風のうた

西しまこ

第1話

 風の渡る音が聞こえる。

 なんて心地よい音なのだろう、春の風のうた。


 山頂で湾を眺めながら、風のうたを聞く。樹々の葉がないと、風の調べも聞くことが出来ないことに驚く。そしてまた、下界の喧噪の中では、風の音は搔き消されてしまうのだとうとも思った。


「きれいだね」

「うん」

 隣に並んだ陽斗はるとと手を繋ぐ。


 そうして、しばらく二人で碧い景色を眺めた。

 空のあおと海のあお。雲は放射状雲で、扇の骨のように一点に向かって伸びていた。

 風が樹々の葉を撫でて、葉の裏が白く光り、また新たな調べが奏でられる。

 繋ぐ手に力を込めて、わたしたちはただ山からの風景を見ていた。


「来年も」

 ふいに陽斗が口を開く。

「来年も、いっしょに見たいな」

「うん、再来年も」

 ふたりで顔を見合わせて、わらう。


「何か飲む?」

「うん」

 わたしたちはお店に行き口当たりのいい飲み物を買って手に持ち、見晴らしのいい椅子へと向かう。わたしたちは並んで座った。

 風のうたを聞きながら、飲み物を飲む。どこからか花の香りが微かに漂って来た。花壇には色とりどりの花が植えられていて、とても見事だった。


 いつからだろう?

 会話がなくても、いっしょにいて楽になったのは。

 最初のころは、何かしゃべっていないと不安だった。

 でも、いつの間にか、陽斗とはただ空間を共有するだけで、とてもほっとする関係になっていた。同じ景色を見て同じ音を聞く。こころが凪いで、日々の雑多なことが消えてゆくようだ。でも、今日みたいに、特別なお出かけをしなくても、ただいっしょの部屋(どちらかの自宅)にいたとしても、やはりとても居心地がよかった。


「ずっといっしょがいいな」

 気づいたら、ことばになっていた。

 陽斗は小さく笑って、そっとキスをした。「今度、指輪を買いにいこう」

 返事の代わりに、わたしは陽斗の肩に頭を乗せた。

 陽斗が、わたしの頭を引き寄せる。それだけで、じゅうぶんだった。


「ねえ」

「ん?」

「大好きだよ」

「おれも」


 風が歌をうたっていた。幸せのうたを。




   了



一話完結です。

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