第33話 エリシア脱出作戦(後編)
兄が、エリシアをひっつかんで引きずるように移動後した先は、断罪の間と呼ばれる断罪者を殺す場所であり、塔の屋上でもある。
ここは、急流の谷底と崖に面したところであり、死刑が決まった者は、ここから谷底の急流の中に放り込まれるという。
「何をする気ですか?」
兄は、いつものようににっこり笑って
「シアとあの父もどき、そして僕を殺すんだよ。」
と言った。
口から出てくる言葉はいつもの優しい兄とは、全く違う。
「………正気で………?」
エリシアは、直感でお兄様が兄であることに気がついた。
うすうす、ここにきて、嫌でもわかり始めていた……。
ルーベルティアの公女には兄がいたのだから。
「いたって正気さ。
僕たちは、存在してはならない者たち。死んだはずの人間。あらゆる厄災の種。………死んで当然だ。」
兄は、振り回していた杖をエリシアの喉元につきあてる。
「特に………エリシア。」
回らない頭のせいで、理解が追いつかない。
つばをごくんと飲み込むだけで、胸元は重りがつけられたかのように重い。
「………………今度こそ、大人しく、死のうか?」
「絶対いや。というか………今度こそ?」
兄が舌打ちをする。
「まだ、記憶がないのかよ。………………あの日、城が落ちた日、僕たちはその予定だった。だったのに………。
あの男が邪魔したからな!」
「………テオドール殿下のこと?」
「それ以外に誰がいるんだよ………。ある意味、あの男も可愛そうだな。
手塩かけて育て、守って、尽くしてきた女が、これなんだから。わが妹ながら呆れるほど鈍感、愚鈍。」
(………………………やはり、テオドールは、私を殺そうとなんかしなかった。)
(……そして、語る様子は、あの【父】そっくりね。)
ある意味、親子なんだなあ…となぜか冷静に分析してしまうエリシア。
「…………どうしたって、僕たちは、昔から幸せになれない。
この世から消えるしかないんだ。
シア、君だって死にたがっていただろ?」
誰かの記憶がエリシアの中を駆け巡る。
消えてしまいたいと願って泣いた少女が……脳裏にうかぶ。
これは、昔の私だ。
「今はちがう……わたしは私の人生を自分で生きたい。もう逃げたりしない。
生きたい。―そう願うことがダメなの?」
たしかに、夢で見た少女という私は死にたがっていたのだろう。
苦しかったのだろう。
―だけど、自分の中でのりこえてしまい、忘れ去ってしまった今となっては、すこしつらいことがあっても、わずかの希望さえあれば生きていける。
(わたしはそういう単純な人間なのかもしれない。)
訴える私に絶望的な顔をするお兄様だったが……。
「見つけたぞ!ライニッツ元公子だ!」
テオドール殿下が大勢の部下を連れ、断罪の間に入ってきた。
「……思ったよりずいぶんと早かったな……さすが妹のストーカーというか……」
なにやら兄がぶつぶつ言っているが、良く聞こえない。
「おまえ!ライニッツじゃないか!……生きてたのか!?」
その場つれてこられていたジェーロムが声を張り上げる。
冷ややかな目を向ける兄。
「……お前はほんとうに死んだ方がいい人間だ。」
と兄がつぶやき、ジェーロムに向かって手を振り下ろそうとした瞬間……
「……どけ。エリシア。」
エリシアは、兄が振り下ろそうとした手を直前でとめた。
「……いや、嫌で…す。こ、この手を離したら、
「……だからなんだ?シア、お前もやはり死にたいのか。大丈夫、三人まとめて殺してあげるよ。」
兄が肯定したとたん、どうやって拘束を解いたのかジェーロムが兄を高速でぶん殴った。
「……お前は、俺だけでなく、妹も大切にできないのか……!」
「さんざん、その妹をこけにしていた、くそみたいな人間がよく言うな!
今回だって、シアを利用しようとしていたのはお前だろ!
……昔と同じあんな状況にいるくらいなら、シアだって死んだ方がマシだ!」
「……仕方がないんだ……リーリアが死んでから……どうしようもなく……」
「母上を見殺しにしておいて、どの口が!」
「……親子喧嘩は、いいですので黙ってください。」
テオドール殿下が静かに告げる。
ちなみに、今の親子げんかで兄もジェーロムもあっさりとテオドール殿下の部下に拘束されている。
(なんか……拍子抜けしたわ……。)とエリシアは思う。
「ルーベルティア元公爵ジェーロム、元公子ライニッツ、この二名を王家反逆罪の罪で拘束並びに裁判にかけます。」
たんたんとテオドールが告げながら、すごく殺気が漂っているのは……きっとエリシアの気のせいだろう……と思いたい。
あの二人が連行され、歩かされるときに、エリシアの前を通ったジェーロムがボソッと……
「……大きくなったな……それとすまなかった。」とつぶやいたのをエリシアは聞いた。
ふと見ると、ジェーロムは、つきものが落ちたような顔をしていた。
しかし、兄は……突然、縄を切り、走って助走をつけ、谷底の急流へとその身をなげこみ、消えた。
「……ありえない、あの高さからは助からないぞ!!!!」
テオドールの部下が捜索しようとしていたが、谷底に飛び込んだ兄は生きている可能性はほぼゼロにちかいだろう。
そこから、しばらくかかった捜索も打ち切りとなり、本陣に戻ろうということになった。ライニッツの遺体は、急流のせいでか、発見されなかった。
長かったこの反乱が終わりを告げるかのように断罪の間の鐘がゴーンゴーンと夕暮れに鳴り響く中、
体の限界でエリシアは意識を手放した。
――その夜、反乱を制圧した王太子が、一人の少女を抱えて王城に入ったという。
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