地味系女子と天使系イケメンの恋物語

ゆーぴー

第1話 地味系女子だって恋がしたいっ!

 浦川 幸子(サチコ)、14歳。

 中学二年生。

 

 わたしは、はっきり言って美人じゃない。

 自他ともに認める、地味系女子だ。

 スポーツも勉強も好きじゃないし、胸を張れるような特技もない。

 ついでに言えば、お洒落とかお化粧とかもしたことがない。


 だからクラスの片隅で、谷口さんとか井原さんみたいな可愛い女の子達が男子と盛り上がっているのを眺めているのがお似合いだ。


 ずっと、それでいいって思ってた。


 だって、性に合わないことをするのってすごく気力がいると思わない?


 なのになのに、なのに!


 今日のわたしはセンスの良い友達に頼んで借りた花柄のワンピースを着て、お小遣いで買った色つきのリップなんか塗って、前髪は妹に借りたウサギのヘアピンで止めてる。


 それに、心が踊ってるからたぶん顔もニヨニヨしちゃってる。

 


 普段着はスッピン眼鏡とジーパンのわたしをこんな風にしたのは、一人の男の子だ。


 佐久間 宗谷(ソウヤ)くん、同じく14歳。


「……こんにちは。宗谷くん、いますか?」


 参考書を買いに来た帰り道、雨に振られて飛び込んだ古びた喫茶店で出会った。


 たまたま体調が良かった彼が、お店でリンゴジュースを飲んでたから。


 それから、週に3回は遊びに行く生活を一ヶ月くらい続けてる。


「幸子ちゃん、いらっしゃい。宗谷は二階にいるから遊んでやって」


「ありがとう、ございます」


 宗谷くんのお母さんにペコリと頭を下げて、階段を登る。

 彼は滅多に下に降りては来られない。

 体が弱くて、小さい頃からずうっと入退院を繰り返してるらしい。


 子供向きのクマさんがかかったネームプレートのドアを叩く。

 きっとクラスの男子なら、こんなのダセェって言いそう。

 でも、宗谷くんはそんなこと絶対、言わないんだろうな。


「さっちゃん?」


 カチャっと小さな音を立てて、宗谷くんのふんわりした笑顔が迎えてくれる。

 髪も目も色素の薄い彼は、整った容姿と相まって外国の男の子みたいだ。

 前にそう言ったら、お味噌と醤油が大好きな根っからの日本人だよって不思議そうにしてたけど。


「さっちゃんは、もう宿題終わったの?」


「……まだ、だけど」


 そんなわたしを見て心底嬉しそうに笑う宗谷くんは、信じられないことに勉強が大好きだ。


 数学も英語も歴史も、科学や国語だって愛してるんじゃない? って言いたくなるくらい詳しいし、四六時中、本を読んでる。


 本人は他にすることがないからだって言うけれど、現代にはスマホだってテレビだってあるんだから、やっぱり宗谷くんは勉強が好きなんだと思う。


「僕は、もう今月のは全部終わったから。分からない所があったら教えてあげるよ」


 同じ中学の2組に在席だけはしている彼は、担任の細木先生から毎月の宿題をまとめて渡されてる。


 でも宗谷くんは、どんな問題もすぐに解いちゃうから宿題は3日しか持たないって宗谷くんのお母さんが言ってた。


「うーーん。じゃあ、数学の13ページから教えて」


 わたしは、問題集を広げながら、ワンピースの裾を摘んだり広げたりしてしまう。

 うん。実はちょっぴり期待とかしてたからさ。


『ワンピース似合うね』とか『お洒落してる、さっちゃんも新鮮だね』とか言われたりしないかなぁって昨日の夜から何回も想像してニヤけたりしてたから。


 ほんとに馬鹿だよなぁ、わたし。


 初めて女の子らしい格好したから浮かれちゃったみたい。

 男の人は女の人の変化に気付かない、とかお母さんもお父さんによく言ってるじゃん。


 シャーペンの芯をいつもより長めにして、わたしは覚えてる数学の公式を書き出した。


 そしたら息を吐くような小さな声で、宗谷くんが呟いたんだ。


 

「さっちゃんってさ。そ、その、おでこ出してるのも。か、かわいいよ、ね」


 

 え。えええええ? 今、なんて???


 か、か、かわいい!?


 かわいいって=可愛い、だよね?


 他にかわいいって何かあったっけ?

 Kawaii?


 男の子に可愛いって言われたら、谷口さんとか井原さんみたいなキラキラ女子は何て返すもんなの?


「か、可愛くはないよ」


 絞り出したわたしの答えは、どこか分からないけど間違ってたのは分かる。

 だって宗谷くん、めっちゃ気まずそうな顔してるもん。


 ごめん、ほんとにごめんね。


 でもさ、言わせてもらうとね。


 イケメンにそんなこと言われたの産まれて初めてだから、返事の仕方が分かんないんだよーーっ


 だから許して!


「で、でも。僕はさっちゃんのこと、可愛いと思うよ」


「ど、どこが?」


 ちがう! ちがうだろうっ わたし!!

 何でこんな可愛げのない返事ばっかりしちゃうの。

 そんな返事が許されるのは恋人同士とかめっちゃ可愛い女の子だけだよ。


 

 どうしよう。どうしよう、どうしようっ。


 怖くて顔見れないけど絶対、宗谷くんのこと困らせてるよね。

 お互い追い詰められた感が半端ないし、もう帰った方がいいのかな。

 でも、せっかく会えたし帰りたくないなぁ。


 なんとなく、アゴに出来たニキビを触ってしまう。


 先に沈黙を壊したのは宗谷くんだった。


「笑顔、とか。あ、あと分からない問題考えてる時のタコみたいな顔も可愛いと思う!」


 そう言いながら、たぶんわたしの真似なんだろうけど。

 顔を上げたわたしに、タコみたいな変顔を披露してくれる宗谷くんは、顔だけじゃなくて性格まで完璧だと思っちゃう。


 やっぱりこれが恋してるってヤツなんだろうなぁ。

 

「あははっ。ひどいぃぃ。絶対、そんな顔してないって!」


 ひとしきり笑い転げたわたしと宗谷くんだったけれど、一階からお店が閉まる前の音楽が響いてきた。


 ああ。もう、18時だ。

 これから宗谷くんと宗谷くんのお母さんは、かかりつけの病院に行くはずだ。

 本当に名残惜しいけど、そろそろ行かなくちゃ。


「また、明後日遊びに来るね。部活終わりだから今日よりかは遅くなっちゃうと思うんだけど」


 いつもなら、これでバイバイ。

 だから、わたしは普通に立ち上がったんだけど宗谷くんがすごく神妙な顔をしてるのに気が付いた。


 

「どうかした?」


「ん。明後日は会えない、かな。まぁ、大したことじゃないんだけど。明後日、手術することになったからさ」


 手術と聞いて、サッーーと全身の血の気が引く。

 もしかして、どこかがすっごく悪くなっちゃったんだろうか。


 入院とか繰り返したりするのかな。

 宗谷くん、もしかしてずっと体調良くないのに、わたしに気を遣ってたりしたのかな。


 自分の鈍感さが嫌になる。



「ちゃんと、また会える?」


 不安がどんどん大きくなって、体の心配とか気の利かなさを謝ろうとか思ったのに出てくるのはこんな言葉で。


 これから手術するのは宗谷くんなのに、絶対不安にさせちゃいけないはずなのに、わたしが泣きそうになる。


 思わず、ごめんねって謝った。


 そうしたら、宗谷くんはびっくりした顔で首をブンブン横に振る。


「あ、違うよ! そういう危ない状態とかじゃなくて。ドナーが見つかったんだ。僕、このまま治るかもしれない。それでさっちゃんと一緒に中学にも通えるかも!!」


「え。本当に?」


 うん、と頷きながら宗谷くんが嬉しそうで。

 実感が湧かなかったわたしもどんどん嬉しくなってくる。

 宗谷くんが治るんだ、一緒に中学にも行けるだ、なんて。

 だって、そんなの幸せ過ぎるんだもん。


「わたし、応援してるから。明後日は、朝から晩まで宗谷くんの手術が上手く行きますように、ってお祈りしてる」


「ありがと。クラスは違っても学校で毎日さっちゃんと会えるって思うと手術も頑張れそう」


 照れ笑いしながら宗谷くんがそんなこと言うから、ほっぺたが熱っぽくなる。

 たぶん、今のわたしは首まで真っ赤っ赤になってると思う。


 恥ずかしさは隠せないけど、それでも喜びの方でいっぱいいっぱいで。


 喫茶店から出たわたしは、二階の窓から手を振ってる宗谷くんにブンブン片手を振りながら家に帰ったんだ。


 だから。

 たぶん、あの日が幸せ過ぎたから。


 その二ヶ月後。

 わたしは今、こんな自分勝手過ぎる理由でふて腐れてるんだと思う。


「ねぇねぇ、サチ子! もう聞いた? 2組に天使が舞い降りたって!! 5組からはちょっと遠いけどさぁ。さっき覗いて来たら、マジ天使だった!!!」


「……知ってる」


 宗谷くんの手術は無事に終わった。

 先週からは中学にも通えるようになって、それだけで泣くほど嬉しかったはずなのに。


 幼馴染のえっちゃんが、宗谷くんが、どれだけイケメンなのかを力説してくる。

 


 いや、そうじゃなくても教室中が彼の噂話で盛り上がっている中で、一人だけ机に顔を埋めたわたしは、ずしんと水底に落ち込むような気持ちになった。


 だってさ。

 えっちゃんによると芸能事務所からスカウトが来るレベルでイケメンな宗谷くんは、もうすっかりクラスにも馴染んで来たみたいだし?

 わたしが2組に行っても気付いてもくれないし、喫茶店の二階のあの部屋にはもう行き辛い。


「……えっちゃん、わたしって可愛い?」


 ポツリと呟いた言葉に、顔がみえなくてもえっちゃんがワタワタって戸惑ってるのが分かる。


「……うん、フツーに可愛いと思う」


 うん、マジで気を遣わせてごめんね。


 だよね。

 凡人。

 平凡が似合うタイプなんだよ、わたしは。


 なのになんで、スクールカーストの頂点にいるような相手を好きになっちゃうのかなぁ。


 宗谷くんがわたしのことを可愛いって言ってくれたのは、他に同年代の女の子を見る機会がなかったからなんだよ。きっと。


 分かってるのに、宗谷くんがどんどん遠くに行っちゃうみたいで、それと一緒にわたしの胸の中にあった大事な物もスゥーーと溶けちゃうみたい。


ーー宗谷くんが病気で、ずっとあの部屋に居た時に戻りたい。


 自分史上最高に、ドクズな黒い思いが湧き上がって来た時。


「さっちゃん! やったぁ!! やっと会えたね、一緒に帰らない?」


 下校を告げるチャイムと、宗谷くんを見た女の子達のきゃあきゃあした黄色い声。


 同時に、彼のふんわりした笑顔が、わたしの目の前に飛び込んで来た。


「……帰らない」


 それだけ振り絞って答えたわたしは、鞄だけ持って教室を飛び出した。


 えっちゃんの『え、知り合いだったの?』ってびっくりした声とか、宗谷くんが目をまん丸くして驚いてたとか、本当はもっとちゃんと答えなきゃいけないんだろうけど、全部置いてきぼりにして走り出す。


 恥ずかしい。


 久しぶりに宗谷くんの笑顔を見たら、ドス黒い思いを溜め込んだわたしが死ぬ程、恥ずかしくなった。


「さっちゃん、さっちゃんっ! 待ってよ、忘れ物だよ!」


 後ろから宗谷くんが駆けてくる。

 片手にはわたしが机の中に置き忘れたスマホを持って。

 ああ。わたしって本当にどんくさくて、しょうもないなぁ。


「ごめんね、ありがと」


 足を止めたわたしは、スマホだけ受け取って下を向く。

 たぶん、もう会わない方がいいんだと思う。

 宗谷くんの為にも、わたしの為にも。

 だけど、なんて切り出したらいいか分からなくて下ろした左手でスマホの電源を付けたり消したりしてたら、宗谷くんが下から覗きこんできた。


「……なん!?」


 驚いて飛び上がったわたしの目の前で、宗谷くんが瞳を揺らしながら見つめてくる。

 言葉が出てこなくて、イケメンってどの角度から見てもイケメンなんだなってどうでもいいことばっかり考えてしまう。


「あのさ。僕、美術部に入ったり友達が増えたりして、それはそれで楽しかったんだけど。でもさ、最近なにしててもつまんなかったんだ。さっちゃんに会えなくて」


 宗谷くんの顔が赤く見えるのは、夕陽のせいだよね。

 

「僕の家には来てくれないし、僕もさっちゃんの家は知らないしさ。ああ、そっかぁ。同じ学校にいてもクラス違うと中々会えないんだなぁーーって。思っ…………て」


 

「…………。それでさ、その時初めて気が付いたんだ。僕はすごくさっちゃんに会いたかったんだなって。用事がなくても、理由がなくてもさ。なんにもなくても、会えるようになりたくて」


 友達としてって、意味で言ってるんだと分かってる。

 それなのに。

 勘違いしちゃいけないのに。

 もう、心臓が口から飛び出してきそうなほど、ドキドキが止まらない。


「ええ!? なにそれ、そんなこと…………宗谷くんなら、言ってくれればいつでも会うよ! 放課後とか」


 

「それじゃ、ダメで。こ、恋人としてが良くて」

 

 宗谷くんの顔がすぐ目の前にある。

 見たことないくらい真面目な顔だった。

 いつものふんわり癒やし系じゃなくて、少し男の人の顔で。


 そんなこと言われたら、もう自分の気持ちを抑えるなんて無理だ。


 宗谷くんと付き合ったら、たぶん不釣り合いだとか言われるだろうし、彼が女の子と話してるのを見るだけでモヤモヤする自信がある。


 でも、地味系女子だって恋したっていいじゃない?


 わたしは、宗谷くんに向かって一歩踏み出したのだった。

 

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