第2話 初手から不安いっぱいです



 自らを大悪魔と名乗るアスディウス・オア・ゾーン……どんな悪魔が出てくるか、内心じゃ戦々恐々としてたけれどもパッと見だとそこまで凶悪そうな性格をしてなさそうに思える。

 

 でも初見の印象だけで判断するのは軽率というものだ。師匠に動きは見られないから今のところは危険じゃないっていう指針はあるけど、会話を行える知能と理性はあるようだから取り敢えず話をしてみるとこからやってみよう。


「アスディウス・オア・ゾーン、僕はウォレット・アンソンと言います。僕の召喚に応じたということは契約を結んでもいいという意志があるということで間違いないですか?」

「ええ、もちろん意思アリアリよ。そうじゃなきゃ召喚に応じるわけがないじゃない。このアタシと契約を結べばあなたの人生イージーモードバラ色ハッピーになることを約束してもいいわ!」

「な、なるほど」

「というわけだからホラ、ちゃちゃっと契約のほうをしようじゃない」


 なんか思ってたよりも軽い感じだな、悪魔っていうとこう尊大で高慢な性格がデフォだと思ってたけどこのアスディウスという悪魔にはそんな感じは見られなかった。

 契約に関しても二つ返事で了承してるし、なんだか肩透かしを喰らった気分だ。


 いや、ひょっとして好意的に接しておいて実はあとから理不尽な条件を言ってくる気じゃ……。


「……(ソワソワ)」


 うん、見てわかるぐらいにウキウキした顔で契約を待ってるや。さながらご褒美を待つ忠犬のようで、腹に一物を隠してる策謀派な悪魔にはとても思えない。

 師匠に目配せすると契約してもいいというのを示すように頷きで返してくれた。なら実行しても大丈夫だろう。

 けど、事前にどうやって契約をこぎ着けるかの話術とか考えてたのにこんなあっさりオーケーの返事を貰えるとは……苦労が無駄になったようで複雑な気分だ。


「ではアスディウス・オア・ゾーン……これから従僕の契約を結びます。契約を結んだあとは一方的な破棄は無効となります、契約者である僕が命を落とすまでは従うことを誓いますか?」

「ええ、誓う誓う。どんな命令でもバッチコイよ! あたしに出来ないことなんてないからドドンと頼りなさい!」

「……じゃあ契約の儀を結ぶよ」


 本当に悪魔らしくない態度に僕は苦笑いしつつ、呪文を唱えて彼女と本格的な契約を結ぶ。


「……ЫЯЮ……шджΠζ……ΩπЖ!」

「んっ……!」


 キィンっという音と共にアスディウスの首を囲むように紋様が浮かび、それはジワァと肌に染み込むようにして消えていった。よし、これが成功したということは彼女が契約に対して心から受け入れたという何よりの証拠だ。


「ふむ、どうやら上手くいったようだな。こうもスムーズに進むとは、正直私も予想はしていなかった。何にせよ、最初の試験は突破できたのは褒めておこう、よくやったなウォレット」

「は、はい。ありがとうございます師匠」

「だが浮かれた気分のままでいるなよ? まだスタートラインに着いただけでこれからが本番なのだからな、その悪魔の力も上手く使って課題の全クリアを目指せ」

「はいっ、絶対に制覇してみせます!」


 珍しく師匠が僅かだけど微笑んで激励の言葉もくれて、僕は一層やる気を漲らせる。これは師匠もそれなりに期待してくれているってことだろう。

 なら、僕もそれに応えてみせて絶対に合格を貰おうと意気込んでるとアスディウスがおずおずとした様子で声をかけてきた。


「あの~、気合いが入ってるところで済まないんだけれどいいかしら?」

「……そういえば、アスディウスだったか。いつまで召喚陣に入ってるつもりだ。契約は済んだのだから早く出てこい」

「それもそうですね、これからの同行で詳しく話もしたいし出てきてもらいたいんですけど」

「それなんだけれどね、問題が発生してしまったのよ……なんか体がつっかえちゃって、自分じゃこれ以上出られなくって、アハハ」

「……はい?」


 一瞬からかってるのかと思ったけど、本人は深刻そうにしている。というかなに? 召喚陣ってつっかえたりしちゃうもんなのっ? 

 師匠に振り返ってみれば、非常に珍しく驚きに満ちた顔でいることから師匠でさえ初めてのケースであるらしい。


「えっと、師匠……こういう場合はどうすれば?」

「知らん。取り敢えず手で引っ張り出してみればどうだ」

「引っ張れっていってもどこを……」

「ちょうど掴みやすい部位があるだろう」


 師匠が指差した先にはアスディウスの頭から生えている立派な角がある。抵抗はあるけれども流石に髪を引っ張るのは遠慮したいし、やむなく僕は角を掴んで彼女を引っ張り出そうと踏ん張った。


「せーのっ……!」

「ちょっ、痛っ、イタタタタっ!? ちょっとあなた、悪魔のアイデンティティたる角を引っ張るだなんて訴訟もんよこれはっ!?」

「ごめんなさい、けどここ以外に引っ張れそうなところが無いんで辛抱してくださいっ!」

「だ、だからってあーたっ……アーーっ!? 抜けるっ、スッポ抜けちゃうっ!? アタシの個性がっ! 純潔的なものが奪われちゃう~~っ!」

「変なことを言わないでくださいよっ!」


 身の一部を引っ張られてるわけだから痛いのは分かるけども、誤解を招くような言い方は止めてほしい。

 それはそれとして徐々に抜けていってるようなんだけれども、角の方からミシミシと嫌な音が聴こえてくる……これはちょっと冗談抜きに角がへし折れてしまいそうで、一旦力を緩めようかとした矢先、いきなりそれまでの重い感覚が消えてアスディウスの体が召喚陣から一気に飛び出てきた。


「わきゃあぁぁぁっ!?」

「抜けーーったぶぅっ!?」


 直前まで力を込めてたものだから僕はつんのめるような体勢になってしまい、召喚陣から飛び出してきたアスディウスの身体に……もっと言うとビキニみたいに露出度が激しいものしか身に付けてないたわわに実った胸が顔面に直撃、そのまま大重量の柔肌に押し潰される形でのし掛かられた。


「ふむぐぐっ……もがっ!……んぐぅぅぅぅ……!?」

「あいたたたっ、もう初めて地上に来たっていうのにこんな目に遭うだなんてツイてないわね……あら? アタシを召喚したあの子は何処いずこに?」

「……お前のふしだらな胸の下だ。早く退け、窒息死しかねんぞ」

「ふぇっ? あ、ああこれは失礼っ」


 慌ててアスディウスが退いてから、僕は新鮮な空気を補給しつつ痛む鼻と首筋を押さえながら起き上がる。女性の胸というのは凶器にも成りえるというのを身をもって実感した瞬間だった。


「こほんっ、それじゃあ改めましてごきげんよう、人間の方! この大悪魔アスディウスが契約を交わしたからには心配ご無用前途多難、泥ブネに乗った気でいるといいわよ!」


 ……自信満々に宣言してるけども、言葉の使い方が微妙に下手というか使いどころを間違ってるというか。ていうか、泥舟ってそれ沈むのが確定してるよねとツッコミどころ満載の口ぶりに僕は契約早まったかなと思わざるを得なかった。



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