第6話:試作型レーヴァティン

 そこは、体育館に似た広いスペースだった。

 無機質な床と壁、どう見ても三十センチ近くある分厚い窓の向こうに、研究員らしく人々が何やらコンソールを操作している。


「ここはあれこれ試験するための場所でな。ミサイルぶっ放しても壊れないようにできてる」

「ミサイルレベルの破壊力を想定するってどんな試験だよ」


 そう目の前に立つ九耀さんへと、俺は力無く言葉を投げた。

 

 俺はあのグリーンの入院着から彼女と同じ、黒を基調とした動きやすそうなボディスーツに着替えさせられていた。、おそらく運動的な何かをやらさせるのだろうと予測する。


 しかし運動なんて高校の体育の授業以来まともにしていない。九耀さんが課す試験が何であるにせよ――到底俺が合格できるとは思えなかった。


「んじゃ、始めるか。おい、アレを出せ」


 九耀さんが耳に付けていた通信機で何か指示を出す。


 すると九耀さんの横の床からラックがせり上がってくる。

 そこにはあのファーヴニル襲撃事件の時に九耀さんが握っていた、あの剣が装着されていた。


 だけども形状があの時とは少し違う。刃がなく、機関部が付属された柄から棒が伸びているだけで、穂先のない短い槍を思わせるシルエットだ。


 あるいは、柄の部分を上にすれば……それは杖にも似ていた。


「バーゲストに入るには、こいつを使いこなすことが最低条件だ。ほれ、そっちにあるやつを使え」


 九耀さんがその剣……あるいは杖をラックから外し、手に取った。同時に俺の横にもあのラックがせり上がってくる。


「あれ? なんか、俺のだけ形状が違いません?」


 俺がそのラックを見て、思わずそう言ってしまう。


 そこにあるのは、九耀さんのものを二回りほどゴツくしたような形状で、やたらと柄の機関部がデカい。


 九耀さんのものをスポーツカーと例えるとすれば、俺のは戦車とでも形容すべきほどゴツく、何か物々しい。それは全く洗練されておらず、とりあえず付けられるものは全部付けた、みたいな感じだ。


「そっちは量産モデルの前段階のもの……つまり試作型だよ。で、あたしのがオリジナル」

「量産モデルですらないのかよ……」


 古き良きロボットものはなぜか試作型が強かったりするが、そんなものはフィクションの中だけの存在だ。信頼性、整備性云々を見ても量産型の方が質が良いに決まっている。


「こいつが開発されて、あたし達は幻想生物ファンタズマとまともにやり合えるようになったんだ。多分、誰もが一度夢みた存在だよ、これは」

「これが?」


 俺は渋々ラックからそれを外し、柄を握った。ズシリと重いが、見た目ほどではない。


「ふふっ……それ、片手で持てるのか」

「へ? ああ、両手で握るのかこれ」


 俺が両手で握ると、九耀さんがスッと目を細めた。


「それは


 どういう意味だよ。


「フェアに行こう。こいつはあたし達が開発した、我ら猟犬の牙となる〝対幻想生物用アンチファンタズマ独創補助インジーニアス装置デバイス〟……」

「対幻想生……なんて?」


「独創補助装置。だけどそんな長ったらしく味気ない名前は面白くないだろ? だからあたしがこいつに名前をつけた。〝がいなすあだ魔杖まじょう――レーヴァティン〟、とな。魔女の猟犬が持つには……ぴったりのネーミングだろ?」


 レーヴァティン。

 おそらくファンタジー系の創作者でその名前を知らない者はいないだろう。


 それは北欧神話に出てくる杖、あるいは剣とも言われる武器だ。

 様々な逸話があるが、フィクションにおいて北欧神話における〝神々の黄昏ラグナロク〟にて巨人スルトが振るったと言われる、炎の剣と同一視される場合が多い。


 この場合、大体が炎を纏った剣と描写されるがそれが全てではない。


「レーヴァティン……その名の由来は様々だが、と解釈されることを利用して、このデバイスにはその名を冠するにぴったりな機能が付いている」


 九耀さんがそう言って、手に持つオリジナルとでもいうべきレーヴァティンを構えた。


「〝百本の輝ける火よ、勝利へと我を導け〟」


 その言葉を引き金に――見えない力が空間内に渦巻き、それがレーヴァティンへと集約していく。


――【勝利へ導く神の御剣エクスフレイカリバー】」


 柄の機関部が起動し、虚空から現れた金属片がレーヴァティンに装着され、変形していく。


 そうして出来上がったのは――ファーヴニル襲撃事件の時の彼女が握っていたらあの剣だった。


「いやいや、漫画やアニメじゃあるまいし……質量保存の法則はどこいった」


 俺は思わずそんなツッコミを入れてしまう。


「ノリが悪ぃなあ。うわー、かっちぶー! って騒げよそこは。お前ほんとに男で小説家かよ」


 九耀さんが呆れたような顔をすると、その剣を肩に担いだ。

 それを見て、俺が更に文句を重ねる


「そもそもなんだよそのごちゃ混ぜネーミング。フレイの〝勝利の剣〟なのかエクスカリバーなのかはっきりしろよ」


 しかし九耀さんはただ肩をすくめるだけだった。


だからな。そりゃあ名前も混じる。しかし流石は作家様だ。フレイの〝勝利の剣〟だと見抜いていたか」

「そりゃあまあ……」


 フレイの〝勝利の剣〟――こいつに関しては少々マイナーだが、その剣に宿る能力はぶっちぎりのチートだ。

 なんせ名前通り、持ち主に勝利を約束するのだから。さらに原典によれば、この剣は持ち主の手から離れても自動的に敵を攻撃するという。


 〝エクスカリバー〟については言わずもがな。おそらく知名度ナンバーワンの聖剣だろう。


「北欧神話における〝勝利の剣〟。それにアーサー王伝説で有名な〝エクスカリバー〟。どっちも実存しないものだ。フィクションの産物、空想上の武器……と言ってもいい。だからこそ――


 その言葉で、俺はようやく気付いた。

 だけどもそれはあまりに信じがたいことだった。


「まさか……これは……」


 俺は手に持つゴツい試作型レーヴァティンを見つめた。

 そして俺が推測した通りの言葉を、九耀さんが口にする。


「こいつは、バックフロー現象を起こすことができる」

「ありえん……そんなバカな話があるか」


 バックフローは、俺達創作者の空想が現実に逆流してきた現象だと言われているが、未だその原理は解明できていない。そもそも、あれで現れるのは幻想生物ファンタズマだけのはずだ。


「だが、こうして実際に武器が現れたわけだ。まあ詳しい原理は実はあたしらも半分ぐらいは分かっていないんだけどな。だけども一つ確かなのは……こいつを使えば、空想を現実へと降臨させられる、という点だ」

「空想を……現実へ」


 それは……創作者にとって、夢のような装置じゃないか?


「とはいえ、こいつだって万能じゃない。使うのに先天的な素質と――それが現実にあると思わせるほどの空想力、イメージ力、独創力が必要だ。つまりお前みたいな創作者にはピッタリな武器なわけだ。盲信が、思い込みが、それを現実化させる」

「じゃあ俺もこいつを使えば〝エクスカリバー〟を作れるのか?」


 俺がそう問うと、九耀さんがニヤリと笑った。


「答えはイエスでもあり、ノーでもある」

「どういうことだよ。要は想像すればいいんだろ。〝エクスカリバー〟を」

「その通り。だがそれが伝承上の〝エクスカリバー〟と同一かどうかは……お前次第だ。例えば〝エクスカリバー〟の形状を、その細部を詳細に思い描けるか? エクスカリバーの能力は?」

「それは……」

「そんなお前が作れるのは、せいぜい〝エクスカリバー〟っぽいただのロングソードだろうよ。だけどもそれについて調べ、資料を読み漁り、何よりそれに対する強いイメージ力を持てば……それは自分の思い描く伝説の聖剣となる。それが多少、伝承や原典と矛盾していたり相違があったりしても問題ない。解釈なんて……作者の数だけあるだろう?」


 理解してきた。

 こいつは言わば空想実現装置なのだ。だが空想を実現させるのに必要なのは、おそらく知識と創造力だろう。

 そしてバックフローの原理と同じということは……

 

「そうか……こいつは、幻想生物ファンタズマと同じで、も影響を受けるのか」

「イグザクトリィ……正解だ。じゃあ、大体概念は理解したな」


 そう言って九耀さんが、【勝利へ導く神の御剣エクスフレイカリバー】を構えた。


「いや、だからといって流石に素人の俺と九耀さんじゃ、勝負にならないんじゃ」

「あん? 何を勘違いしてるんだ?」

「へ? 今から九耀さんと、この試作型レーヴァティンを使って戦うんじゃないのか?」


 てっきりそういう展開かと思ったが。


「そもそも【勝利へ導く神の御剣エクスフレイカリバー】をあたしが出した時点で、お前は絶対に勝てない。そういう概念だからな、これは」

「じゃあ、どうすれば」

「もっとシンプルにいこうぜ。あたしは今から、手加減なしの一撃をお前へとぶちかます。あのファーヴニルすらぶった切るやつだ。それを――お前はその試作型を使ってなんとかしろ。なんとかできて死ななかったら合格。死んだら不合格。分かりやすいだろ?」


 ……いやいやいや!


「無理だって! そもそもこれを上手く使えるかどうかも分からないのに!」

「上手く使えない奴は、いらねえんだわ。というわけで、せいぜい足掻け」

「いや、ちょ、待っ――」


 分かる。九耀さんは本気だ。

 既に彼女は剣は刀身から赤い光刃を形成している。


 今なら分かる。刀身の分離要素は〝勝利の剣〟の伝承からだろうが、あの光刃はおそらくエクスカリバーのものだ。


 エクスカリバーは伝承によると、百本の松明よりも明るい光を放っていたという。それを彼女はああいうレーザーブレードと解釈し、現実化させた。

 それはかつてのフィクションにおいても、わりとありふれた解釈だろう。だからこそ――それは現実化した時に、脅威となる。


 恐ろしいほどの威圧感が俺を襲う。


 ファーヴニルの時以上に、これはヤバい。


。あたしは今からこの〝勝利の剣〟と〝エクスカリバー〟が混じった、あたしオリジナルの聖剣【勝利へ導く神の御剣エクスフレイカリバー】をお前に向けて放つ。それをお前は何とかしろ」

「何とかしろって……そんな」


 死の恐怖が、俺の全身を襲う。これ、直撃したら間違いなく死ねるやつだ。


「いいから聞け。そのデバイスは、空想を現実にする――言うなれば、お前の描くストーリーが現実化するんだ。お前も作家ならできるだろ? シーンを想定するんだ。お前は主人公で、あたしの攻撃の正体もそのトリックも分かっている。あとは、それを乗り越えるだけだ。知恵とアイディアを振り絞って、――〝オーサー王〟」


 そんな台詞と共に――空気を焦がす赤い光刃が俺へと振り下ろされた。


 レーヴァティン試作型を握り、俺は目を瞑る。


 くそったれが。そこまで言うなら、やってやる。


 描けばいいんだろ。創造すればいいんだろ、そのチートくさい攻撃の耐え方を。


 相手が放つのは、絶対勝利を約束をする神の剣に、世界一有名な聖剣の融合体。


 勝つ方法は絶無だろう。


 それでも俺は脳みそをフル回転し、紡いでく。


 あの攻撃に耐えた、自分の未来を。


 描くんだ。

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