第7話:黄金抱えし赤竜


 俺は迫る赤い光刃を前に、目を閉じていた。


 時間が引き伸ばされるような感覚と共に、瞼の向こう側の世界が灰色に染まる。


「……これは」


 俺がそう声を出すと、背後に気配。


「ま、いわゆる精神世界だな。心象世界とも。しかし色気のない世界だ。もう少しなんとかならんのか」


 そんなことを言いながら、俺の前へと現れたのは――赤いドレスを着た少女だった。


「……ファーヴニル」


 俺がその名を呼ぶと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「いかにも。我がファーヴニルだ」

「お前、俺の身体に何をした……は今はいいか」


 俺はファーヴニルと共に、目の前へと迫る光刃へと視線を向けた。


 そんなことよりも、これを何とかしないといけない。


「厄介だな、<勝利の剣>に<エクスカリバー>が混じっている。どう足掻いても勝てはしない」

「だな。でも、勝つ必要はないんだ」


 九耀さんは、勝てとは決して言わなかった。

 ただ、生き残れたら――、バーゲストへの入隊を認めると言った。


「別に、バーゲストになんか入りたくないんだがな」

「ふっ……。ま、今は目の前のあれを何とかするしかあるまい」


 そう言ってファーヴニルが苦笑する。


「そう言われてもなあ……」


 主に絶対勝利をもたらす剣に、反則じみたレーザーブレード。どう頑張ってもあれを耐えられる気がしない。


「避けるのどうだ? いや、もはや今から動いたところで間に合わんか。どんなに頑張っても、最低でも右手は犠牲になる」

「だよなあ。綺麗に心臓を狙ってやがる。あれじゃあ、心臓取り出せないだろうに」

「元よりそんなつもりはないのだろうさ。それで、どうするのだ?」


 ファーヴニルがそう聞いてくる。それは俺が聞きたいぐらいだ。


「右手を犠牲に避けたとして、どうせ追撃してくるだろ。そうしたら今度こそ終わりだ」

「だが、チャンスは生まれる」


 ファーヴニルがそう言って、俺が握っている試作型レーヴァティンを見つめた。


「レーヴァティンをそのように解釈して使うとは、これだから人間は面白い」

「とはいえ、どんな聖剣や魔剣を出したところで、あれには勝てない」


 それぐらいに、今目の前に迫っている剣は圧倒的だった。あまりにチートすぎる。


 あんなもん相手にした、伝承上の怪物や人物に頭が下がる。


「……そうか」


 俺はある一つの可能性を思い付く。


「こいつは、バックフローを意図的に起こすことができるらしい。九耀さんはそれを利用して、あんな聖剣を造り上げた。なら、同じことができるはずだ」

「同じこと? お前も<勝利の剣>と<エクスカリバー>を融合させた剣を出すということか?」

「いや、それは無理だ。俺はそういう聖剣魔剣の類いの知識は最低限しかない。それではあれを防げない。だけども――」


 俺が英雄譚の中で一番心惹かれたのは、英雄でも、そいつが握る剣でもなかった。


 ああ、そうだ。


 俺はに、自分を重ねていたんだ。


「バックフローを意図的に起こせるなら、もっと簡単に作れるものがあるだろ」


 俺がそう言って、ファーヴニルを見つめた。


 〝百聞は一見にしかず〟という素晴らしい言葉がある。

 俺はファーヴニルを、何よりも、誰よりも知っている。


 なぜなら、この目で見たから。


「ファーヴニル。お前、あの時――本当なら九耀さんに、いやあの剣に……。だってお前は本来なら、<グラム>でないと死なないはずなのだから」


 北欧神話の一つである〝ヴォルスンガ・サガ〟において、ファーヴニルはシグルズと呼ばれる英雄の手によって屠られたという伝承がある。その時に使われたのが、かの有名な聖剣――<グラム>である。


 その物語において、ファーヴニルの鱗は分厚く、という。


「……正解だ。ま、勝てはしないだろうが、死にもしなかっただろうな」


 ファーヴニルが嬉しそうに俺の推測を肯定する。


「なら、あの時やられたのは……わざとか」

「それもまた正解だ」

「その理由はまたいずれとして……つまり、


 俺の言葉に、ファーヴニルが笑みを返す。


「ならすべきことは分かるな? 我の行動を、言葉を思い出せ」

「ああ……分かってる。問題はこれを上手く使えるか、だな」


 俺はこのズシリと重い試作型レーヴァティンを掲げてみる。バックフローを意図的に起こすなんて、本当に可能なのだろうか?


「チャンスはある。それにお前に有利な条件は揃っている。なんせお前がこの世界に現実化すべきものを、お前はもう知っているのだから」


 そんな言葉と共に――ファーヴニルの姿が消えていく。


 でも分かっている。彼女はずっと俺の中にいるのだ。心臓となって、血となって。


「やれやれ……使ったこともない訳分からんデバイスをぶっつけ本番で起動させないと死ぬなんて……まるで物語の主人公みたいじゃないか」


 笑える冗談だ。


 そうして俺の世界に――色が戻る。


 迫るくる、赤い光刃。


 俺は見様見真似で九耀さんの真似をして、試作型レーヴァティンの柄にあるトリガーを引き、叫ぶ。


「独創……【黄金を抱えしファーヴ――!!」

「遅え」


 しかし俺が試作型レーヴァティンを起動させようとした瞬間、九耀さんの光刃が俺の右手をレーヴァティンごと叩き斬った。


「っ! 痛ってえええええええええ!!」


 右腕が肩から切断され、焼けるような痛みが俺を襲う。


「ありゃ? 心臓狙ったのに、躱しやがったか。じゃあ、もっかいだ」


 九耀さんが意外そうな表情を浮かべながら、床をすらも貫通した【勝利へ導く神の御剣エクスフレイカリバー】を跳ね上げた。


 今度は完璧に俺の頭部を狙った下段からの一撃。


 避けるのは不可能。

 右腕は斬られ、試作型レーヴァティンも壊れてしまった。

 絶体絶命のピンチ。


 だけども、斬られたのが


 だってそれは最初から、俺の腕ではないのだから。


 だから、あとはイメージするだけだ。

 妄想することも。想像することも。それは文字に落とし込む為にその細部までも脳内で再現することも。


 俺は得意中の得意だ。


「……――【黄金を抱えし赤竜ファーヴニル】!!」


 心の底から、その名を叫ぶ。


 試作型レーヴァティンは手から離れているが問題ない。だって既にそれはさっき起動させているからだ。


 俺の言葉に呼応して、右肩から光が溢れる。その光に試作型レーヴァティンの残骸が取り込まれていく。


「あはは! なんだそれは!」


 九耀さんが嬉しそうに叫びながら、赤い光刃を上へと薙ぎ払った。


 その光刃を――俺は


 赤く激しい光が火花となって散る。


 俺はそのまま、光刃を弾き返すと――地面を蹴って、九耀さんを強襲。


 彼女の心臓を狙って、右腕を伸ばした。


「っ!」


 それを九耀さんが剣を使って防御し、再び火花が散った。


 彼女の顔には、驚愕と焦りの表情。


「てめえ、やるじゃねえか!」


 九耀さんが再び剣を振るおうとするも、気が変わったのか、剣を振る代わりに大きくバックステップ。


 そのまま剣を降ろしてしまう。


「それで……これは合格でいいんですかね?」


 俺はそう言って、そんな九耀さんへと右腕を向けた。


 切断されたはずの俺の右腕は、人のそれではなく、太く鱗に覆われた、まるで竜の腕のようになっていた。手の先には鋭い爪が生えている。

 さらにその腕のところどころに試作型レーヴァティンと思わしき機械部分が取り込まれている。


 まるで機械と竜が混じったようなその物々しい見た目に反して、その腕は俺の思い通りに動いた。


「ファーヴニルを部分的に再現して、その上レーヴァティンを取り込んだのか」


 九耀さんが信じられないとばかりの声を出す。


「元々俺の腕じゃなかったんでね。あとレーヴァティンを取り込んだのは事故みたいなもんです」


 俺の両腕はファーヴニルによって切断されている。その後に生えてきたのは、元よりファーヴニルの力によって再現されたものだ。だったら、それを竜の腕として再び再現させるのは容易いことだった。


 まあレーヴァティンがその中に混じってしまったのは偶然であり、なぜそうなったかは俺にも分からない。


 だけども俺の脳内で、いつか聞いたファーヴニルの言葉が響く。


 〝何、礼ならいらぬぞ〟


 あの言葉。そして俺の両腕を切断するという行為。

 全てはこの為だった。


 俺が、ファーヴニルの腕を再現できるようにと。


「かはは……良いだろう。ネームドを部分的にとはいえ再現するとは、あたしも予想外だったよ。レーヴァティンも随分と変則的な使い方な上に、自らに取り込みやがったが……合格にしといてやる」


 九耀さんが剣を解除し、レーヴァティンを元の姿へと戻した。


 こうして俺は、何とかバーゲストの入団テストに合格したのだった。


「ところで九耀さん」

「んだよ。あの請求書ならなかったことにしてやるって」

「いや、それも大事なんですけど――これ、どうやって解除するんですか?」


 その後、九耀さんがしばらく腹を抱えて笑っていたのは、俺の黒歴史である。

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