第34話 結末と決断


 目が覚めたら、知らない天井が見える……というありきたりな経験をエリシアは現在進行形で体験している。



深い青と白を基調とした豪華な部屋である。


「……わたし、あのあと死んで、転生したのかしら……」


焦って、なんとか起き上がって部屋をさらに見渡そうとすると……


「死んでないから落ち着け、エリシア。ここは王城の一室だ。」



物音ひとつ立てずに、テオドールはそこにいた。

水差しと薬箱をもってきてくれたようだ。


「て……、テオドール王太子殿下、本日はお日柄も良く……ええっと、王国の次代の太陽に挨拶もうしあげます。」


「……やめようかエリシア、そんなにかしこまられると、死にt……なるじゃなくて、堅苦しいから、やめようか……。

というか、お日柄もよくないが……。」


テオドールが苦笑しながら、エリシアに薬と水の入ったコップを渡す。




「あ、ありがとうございます。」




殿下自ら渡してもらうのはなんだか、とてもおかしい………。

普通、こういうのは侍女の仕事だ。


「体調はどうだ?

あのあと、急に倒れたから、がとても心配してたんだ。」


「い、今は大丈夫ですわ! ご迷惑おかけしまして……。」


そこで、エリシアは違和感を感じた。


(あれ?普通に殿下とお話できてる???)


もう一度、これは本当にあのテオドールなのかとまじまじと見る。




じーっとテオドールを見つめるエリシアを、テオドールは微笑んで見守っていた。


(おかしい…テオドール殿下がこんなおだやかな雰囲気なのはおかしい。)



「ところで、なにか聞きたいことはないか?なんでも今なら答えるが……。」


「なんでも?」


「なんでも。」



エリシアは少しうーーんと考えてから……



「では、手始めに、私は本当に公女だったのですか?」


「……いきなりそこからいくのか……。」


テオドールは紅茶をこぽこぽと入れながら、答える。



「……間違ってはいない。そのとおりだ。」


(……ここは覆せないのね。)


「……では、なぜ、私はそのことの記憶もなく、その事実も隠され、なぜかリステアード侯爵家で私も兄も育てられたのですか…。というか、お兄様!やはり、見つかりませんの!?」



勢いよく立ち上がろうとして、傷がズキッとはしった。


「無理はするな……。ライニッツは、いまだなお見つかってはいない。しかし、見つかったとしても、奴はどのみち死罪だ…。」


「どうして?」



「殺人未遂罪、軍事情報漏洩在、反逆罪、他にもたくさんある。……温情をかけたとて、永久投獄が精一杯といったところだ。」



「……そうですか……。」



落ち込むエリシアを見かねて、テオドールはうっかりいってしまう。


「……だが案外、奴は生きているかもしれない。」


「……え?」


「……シア、俺があげた回復薬はどうした?」


「……えっと、……あれ?ない……!!!」



そういえば、兄に断罪の間に連れていかれたあたりから、テオドールにもらった回復薬が見当たらないのだ。


「……どんな傷でも治す万能薬……生きてると思わないか?奴は。」


ぱあっと笑顔になったエリシアにミルクティーを渡しながら、テオドールは話を続ける。


「……それから、シア。君に記憶がないのは君が自分の記憶を消したから。そして、公女の事実が隠され、リステアード侯爵家で育てられたのは、他ならぬリステアード侯爵自身の希望だ。」


「記憶を消す?そんなことができるのですか?それに、お父様の希望?」


余計混乱する。



そこからのテオドールの話をまとめると……



 エリシア達ルーベルティア一族が本物の王家の血を引き継いでいることから、7年前、反乱と称してテオドールの祖父である元国王がルーベルティア一族を始末するようにテオドールに命令した。


 不憫に思ったテオドールが、せめてと思って、婚約者だったエリシアを森の奥に逃がした。


 しかし、今までのルーベルティア一族の行いに怒り狂った民の一部がエリシアを殺そうとし、寸前でリステアード侯爵がエリシアを助け、そのまま養女にした。そして、ひそかに生き残っていたライニッツも同様に……養子にした。




……ということらしい。

話が壮大すぎて、何も言えなくなったエリシアであった……。




「……そして、ここで重要なのは、シアの記憶。」とテオドール。



 そう、私には、かすかに夢を通して、の記憶がかすかにあるだけで、実質ほとんど記憶がない。


「……魔法で、記憶を書き換えたり、消したりすることなど、実質不可能なはずでは?」



この世界には魔法があるけども、記憶は魔法で操れないものの代表例だ。




「……これは国家秘密だけど……」




「え、あ、あの、国家秘密など、たかだか一令嬢にすぎぬ私にはお話なんかするものではありません!」


慌てて耳を塞ごうとしたが、遅かった。


「……じつは、そういう禁忌の魔法を使える者は、この世界に、それぞれの禁忌術ごとにいる。」


「……へ?」


「……君は、その禁忌の術の一つである、記憶を操ることのできる魔術師から、一度だけ自身だけの記憶を書き換えられる祝福をもらっていた。」



目からうろことはこのことである。


「私にそのような力が?」


「今はもう、ない。一度きりだからな。」


少しがっかりしたが、ここまでの話でいろいろと腑におちた。



 それに、自分自身の事について自分がよくわからないという気味の悪い状況から抜け出したことで、すっきりとした。


(……いろいろ、驚きすぎて、言いたいことがまとまらないけど。)



 エリシアは頭をさげる。




「……ここまで、お話ありがとうございました。

それに、助けていただいたことも……。今回も、昔も助けてくださって……。

私のせいでおきたことなのに。」



「……どちらも、シア、君自身のせいではない。巻き込まれただけ。昔の件は、こちらの祖父のせいだし、今回のはその昔を処理しきれなかった俺のせいだ。」



テオドールも、エリシアに頭をさげる。


ふたりして頭を下げあっている状況が面白くて、エリシアは笑いだしてしまった。



「つまり、私たちのどちらも悪くないですね!

 すべてはこの私のが悪いので!

 ご先祖様が悪い!……バチが当たりそうですけど。」






そう、今回はすべて、この王族の血のせいなのだ。



ふたりで、クスクス笑いながら、エリシアはふと悲しくなった。



(テオドール殿下と話すのがこんなに楽しいだなんて……。婚約破棄された後に気がつくなんて私は馬鹿ね。)



 さあ、このひそかな、よくわからない思いは今日で忘れよう……。




(…………あれ? 私、婚約破棄された理由をずーーーっと聞いてない!)





 攫われたせいで、すっかり忘れていた。



「シア、聞きたいことはこれですべてか?」


「……いえ、まだあります。」


「……え?」



 いまさら、とぼけんなよと思いつつ、エリシアはテオドールを逃がすまいと睨む。


「……私と婚約破棄したのは、なぜですか?」





あからさまに、テオドールの視線が泳ぐ。


「……秘密だ。」



「……なんでですか?.............なんでも答えてくださるんでしたよね??」


さらに詰め寄ってテオドールに問い詰めた。

観念したのか、テオドールは重い口を開いた。





「………数か月前、エリシアが公女だという秘密が実は一部で露見した。

 そこで、議会はひそかに、エリシアを処刑するという決定を俺にだしてきた。

 理由は、反逆者一族の人間を王族にくわえたくないからだということだった。だから、議会をとおして婚約破棄をした。

 それがエリシアの処刑を実行しないことを約束させる条件だったから……。」



「……つまり、すべて、わたしのため?」


「……そういう事にはなる。」


 実は、普段氷の仮面をかぶったような淑女のエリシアが、自分に泣きついてこないかなとすこし期待していた……なんて、口がさけても言えないテオドールであった。



「……しかし、本物の王家の血筋をもつのがエリシアだという話を、シアがさらわれた後の議会でもめた際、打ち明けると、一転して議会は婚約の支持をし始めた。ゆえに、議会によって婚約破棄は取り消されている。」



(……え?今なんと???)


「……つまり、婚約は続行されている。」



もしかすると、いままでの過去についての話より、よっぽどこちらの方がエリシアには衝撃的過ぎたのかもしれない。



(え?.............えー⁈)


「……シアは私との婚約、やはり嫌だったか?」


「いえ!そういうことではなく.............。」




「……困ったことにな、議会は今、逆に本物の王家の血を持たない俺が次代の王であることに疑問視している。これからも、このような偽物の血を引き継ぐ者が王位につくことを懸念してな。」


「……そんな.............。あれほど努力されてこられたのに.............。」



エリシアはうーーんと考える。



「ともあれ、婚約の話はまた今度しよう。また、いつか返事をくれるといい。

 今はゆっくり休んでほしい。」






そして、テオドールが立ち去ろうと、おもむろにたちあがったとき、エリシアはテオドールの上着の裾をギュッとにぎりしめた。



「……え?シ、シア??」


 エリシアの突然の行動に戸惑うテオドール.............。




「本物の王族の血は、私が、今の王族にお返ししますね!

………テオドール殿下に。これがお返事です。」


満面の笑みを浮かべてエリシアは言う。



最初はポカンとしていたテオドールだったが、次第に真っ赤になって



「…………そ、そそういうことを、気軽に言うんじゃない……!!」



 そうやって、真っ赤になったテオドールをよそに、エリシアを心配したリステアード家の両親、アイリスお姉さま、ユーリア王女、侍女のサターシャが嵐のような勢いで部屋にかけつけてきた。



「シア!こんなにやつれて!!」


「……体調はどうだ?」


「シアをこんな目に合わせたのは一体だれですの!?」


「本当に心配したのよ!もう!」


「……お嬢様、ご無事で!!!」




「……俺のことは無視かよ............」




 ベッドを囲んであれやこれやと騒ぐ皆や、少しすねたように扉の前で腕組みして立つテオドールを見ながら、エリシアは幸せだなと思う。




エリシアは………正真正銘、今は幸せだ。


この幸せは、誰にも譲らない。私だけのもの。



開け離れた窓から、のどかな光が差し込み、緩やかな風が春を告げる。







私の幸せな人生は、まだまだここからだ。






――――――――――――――――――――


一応、これで完結となります!

長い間、読んでくださり、ありがとうございました!

(気が向いたら、ちょこちょこと後日談を書くかもしれません。)



別作品もまた書こうかと思っていますので、今後ともに、よろしくお願いいたします。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

<完結>婚約破棄に愛は必要なのですか? 〜婚約破棄されたら、自分が何者かを知りました。 結島 咲 @kjo-lily125kk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ