死神フラット

EPISODE 1

 神々は今日も僕の思い通りに働いている。サミエドロとバクも問題なく順調に仕事をこなしてくれているし、僕の仕事が少し減ったな。

 昔はもっと大変だった。神を選抜するというシステムの構築や、神という存在を生み出すか否かで頭を悩ませた時期や、生み出すことに決めた神の在り方について考える前は全てを一人で担っていたからね。



「失礼します」



ノックする音が聞こえて入室を許可する。



「紅茶をお持ちしました」



書斎の机に置かれたティーカップを一瞥する。



「ネクターにこだわって紅茶までピーチフレイバーにしなくてもいいのに」



用は済んだだろうに、なかなか退出せずにいつまでも扉の近くに突っ立っている。



「なにかな」



人間の神は恐る恐る口を開いた。



「なぜあの二人を死神になさったんですか」


「だから気まぐれだって何度も言ってるでしょ?。執拗いと…」



輪を無理やり取り出して、寿命を表すように発光している光を少しだけ減らした。寿命が急激に減ると激痛が走るから、神の躾には丁度いい。



「ッ…申し訳ありません。ですがどうしてもわからないのです」



君が寿命を失ってまで引き下がらないなんてよっぽど気になるんだね。



「いいよ、言ってごらん」


「バクさんならわかります。死神としての力も適性も申し分ない。しかしサミエドロさんは優しすぎるのでは?」


「初め、サミエドロはバクのおまけとして死神にした。生意気だけど、死神としてほしかったのはバクだけだったからね」


「ならどうしてですか」


「楽しいから。僕の与えた試練に四苦八苦する姿が」


「それだってバクさんだけでいはずでしょう」



 人間の神がむき出しにしているのは、サミエドロに対する対抗意識。または嫉妬かなぁ。

 この子がどんなに優秀であろうと、神は死神の域には至れないように創ってある。神としての優秀さと死神としての優秀さは求められることが違うし、どれだけ努力してもそこがひっくりかえることはない。

 つまりどんなに彼がサミエドロよりも優秀であろうと、彼を死神にしてあげることは決してない。

 それをわかっていながら受け入れられないのだろう。矛盾した感情は寿命に響くから早く捨てた方がいいのに。

 そんなことをわざわざ言ってあげなくても、この子なら重々承知しているはずだけど。



「そうだね、サミエドロだけにある利点を挙げるとすると、あの子は先が見えないのが楽しいってところかな」


「人間の神が生み出した命の行く先はご存知ですものね」



バクはサミエドロが創り出しているからサミエドロの傍にいれば、ある程度先を見ることが出来る。だけどサミエドロを創った人間はもうとっくに死んでいるから知りようがない。

 先の見えないサミエドロの一挙一動を観察することは、代わり映えのしない毎日を送る僕にとって貴重な娯楽だ。



「死神を増やすなんて意外でした」


「どうしてそう思うのかな」


「神はよく仲間割れを起こすので。私はそんな生産性のないことはしませんし、他の神を仲間だと思ったことはありませんが」



 死神をどれだけ増やしても、仲間割れや襲撃は怖くない。

 だって僕が一番強いから。



「心配いらないよ。だからそうカリカリするんじゃない。この甘い紅茶はお前が飲むといい」



ティーカップを回転させ、持ち手を彼の危機て側にする。

 ふと自分の放った言葉から過去のことを思い出した。源星と共に生まれて、この世界を創り終えて間もないあの日のこと。



○ ○ ○



『心配いらないよ』



そう言ってもう一人の僕を慰めたつもりだったけど。



『僕は大丈夫。心配をしているのは寧ろそっちの方なんじゃない?』


『そりゃ自分のことは心配になるでしょ』



死神として生きて行くにはどうしても強い感情が邪魔になる。そんなのに左右されていたらきっとこの世界を一人で保つことは出来ない。

 死神は感情を完璧にコントロールできる。捨てることも出来るし、それを源に生命を生み出すことも出来る。

 だけど僕は感情を捨てずに、一番安全なこの星に置いて行く。

 感情は厄介な代物だけど、決していらないものじゃないと思うから。



『この星を心臓に、僕の世界を創るつもりなの?』


『死神の集会で他の奴がそうしてるって言ってたでしょ』


『あの集会にはよっぽどのことがない限り出席したくないや』


『同感だね。僕以外の死神を増やしたりしない限り行かなくていいって…ちゃんと話聞いてた?』


『そっちだって寝そうって思ってたくせに』



まだ蕾の花畑がさざめくなか、体を二つに分かつ僕らは笑う。



『個々の花が全て咲く頃には、僕の世界が完成する』


今はまだ眠っている花。その全てが空の青さを知った時、ここの景色は皓一色に染まって絶景だろうな。



『シャープはこの如雨露で毎日欠かさず水をやって』



つまらなさそうに不死鳥にもたれかかる



『ここが一番安全な場所なんだ。僕は僕の感情を大切にしたい』


『わかったよ』



全ての感情を完全にシャープとして僕から分離したわけじゃないから、シャープと別れるのは心配だし寂しいんだよ。だからそんなに寂しそうな顔をしないで。

 同じ心を通して僕の気持ちを感じ取ってくれたのか、何とか笑顔を作ったシャープは僕の手を握った。



『ここは不死鳥もいるし、きっとこの花たちが咲いたら寂しくないね』


『うん』


『気長に開花を待つのもいいけど、たまには遊びに来てね、フラット』


『落ち着いたらね』



○ ○ ○



 そう言いながら何かの節目には必ず会いに行ったな。落ち着いていなくても。

 初めて地球を創った日。

 初めて生命を誕生させた日。

 初めて神を選抜して仕事を分担した日。

 僕はシャープに色んな話をしたし、シャープも新たな不死鳥が産まれた話なんかをしてくれた。

 サミエドロとバクが二人で一人の死神をやっているのは的を得ている。僕は僕一人しかいなかったから自分の心を二つに切り裂いて大きい方をシャープにして死神やってるけど。



「ぼうっとして、どうなさったんです?」


「睡眠不足かな」



センチメンタルになっていたのを誤魔化すために、冗談を言ってみる。死神が睡眠をとらないことは神も周知の事実だから。



「ちょっとでかけてくるよ」



 今まで死神は僕一人だったから、神に僕のことについて話たことはない。だけど、同じ死神としてサミエドロとバクにはシャープに会わせた。バクは気に入っているから直接会わせてあげたし、サミエドロは恐らく花の姿になっている時に水を与えてもらったり、話しかけてもらったりして会っているだろう。

 二人にシャープについて詳しい話をしたらどんな顔をするだろう。楽しみだ。

 鎌を振り、源星に降り立つ。

 美しく咲く白い花を踏まないようにそっと歩みを進める。この花はこの星の輝きの元でもあるが、緩衝材でもある。



「こっちだよフラット」



無邪気な笑顔で手招きする映し鏡は、僕本体から分離したせいで強い感情を持っている。もしもシャープが源星から出て笑いでもした日には全ての星がなくなってしまうだろう。泣いたって同じことだ。



「サミエドロとバクを連れて来てくれたの?」


「まだ僕らのことを話すには時期尚早だよ。もう少し落ち着いたら話そうと思う。勿論シャープのいるこの源星でね」



 僕は感情がないわけではないけど、基本的に必要であれば非情になれる。僕の身体に残した感情はほんの僅かだから。

 シャープも僕の一部なはずなのに、まるで別人のようだ。シャープが僕とは別の個体として存在するようになってから数えられないほどの年月が経っているし、本当にもう別人なのかもしれないね。

 もしシャープを僕に再統合しても、僕の性格はここまま継続してシャープのような性格になるとか、シャープと足して二で割ったような性格になるとは思えない。

 つまり、シャープとして分離した感情はもう僕には戻らない気がするよ。



「死神を一度に二人も増やして怖くないの?。特に…」


「サミエドロ?」


「なんだ、フラットも同じこと考えてたんだね」



そう、この僕にしてもサミエドロだけは先が読めない。ある程度の命や神に関しては、寿命を迎えるまでのシナリオは先が見えている。だけどもう死んでしまった人間の作り出したサミエドロの行く先は、靄がかかったように曖昧ではっきりと道筋が見えない。

 何を考えているのか、何をしようとしているのか。他の命よりもそれがわかりにくい。それを少しばかり恐れる自分と、面白がっている自分が半々だった。



「あの子は誰よりも僕に忠実だ。あの子は僕が命じれば必ず命を差し出す。自信があるから恐怖よりも興味深さの方が勝っているのかもね」


「あれだけの力を持ってるのに傲慢にならずに常に慎ましいあたりもいいよね。面白い子だから、多少のリスクは会っても傍に置いておきたかったんでしょ」


「言ってしまえばそういうことだね」



 シャープと同様この世界の全てを消失させてしまうほど力を有しているのに、サミエドロが死神として手にした力は命を刈り取る力ではなかった。

 サミエドロが手にしたのは、理不尽に失われた命を再び吹きかえさせる力。何とも彼らしいじゃないか。

 この力は自分の精気を削って他に命を与えるもので、命を奪うことよりもずっと難しい。それもきっと簡単にやってのけてしまうであろう自己犠牲と優しさで出来た彼に、ぴったりの役目だと思う。



「あの兄弟、欠けたパズルピースが上手くはまった状態というか、いいコンビだよね」



 命を奪うことも吹きかえさせることも、今までは僕一人でどちらもやって来た仕事だ。だからって別にそれが決まり事なわけじゃない。だからあの二人にはそれぞれに適した方の役目を担ってもらった。



「死神の集会にも連れて行かないとね。…そのうち」




                               END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人ならざる兄弟の悲しき生き様 青時雨 @greentea1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ