!」
突然のことに思わず足を止めた藍だったが、急かすような紅の呼びかけに不自然さを感じながらも再度走り出す。
その後も追いつかれそうになる度に偶然が三人を助ける。
偶然も三度続けば必然。その言葉が心をよぎる。
何かが、誰かが助けてくれている。
そう紅も藍も思った。
そうしてどうにか警備員たちを振り切り、その勢いのまま三人は階段を駆け上がり最上階一番奥にある目的の社長室へと飛び込んだ。
『COLORS』 黝簾(ゆうれん) @ku-chi-
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