第52話
「なにそれ、お前、こっち側の人間なの」
『こっちもどっちもないよお。ロジは言いつけられたことをしてるだけ』
「そか。悪い、ちょっと驚いた」
『かはは!』
なかなかに情報量が多い告白だと思ったが、征燈は一呼吸吐いて納得したらしい。
俺は簡単には納得できないが、これもまた縁なのだろうな。
燈無烏冠社……宗派と言っていたが、俺が認識している情報では嫁神楽流が管理できない地域に発生した衆人だ。
時代に乗り、生き残る術として宗教を選んだとしても問題はない。
だが、嫁神楽流と燈無烏衆が交わることなどこれまで一度もなかった。
そんな偶然すらも起きてしまう征燈の業には、大きな変動期が待ち受けているに違いない。
「あの学校の担当って、凄いな」
『お父上の管轄はロジの三倍くらいあるから凄くはないよ。けど、ゆっきーが褒めてくれて嬉しいなあ』
「色々聞いてもいいのか?」
『根掘り葉掘り?』
友だちとしての見極めをつけていると言った路次くんは、きっと否であるならば征燈にも真っ直ぐ「否」と答える。
けれど聞こえてくる声音は楽し気に弾んでいて、画面に見える影は機嫌のいい時の路次くんの動きをしている。
「晴燈の異変に関係するなら、俺は晴燈を元に戻すためにできることは全部やりたい」
『はるくん想いのいいお兄さんだもんねぇ』
「だから、問題ないなら、古い地図のこと、学校の昔のこと、色々聞きたい」
『ゆっきーは本当に素直だなあ。面と向かって言われたら断れないよ』
「……お前に素直とか言われるの、ちょっとキモい」
『えーっ! そんなことないよね? ねっ?』
「さあ、どうかな」
『んもー』
出会って一年も経っていない。
けれども二人は、古くからの友人のように互いの距離を肌で感じることができるほど理解し合えているように思える。
燈無烏衆とは犬猿の仲というワケではない。
どちらかというと、彼らは私設嫁神楽流というような立ち位置だ。
嫁神楽流の燈が届かぬ場所へ嫁神楽流の護り教えを届け伝え、不遇を遠ざけようとする集団であった。
『なにが一番知りたい?』
「あの地図の意味」
『ゆっきー的には地図以外の意味があるって思うんだ』
「地図以外の意味しかないだろ、あんなの」
『かはは、確かに! あれが描かれた時代、大きな厄災がこの土地を蹂躙したんだってさ。表向きの文献には残ってないから、きっと霊的厄災だったのかもねぇ。それでぇ、当時の能力者が厄災を閉じ込めるために準備したのがあの迷路なんだ~』
ここは、西側に勢力を持っていた嫁神楽流が届かない場所にある。
俺が全国を巡っていたとしても、弟子が同じことをしているとは限らず、彼らは俺のようには動き回らなかった。
それよりも流派を護り、絶やさないことに重きを置いたのだ。
俺はそんなこと、望んだことはないし頼みもしなかった。
だからこそ、国としてこの土地は揺れ動いたとも言える。
天秤の片方に重りを置けば、もう片方は勢いよく跳ね上がり揺れる。
そうか、鎮めたくれたのは燈無烏衆だったのか。
『無事に厄災は迷路に足を踏み入れて~、迷いまくって疲れて、厄を使い果たして、動けなくなって奥地に閉じ込められたんだよ。それで、使われた迷路と一緒に忌鎮地として埋め立てられたんだってえ』
「埋め立てた?」
『実際には埋め立てしてないらしんだけど、呪術的な方法で埋めてあるんだってお父上は言ってた。もっと詳しく教えてもらったけどお、ロジには難しくて簡単にしかわかんない』
「学校は厄災が念を残している可能性が高いってことか」
『ノンノーン。残してる可能性はゼロだよお! 実はねぇ、永城大学に、すんごーく能力の高い霊能者のお兄さんたちいるから安心なんだあ』
「え?」
『お父上が寄り合いで聞いたらしくて、自ら頭下げに行ったんだよぉ』
「誰に頭下げに行ったか知ってるか?」
『山担当の人って言ってた』
竜樹くんがこがねくんを連れて永城大学に入学したのはそういう経緯だったのか。
流派外の者からの依頼だから、こがねくんにも気を遣って依頼主の名を言わなかったのかもしれない。
路次くんの父親が頭を下げたのが竜樹くんだとわかって、安堵が顔に出てしまったのだろう。
征燈に向けられる路次くんの声が訝し気になった。
『な~に~? なにか知ってるのお?』
「隠しても仕方ないから言うけど、その大学生、俺の知り合いだと思う」
『ほげーっ! 凄いねゆっきー!』
「お前は知らないのかよ」
『ロジは霊能者じゃないからねえ。お父上も、燈無烏の仕事は厄が広がらないようにって秘密主義だし』
弾んでいた声音がわずかに落ちた。
気がついた征燈はすぐに聞いてしまう。
「親父さん、まだ起きないのか」
『社の術者さんは、被せられた上に呪が続いてるって言ってた』
「解けないのか?」
『聞いたことないんだあ。面倒になるから相続するまでは首を突っ込むなって、昔からお父上に言われてるし、絶望的って言われたら再起不能でしょ?』
「そか」
『こんなタイミングじゃなかったらなぁ~』
好奇心旺盛なことには違いないらしく、父親が健在であれば征燈と一緒に学園探検でもしたそうだ。
彼の父親に「被せられた」ものは、旧寿之園の地下に眠る何某かと関わりのある呪法だろう。
被せた相手はもちろん、よからぬことに由縁のある者たちだ。
相手の意図も姿も想像がつかない状況なのに、不思議と違和感は少ない。
俺はきっと、ヤツらの正体を知っているのだろう。
長年の勘がそう言ってくる。
ただ敵を多く作ってきた人生だったから、どこの輩なのかまだ想像もつかない。
「社のマークが集まってるところって、今はなにになってるんだ?」
『生徒会室だよぉ』
「へー」
『生徒会関係者だけが入ることを許された地区の中でぇ、物凄ーく強固に忌鎮要石の効力を発揮できる結界を描いた場所だーって、言われてるんだよねぇ』
「設定盛りすぎだろ」
『実際に要石は存在しているしぃ、あながち「設定」だけじゃないかもだよお?』
「部屋の中に石があるのか」
『うん。正確に言うとぉ、床を突き破って天辺だけ見えてる感じかな』
路次くんの声音には偽りを感じず、征燈も同じく教えてもらったことは嘘ではないと判断したようだ。
小さく感謝を伝えると、路次くんは子どものようにはしゃいで喜ぶ。
無邪気な様子が影であっても伝わってくる。
「あのさ」
『なんでござるか?』
「俺、霊感があるって話しかしてないのに、たくさん教えてもらったから等価分くらいのことをしたいんだけど」
『えーっ。はるくんの異変とか、大学生のお兄さんと知り合いとかぁ、ロジもたくさん聞いたから気にしないで』
「じゃ、俺のケジメってことで」
『な……なにするの?』
「言わないでおく。解決できたら教える」
そんな言葉で納得するかと普通の人なら答えるところだろうが、路次くんはそれで納得できたようだ。
画面向こうのぼんやりしたままの影が大きく頷くのが見えた。
『わかったあ。楽しみにしてる!』
なんとなく会話が終わり、征燈から「おやすみ」を言って通話を終了させた。
かけ布団を被ったままの状態で虚空を見つめ、やがて止めていた息を大きく吐き出す。
「どっから聞いてた」
『ぜぇ~んぶ』
「ウザ」
かけ布団から顔を出すと、そこには仁王立ちで征燈を見下ろす燈瑠児がいる。
征燈は驚くこともなく舌打ちをすると燈瑠児を睨みつけた。
燈瑠児は霊体だといって問題のない存在だが、そこに居るとわかっているのに避けもせず無視ができる征燈は凄いと思う。
ふてぶてしくなったというべきだろうか。
『忌鎮地に晴燈を連れて行くなら、お前の咽喉を捻り潰すよ?』
「危険だとわかったところへ連れて行くはずない」
『んふふ、よかったぁ。アレは大切な肉体だからさあ、無意味な傷をつけたくないんだよねぇ』
「晴燈はお前のモノじゃない」
『お前のモノでもないけど?』
「晴燈は俺の弟だ」
『あはっ。それ言うならさあ、こっちはご先祖様だけどぉ?』
「煩い」
『もぉ~、お前は本当にご先祖様を大事にしない罰当たりだなあぁ~』
楽し気な弾む声音と、若干「楽しい表情」からずれた表情で口を歪めている燈瑠児は、明らかに征燈を煽って反応を見ている。
征燈は静かに立ち上がり、机に置いてあるシルバーリングを摘まむと、ゆっくりと燈瑠児を振り返った。
「千切られたいか?」
『わお、反対に脅すなんてご立派ぁ! でもブチブチに啄まれるのは懲り懲りだから、退散しますよぉ~だ。図体が大きくなったキツネだけでも鬱陶しいのに』
「晴燈に触ったら遠慮なく噛むよう言ってある」
『ブラコン』
「死語乙」
『いーっ!』
後半はよくわからない応酬だったが、燈瑠児はあまり毒を吐く間もなく消えた。
特に悪さをする素振りがなかったから結界を厚くすることはしなかったから、路次くんとの会話がヤツにも聞こえていたのだろう。
燈瑠児が俺に話しかけず征燈を標的にするなんて、晴燈くんの守護霊の存在が薄皮一枚分くらいになってきているということかもしれない。
いつでも晴燈くんに憑き替われる。
ヤツはそう言いたいのだろう。
「……」
征燈はシルバーリングを元に戻し、指で優しくなぞってからベッドに戻った。
胡坐を組み、握ったままのスマートフォンを見つめている。
そしておもむろに誰かへと文字を打って送信した。
画面が視えない俺には、誰宛なのか、どんな内容なのかまるきりわからない。
想像力を働かせるなら、路次くんの父親のことを誰かになんとかならないか相談をした、と言ったところだろう。
もしくは、現在進行形の呪法を解除するための方法を誰かに聞いているのかもしれない。
路次くんに黙っているのは、己の力がどこまで及ぶかわからないからだ。
先に「なんとかする」と宣言すれば大きな責務になる。
自分の能力をもってしてなんともできなかったときに、路次くんの膨らんだ期待を叩き割る勇気がないのだろう。
だからこそ、せめて現状を少しでも変えることができればと、考えているに違いない。
実に征燈らしいソロプレイだ。
しばらくスマートフォンを握ったままだった征燈だが、返答がないことに見切りをつけ枕横に置くと横になる。
仰向けで暗い天井を眺め、眼を閉じてゆっくり呼吸を繰り返す。
数十回ゆっくりした呼吸を続けて、眼を開くと再び天井を見つめる。
呼吸を浅くしながら半眼になり、焦点を合わさず天井に広がる闇に向き合う。
俺が教えた呼吸法。
視ることを研ぎ澄ますための基本法を、征燈は言葉を交わさなくなったあの日以降もずっと続けている。
俺がなにも言わないことを、征燈は視ている。
俺がどんな顔をしているかも、伝わっている。
だからこそ、まだ、話しかけてこないのだろう。
自分が本当に必要になるまで、征燈は俺を呼ぶことはない。
だから俺も待っている。
征燈が、俺を必要とするその日を。
霊の視える子孫が「神様を守護霊にする」と言って聞きません 西島もこ @moko2ccma
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