第8話:ライカと初任務


 へカーテ機関京都支部――対幻想生物部隊〝魔女の猟犬バーゲスト〟用、第四会議室。


 晴れてバーゲストの新入隊員となった俺は、早速作戦会議とやらに参加させられていた。

 

 会議室を見回すと前には九耀さんが立っていて、その隣にはなんか厳つそうなオッサンが腕を組んで佇んでいた。


 しかしそれ以外の隊員は皆若く、俺と同い年か少し上ぐらいにしか見えない。

 中にはどう見ても中学生ぐらいの子までいた。


 その全員が何となく、俺と同じ新入隊員のような雰囲気があり、数人だけが落ち着いた様子で九耀さんが口を開くのを待っていた。


「うっし、全員揃ったな? まあ自己紹介は不要だと思うが……今回の作戦の立案及び指揮を行う九耀灯子だ。気軽にくーちゃんって呼んでいいぜ」


 なんて言いながら飛びっきりのスマイルとサムズアップをする九耀さんだったが、場は限りなく冷えていた。


「……んだよ、ノリ悪ぃな」

「そういう寒いノリを周囲に求めるのは悪いクセだぞ、九耀」


 なんて大真面目に言ったのは、九耀さんの隣にいたあの厳ついオッサンだった。ロマンスグレーとでも表現できる白髪交じりの髪をオールバックにして、かつ黒のスーツ姿。


 場所が場所でなければ、SPか殺し屋のどっちかだろうと俺は疑うね。


 しかし九耀さんはそのツッコミも気にしないとばかりに言葉を続ける。


「で、こいつは今回の現場でお前らを引率する、賀定がじょう智則とものり君だ。見た目は厳ついが、中身はなかなかチャーミングなので親しみを込めて、とも君とでも呼びたまえ」

「……賀定だ。お前ら新入隊員を指揮するが、俺のことをとも君と呼んだ奴は、上官命令でいびり倒すからそのつもりでいろ」

「うわー、感じ悪っ! こういうこと、普通言うかね? 士気が下がるんですけど~? パワハラなんですけど~?」

「……もう俺帰っていいか?」

「だめ」


 ええい、早く本題に入れ! というか、やはりここにいるのは新入隊員か。


 十人程度なので、それが多いのか少ないのか分からない。


「あはは! 相変わらず飛ばしてるなあ、灯子さん」


 なんて声が横から聞こえてくるので、そちらへと顔を向けると――そこにはセミロングの黒髪を姫カットにした、少し中性的な雰囲気のある女子が座っていた。


 美人と呼んで差し支えないルックスだが、なぜかどこか信用ならないような、そんな雰囲気を纏っている。

 ああ、そうだな。こう表現すると一番伝わるかもしれない。


 まるで、――そんな女の子だ。

 

「ん? どうしたん? 惚れてもた?」


 その子がニヤニヤしながら、目を細めて俺を見つめてくる。やっぱり、どこか狐っぽい。

 それにそのイントネーションを聞く限り、この子は京都の子かもしれない。

 

「初対面での第一声はそれでいいのかよ」

「あはは、せやな。そういうそっちも、それでいいの?」

「いいんだよ。俺はそういう性格だから」


 我ながら捻くれていると思うが。


「ふふふ……自分、面白いな。あ、ここで言う自分は、うちのことじゃなくて、君のことや」

「東京生まれ東京育ちの俺でもそれぐらいは分かる」

 

 関西弁キャラを書く為に死ぬほど勉強したからな。


「東京なんや。凄いなあ」

「そうか?」

「憧れや。まあ住みたいとは思わへんけど」

「出た、京都人ムーヴ。なんやかんや京都がナンバーワンって思ってるだろ」

「そんなことないで? 嫌やわあ、そういう偏見持ってる人」


 なんて喋っていると――


「おうおう、人の話を聞かずに作戦会議中にイチャつくとは随分と余裕だなあ、あん?」


 目の前に九耀さんが立っていた。その顔には笑みが浮かんでいるが、目は笑っていない。

 いやというか、マジで近付いてくる気配も足音もなかったんだけど。


「ちゃいますよ、灯子さん。この人がナンパしてきただけです。でもその責任はうちにもちょっとだけあって。だってほら、うち可愛いし」


 なんて言いやがるこの女狐は出会って五分でもう敵確定だ。


「話し掛けてきたんはそっちだろうが」

「そうやっけ? 東京の人は怖いわあ。目で誘っておいて、知らんぷりやもん」

「はいはい。それぐらいにしておけ、ライカ」


 そう言って九耀さんがその女狐を窘めた。どうやらこの二人は知り合いのようだ。


「お前もつくづく変なのに縁があるよな……そいつは、一喰いちはみ頼火らいか。お前と同じバーゲストの新入隊員で、あたしがスカウトした組だ」

「変なの呼ばわりはアレやけど……うちのことはライカって呼んでくれてええよ。よろしくね……ええっと誰やっけ」


 女狐……じゃなかったライカがニコリと笑いながら、首を傾げた。


理宮りみや由宇ゆうだよ」

「顔に似合わずカワイイ名前やね。ゆー君って呼ぶわ」

「せめて、そう呼んでいいかどうかを聞けよ」


 なんてまた話していると、九耀さんが俺達二人を睨みながら、賀定さんへと声を投げた。


「丁度良い。どうやら緊張もしてねえようだし、こいつらを先行させよう」

「……お前がそれでいいいなら、構わん」


 なんか勝手に話が進んでる気がするんだが?


「あはは。なんかうちら、栄誉の一番槍みたいやね」

「……九耀さん。それでこれはどういう作戦なんですか、というかまだ何も聞かされてませんけど」

「今から説明するから、とりあえずお前らは黙れ」


 そうして九耀さんが会議室の前へと戻っていく。

 やっぱり話は何も進んでないじゃん!


「えへへ、怒られちゃったね」


 なんて嬉しそうに俺に笑いかけるライカに、不覚にも少しドキッとしたのは内緒だ。


「えー、緊張感ない馬鹿が二人いるが、まあお前ら新入隊員に相応しい任務が京都府議会から与えられた」


 九耀さんが会議室の前方にある巨大モニターに、この京都の地図を映しだした。


「昨晩、〝空想の逆流現象バックフロー〟が京都で確認された。場所は――」


 ポインターで九耀さんが示した場所は京都市街から見て南東に位置する、全国的にも有名なとある観光地だった。


「――のある、稲荷山だ」


 伏見稲荷大社。それは全国にある伏見稲荷の総本山であり、千本鳥居で有名な神社だ。

 そんな超有名な神社のある稲荷山は、その全体が神域だという。


 だが現在は幻想生物ファンタズマの住処となってしまっていて、封鎖されている。

 、バックフローが起きやすいからだ。


 だから京都は、世界的にもバックフローが起きやすい日本の中でも、特にその頻度が多い。


「同時に、京都府警の対幻想生物ファンタズマ警邏隊がいち早く出動したが――その全員が今朝、死体となって発見された」


 その言葉で、その場の空気がピリつく。


「原因は間違いなくバックフローによって出現した、新たな幻想生物ファンタズマだろう。何が出たかは目下調査中だが……その調査の為にも、露払いが必要だ。幸い、現時点で稲荷山に確認されている他の幻想生物ファンタズマは鬼種である<犬鬼コボルト>のみだ」


 モニターに、二足歩行する犬頭の怪物が映し出された。


 コボルトといえば本来は妖精で犬はあまり関係ない。だが後世の創作でなぜか犬頭の鬼とされてしまい、現代ではそっちのイメージが強いと言う。幻想生物ファンタズマ達は、そういうフィクションにおけるイメージが強く反映される為、『フィクションのせいで生まれた怪物』なんて言われるのだ。


 作家側からすれば、そんなこと知るか、という話である。


「なんで伏見稲荷やのに犬なんやろな。狐やろ、そこは」


 なんて文句を言っている奴が隣にいるが無視する。


「別働隊が新たに出現した幻想生物ファンタズマの調査を行う間、邪魔が入らないようにコボルトどもの相手をするのがお前らの役目だ。二人一組でペアを組んで、各組でコボルト討伐に当たってもらう。で、その中でも理宮、一喰ペアには先行してもらうので、そのつもりで準備しておけ。出発は三時間後だ」


 それから詳しい作戦内容に説明されて――俺はライカや他の隊員達と共に、軍用らしき輸送車両へと乗せられた。


「初の実戦緊張するなあ」


 なんて言いながら装備を弄っているライカだが、どう見ても余裕そうだ。

 彼女も俺も、あの黒いボディスーツと各部を守るアーマーを装備していた。まるでSFに出てくる兵士のような装備だが、着心地は悪くない。


 そして俺を除いてほぼ全員が、レーヴァティンを所持していた。形や大きさは様々だが、一見してそれを持っていないのは俺ぐらいだろう。


 まあなんせ右腕と一体化してしまっているので仕方ない。ちなみに、腕を元に戻すのにえらく苦労した。


「初の実戦どころか、俺はレーヴァティンを使うのがこれで二回目なんだが」


 俺がそうライカへと零すと、彼女は信じられないといった顔で見つめてくる。


「はあ? ゆー君、トレーニングとかはしてないん?」

「してないよ。ついこないだバーゲストになったばっかだし。そもそも生活のためというか、人権を取り戻すために命賭ける必要があるとか、嫌すぎる仕事だよ」

「なにそれ……大丈夫なん?」

「いや、俺が聞きたいんだが」


 ライカが不安そうな表情になる。いや、その気持ちは分かるよ。

 これから組む相手が、そんな調子じゃそうなる。


「……ま、灯子さんのお気に入りみたいやし大丈夫か」


 なんて納得しやがった。切り替え早っ。


「そういや、ライカって九耀さんと知り合いなのか」

「んー、知り合いっちゃ知り合い。親せき……とはちょっとちゃうけど、寄り合い? で一緒やったみたいな感じや」

「ふーん」


 ライカが肘を膝の上に立てて、その手で頬を支えながら俺へと流し目を送ってくる。いちいち妙に色っぽい仕草に、俺はからかわれているような気分になった。


 まあ……決して嫌な気分ではないが。


「その話、もっと聞きたい?」

「到着までまだ時間あるしな。退屈しのぎには悪くない」


 俺はそう言うとライカが嬉しそうに笑い、口を開いた。


「九耀さんの家とうちの家は、まあ仲間というか組織の一員みたいな感じなんよ」


 なんてライカが語り出したその話は、まあなんというか何とも作家である俺好みの話だった。

 つまり胡散臭くて、なんとも怪しい話である。


「〝表三家おもてさんけ、四飛んで、裏五家うらごけ。合わせて呪詛九家じゅそきゅうけ〟」

「なんだその呪文」

「京都に古くからある、陰陽師や霊媒師の家系九つを合わせて、そう呼ぶんよ。一喰いちはみ二坐にざ

三牢みろう、四飛んで、五錠ごじょう六波ろくは七辻ななつじ八海はっかい……そして九耀くよう


 聞いたことある名前があった。

 五錠……はあの俺の主治医であるマッドサイエンティストの名字だし……九耀は言うまでもない。

 

「安倍晴明の末裔やってことで、古くから京都の政治や鎮護を裏からずっと支配していた――

「おいおい……」

 

 設定とか言っちゃってるよ!


「あはは! 安倍晴明の末裔なんて話はそこら中にあるし、記録なんて全部燃えてしまってるで。だから、いわばこの九家は、いわゆる霊感商法の詐欺師、ペテン師の集まりなんよ。お札作って呪文唱えて、時に悪霊と戦う……振りをしていただけ」

「ちょっとだけワクワクした俺の気持ちを返せよ」

「まあ、最後まで聞いてや。今から思えばうちらがやってきたことは全部嘘やったんや。でもな、やってた当人達は皆、んやで。うちは幼い頃から武芸を習わされて、陰陽道の修業もやった。疑いすらせえへんかったわ。全部嘘やなんて」


 そう語るライカの顔に、陰が差す。


「でもバックフローが起きて。ほんまに悪霊やら鬼が出始めて……ようやくうちらは気付いたんや。うちらがやってきたことは嘘っぱちやって」

「……それはなんというか、辛いな」

「うん。でもな、うちはアホやった。自分の力が幻想生物ファンタズマに通用するって本気で思ったんや。するわけないのに。だから、現れた幻想生物ファンタズマを倒せると思い込んで、そいつの前に立ちはだかったんや。まるでヒーローみたいにな。そしたら――」

「ああ、なるほど。話が読めた。そこを九耀さんに救われたんだな」


 俺がそう先回りすると、ライカが首を傾げた。


「ちゃうで?」

「違うのかよ」

「あかん、もう着くみたいや。続きは生きて帰れたらやな」


 なんて言葉とともに、車が原則していく。


「嫌な言い方すんなよ」


 俺がそう文句を言うと、 運転席に座っていた賀定さんがこちらへとやってきた。


「作戦を開始するぞ。斥候兼、囮として……お前らに出てもらう」


 なんて嫌がるので、俺はため息をつく。予め聞いていたとはいえ、撒き餌になるのはいい気分ではな。


「囮か……」

「あはは、ヤバそうやなあ」


 俺とライカが車両から飛び出し、目の前の山を見上げた。道路側からは低いなだらかな山にしか見えず、手前には荒れ果てた伏見稲荷大社があって、寂寥感を醸し出している。


 目の前にそびえる赤い、崩れかかった鳥居が、俺達の侵入を拒んでいるようにさえ見えた。


 だがビビるわけにはいかない。


 俺は右手で拳を握ると、深呼吸。


「ほな、やりましょか」


 ライカは腰につけていた、警棒のような形をしたレーヴァティンを抜くと、右手でそれを払った。

 金属音と共にそれは伸びていき、一メートルほどの棒となった。


 どうみてもただの金属棒にしか見えないが、レーヴァティンがそれだけであるわけがない。


「うっし。行こう」

 

 こうして俺の、バーゲストとしての初任務が始まるのだった。


 まさかそれが……になるとは――この時、思ってもみなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幻想喰らいのドラゴン・レーヴァティン ~幻想生物や闇堕ち英雄が跋扈する日本で、元作家の冴えない俺は、空想を現実化する魔剣と竜血の力で英雄となる~ 虎戸リア @kcmoon1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ