第51話

 晴燈くんが甘えれば征燈は素直に応える。

 幼い頃より幾度も繰り返してきた兄弟の形。

 そこに歪があったとして、二人は気づいて正すだろうか。

 征燈は晴燈くんが一番で、晴燈くんは征燈が絶対で。

 誤りだと気づきながらも歪から目を逸らしてしまわないだろうか。

 二人の問題だと静観することは簡単だ。

 だが、その先に破滅よりも無情な崩壊が待っているのなら止めなければならない。


『気分が悪い』

『昔に戻ったみたいで楽しいでしょ?』

『お前ひとりでも憂鬱なのに問題を増やすな』

『仕方ないじゃん。アレは晴燈の命の芯。燃やすことを定められた暴狂の蝋燭なんだから』

『そこにお前がいるのも納得だな』

『んふふ、点と点だった謎が線になる瞬間って気持ちいいよねえ』

『点にもなってもらいたくなかったんだが』

『天ノ神の采配だから抗えないよ』

『地ノ神の道理はどこへ行った』

『月ノ神の祝福じゃない?』


 コイツが言った通り、変化をきたした。

 日々なにかしら変動があるものだが、明確な変化があった。

 征燈は気がついていない。

 晴燈くんも無意識だろう。

 俺よりも先に気がついていた燈瑠児は、独り愉悦に浸っている。


『穏便に済ませたい』

『いいよお~大とと様がそう望むのなら、吾は従うからあ~』

『お前の従うは無茶苦茶にすると同意だろう。信用できん』

『んふふ』


 否定はなく、嬉しそうに目を細めただけで晴燈くんの部屋へと帰って行った。

 アイツの存在は日増しに強くなっている。

 室内の圧がなくなるのを感じながら、変化著しい状況に頭を抱えた。


 違和感の元凶はずっと傍にいたのだ。

 あまりにも大仰なフタがいくつも被せられていて気づけなかった。

 長く平穏な日々が続いたからだと言い訳はしたくない。

 俺の過ちだ。

 もっと早くに察知できていれば、ここまで拗れることなく解けていただろう。

 なにが原因だったのか、どうして気づけなかったのか。

 幾度繰り返しても俺が愚かだったことしかわからない。


 征燈と話さなくなって二週間、その間に路次くんが学校に行きたくて家出を計画し、その片棒を晴燈くんが担ごうとしていたのを征燈が全力で止めた。

 いさりくんとの学習はスムーズで、こがねくんから使役に関する小テストを受け無事にシャモを返してもらうことになった。

 土曜には大学に向かい、近所での「仕事」を見学する。

 竜樹くんに事情を話して征燈と会話をしていないことをさりげなくお兄さんたちに周知してもらい、俺はただ、征燈の行動を見守っている。


「そだ、来週くらいに寿之園に行くぞ」

「そうか」

「お前もくんの」

「俺が行ってなにができる?」

「一ケ月ほど空いてるからな、また溜まってると思うんで散し要員ヨロ」

「散し要員て」

「今度はちゃんとシャモを使役しろ」

「わかってる」


 一度だけ、いさりくんから使役模擬のテストを受けた。

 見た目同様に行動も言動も幼いサヲくんに、征燈はコテンパンにやられている。

 借りた式神を使役したとはいえ明確な使役技術レベルの差を思い知らされ、心密かに使役に対する意識が高まっていると感じた。

 あんなに自分のためではないと言い続けていた式神の使役も、自分からするようになったのがその証拠だろう。

 征燈は自分の変化をどう思っているだろうか。

 なにを考えているのか、未だにさっぱりだ。




「やだ!」

「危ないからダメだよ」

「危なくないところでいい子にしてるから!」

「こがねか竜樹さんがいいって言ったら……」

「聞いてみる!」


 久々に晴燈くんのワガママが大爆発した。

 いつもならばそう思って和むことろだ。

 だが、日和っている場合ではない。

 自分のタブレットを取りに階段を駆け上がる晴燈くんの足音を聞きながら、征燈は難しい表情でため息を吐いた。


「はるくんが一緒だとよくないの?」


 二人の子どものやり取りをにこやかに見守っていた母親が口を開いた。

 彼女の守護霊は、厳しい視線で征燈の回答を待っている。


「行くのは高齢者施設だから危なくはないだろうけど、知らない爺さん婆さんからやいのやいのされて大丈夫かなって」

「やだわ、そんなこと心配してたの? 征燈もチヤホヤされたい?」

「されたくない」

「なら、チヤホヤされるのははるくんの専売特許ね!」

「母さんはいつもそう言うから」


 朗らかでありおおらかである母親の笑顔に苦笑を返していると、晴燈くんがバタバタとリビングに戻ってきた。

 両腕でしっかりタブレットを抱きしめている。


「こがねお兄さん!」

「あら、ステキな髪色! いつも息子たちがお世話になってます」

『ありがとうございます。こちらこそ、お世話になってます』


 通話画面を向けられた母親はぺこりと頭を下げた。

 俺には声だけのこがねくんに、征燈も顔を寄せる。


「明日、晴燈も連れて行って大丈夫か?」

『行くのは問題ないよ。ただ、明日は俺とたつとお前だけだから、晴燈を見ててやれるかわかんねえな』

「ほら、ダメだって」

「ダメなんて言ってないもんっ。ねえこがねお兄さん、僕ちゃんと言われたところで待ってるから、兄ちゃんと一緒に行ってもいい? ダメ?」


 晴燈くんからの軽い反撃に遭い戦意を喪失する征燈を横目に、晴燈くんはこがねくんについて行きたいと懇願する。

 母親がどう出るかで決まりそうだが、さて。


「実はね、明日お母さんもお出かけするのよ。はるくんはお家でお留守番とお兄ちゃんに着いてくのと、どっちがいい?」

「兄ちゃんと一緒がいい!」

「ちょっ、母さんっ?」

「というわけなの。明日、二人をお願いしてもいいかしら」

『わかりました。怪我させないよう、ちゃんとみておきます』

「おい、こがねっ」

『大丈夫だって。お前は心配しすぎ』


 こがねくんは施設のご老人に晴燈くんを預けるつもりだろう。

 そんな声音に征燈はまだ文句が言いたそうだったが、明日の準備があるからと通話を切られた。


『言わされてないですか』

『誰に聞いていますの? 干渉はありませんわ』

『貴方も感知しているはずです』

『安心なさい。不穏な動きがあれば即座に動きます』


 晴燈くんの守護霊の気配が、今にもちぎれそうな危うさを微かに発している。

 彼の交代時間は、限界ギリギリに刻一刻と迫ってきているのだ。

 俺同様、間近でそれを感じている母親の守護霊は、それでも母親優先を貫いている。


 大喜びでタブレットを抱きしめて跳ねている晴燈くんの頭を撫で、母親は風呂の準備に立ち上がった。

 彼女のお出かけ前日のバスタイムは長い。

 自分の時間を取るために、追い立てるように息子たちに風呂を勧めてくるだろう。

 一度長風呂の理由を守護霊に聞いてみたが、冷めた視線を投げられてため息を吐かれ、挙句に答えをもらえなかった。

 なので、未だに長風呂の理由は謎のままだ。


「晴燈」

「なあに?」

「明日、本当に危ないところに行くから、こがねが待てって言ったトコから絶対に動くなよ?」

「うん! 本当は兄ちゃんとずっと一緒にいたいけど、近くにいられるならそれで我慢できるよ!」


 最後に可愛いことを言う弟が堪らないのか、誰にも見せないだらしない緩み顔で抱きしめる。

 お返しとばかりに頭を顔に擦り付ける晴燈くんに負けじと頭を擦り付ける。

 どちらともなく笑いが漏れ、母親が戻る頃には髪を擦り付けて互いに「痛い」「くすぐったい」と大笑いに変わった。

 仲睦まじい兄弟の遊びに微笑むのは、彼らの母親だけだ。


『不安にさせないでいただけます?』

『元よりそのつもりです』



 その夜、征燈はこがねくんに連絡をした。

 要件は明日の詳細を聞き出すことだったようで、簡単な説明を受ける。

 前回、封をした場所を「綺麗にする」らしい。


『そんなに晴燈が心配か』

「当たり前だ。知らない人に見てもらうのは不安でしかない」

『じいさんもばあさんも、孫扱いで可愛がってくれるって』

「わかってる。けど、晴燈が耐えられるかわからない」

『じいさんばあさんは苦手なのか?』

「いや、人見知りとかそういうのじゃない。稀に、なりふり構わず俺を探すことがあるんだ」

『なにそれ病気?』

「失礼だな病気じゃない。けどホント不定期で、いつ爆発するか」

『そか、わかった。たつの仕事は最初だけだから、終わったら一緒に居るよう伝えとく。探しに出るようなら強制的に寝てもらおうぜ』

「……それがいいと思う」

『てかさーどうした? なんか急に過保護加速してね?』

「過保護でなにが悪い。晴燈が他人から嫌われるよりよっぽどマシだ」

『へーへー。んじゃ明日な』


 用事があるから、と聞こえて通話が終了したらしい。

 なんとか映し出される画像を見ようと目を凝らしたが、色が少しハッキリしただけだった。

 やはり誰かからコツを伝授してもらうのがよさそうだな。

 俺が聴きやすい相手を模索している間に、征燈はベッドに入った。

 いつも就寝するよりも早い時間だ。

 征燈なりに考えることが多くなり、眠れない可能性を思ってのことかもしれない。

 掛布団を被り、俯せに身体を丸める。

 ……どうやら寝るワケではないようだ。

 スマートフォンを起動させ、どこかへ電話をしている。

 コール音はすぐに切れ、ぼやけた画面に誰かが映った。


『どったのゆっきー?』

「悪い、少し話に付き合ってくれ」

『ロジでいいの?』

「お前じゃなきゃ話が通じない」

『むふふ、ゆっきーに頼られるの最高だなぁ。よしよし、なんでも聞いてしんぜよお~』

「サンキュ。あと、この話は晴燈にしないでくれ」

『あ、サプライズ?』

「知らないでおいてほしくて」

『そっかあ~わかったぁ』


 ぼんやりした人型がうねうね動いた。

 歓喜の踊りを踊ったらしい。

 学校でも見る動きだから、ほぼ見えない俺にもわかる。


「お前んち行った帰りに資料館で学校の古い地図見たんだけど」

『古い地図?』

「神社のマークがたくさん入ったヤツ」

『あ〜アレ。めちゃくちゃ最近倉の奥で見つかったんだよねぇ。お父上は興奮しすぎて震えてた』

「お前、アレ見てなんか思わなかったか?」

『ん~なんて答えたら正解?』


 永城学園が建っていると思われる場所の古い地図に、所狭しと描かれていたマークのことを言っているのだろう。

 そして、質問に対する路次くんの返事は意外だった。

 征燈も俺と同じだったのか、一瞬言葉を止めて意図を読もうとする。


『ロジ的には異常。佐納家としては祀りごと、学園としては忌鎮地いちんじ

「え……?」

『どうして急にそんなこと聞くの?』

「それは、その……」

『あのね、ロジはずっとゆっきーの親友でいたいから、ちゃんと踏み込む距離は測るつもりなのね。でも、ゆっきーが見せてくれるなら、等価分はロジも見せるって決めてるよ』


 いつものふわふわした心地いい声音ではなかった。

 真摯で堅実な音が静かに響く。

 人間の多面性は、路次くんにも存在していたんだな。

 剥き出しの知性を感じる言霊に、征燈は丸めていた身体を伸ばし掛布団を被ったままだがその場に座った。

 膝を折って座り直すと、ベッド脇の本棚に背中を預けスマートフォンを持ち直す。


「信じなくてもいいけど……俺、いわゆる幽霊が視えるんだ。晴燈は視えてないハズなんだけど、例の古い地図を見てから少しおかしな行動があって」


 どう言えば正確に伝わるのか、征燈は慎重に言葉を選んでいる。

 路次くんはわかっているからこそ、薄い相槌を一度しただけで口を挟まない。

 いつもなら「なぜ布団を被ったままなんだ」と楽しげに笑っているだろう。

 俺には見えていないが、画面の向こうで路次くんは笑いもせずに傾聴しているに違いない。


「駅に行くまでに、大通りがあるだろ? あそこ結構視えるんだけど、晴燈はそこにいるヤツらに引き寄せられるように……視えているように寄って行って踏んだり俺を呼んだりしてたんだ」

『気のせいではなく?』

「気のせいであってほしい」

『そっか……うん、ありがと。今のこと聞いてロジは納得した!』

「納得?」

『むふふ。ゆっきーが秘密を教えてくれたから、ロジも秘密を教えちゃおう』

「お、おう?」

『あのねえ、ロジのお家は先祖代々この地域の精霊を鎮め共存バランスを取り持っている、地神主じかんぬしをしてるんだ。宗派は燈無烏冠社ひむうかんむりやしろ。で、永城学園はなななんとロジが担当なんだよね~』

「は?」


 は?

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